前回記事の「座右の銘/座右の書」の続きです。「エントリーシート(ES)や面接でよく聞かれる座右の銘や座右の書の話題から、二・二六事件つながりで宮部みゆきさんの歴史SF小説まで、思い切り話が拡散した」理由をご説明します(2023.7.7)
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「薔薇の名前」の学生
わたしが就職試験で面接官をした時の話からはじめましょう。
わたしの勤めていた会社は、当時、ES提出の後に筆記試験と3回の面接がありました。面接官は徐々に職位が挙がり、最終面接は役員面接です。これから書くのは、わたしが1次面接の面接官だった時のことです。
面接官は2人ペアで、ひとりの学生さんに話を聞きます。当然、ESに書いてある内容について質問することになります。
ESには「座右の書、あるいは最近読んで面白かった本」を書く欄がありました。
その学生(女性)は、平野啓一郎氏の芥川賞受賞作の「日蝕」と書いていました。わたしは未読でしたが、もうひとりの女性面接官は読んでいました。
以下、女性面接官と学生のやりとりを再現します。
面接官「ずいぶんと難しい本を読まれるのですね」
学生「はい、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』が大好きだったものですから」
面接官「『薔薇の名前』ですか。それはまた難しい本がお好きなんですね。哲学がお好きなんですか」
学生「いえ、最初は映画がとても良かったので、原作も読んでみようかなと思っただけでして」
面接官「へえ、映画からですか。でも、なんで『薔薇の名前』の映画がお好きなんですか」
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ここではじめて、その学生は言いよどみました。
きっと、ESに「日蝕」と書いた時点で、小説の「薔薇の名前」までは想定内の問答だったのでしょう。でも、映画になぜ興味を抱いたかまで聞かれるとは予想してなかった、ということでしょうか。
学生「えっと、その…映画に出ている俳優さんが好きだったものですので」
面接官「ああ、ショーン・コネリー?」
さらに言いよどみ、頬を赤らめながら、こう答えました。
学生「いえ、クリスチャン・スレーターのほうを。ちょっと恋をしまして」
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横で聞いていて、とても微笑ましい場面でした。
その日面接した学生さんで、わたしが一番高得点をつけたのは、この学生でした。
面接終了後、もうひとりの女性面接官に「誰がいちばん良かったですか?」と訊ねたら、「わたしは『薔薇の名前』の学生さんです」という返答でした。
自分の興味を深掘りする力
たんに本や映画の趣味があったせい? いえいえ、そんなことでは大事な面接試験で高得点はつけません。
わたしが評価したのは、自らの興味を深掘りする力がある学生さんだな、と思ったからです。
きっかけは何でもよいのです。イケメンの若手俳優に”恋”をして、出演した映画やドラマを次々鑑賞するのでも。
でも、そこでとどまらずに「おもしろかったから、原作も読んでみよう」と思い立ち、原作に手を伸ばし、中世キリスト教の時代を扱った小説から、その時代に関心を持ち、さらに西欧中世を舞台にした別の小説に手を伸ばす…。
そんなふうに自分の「好き」や「興味」が広がっていく、深まっていく姿が思い描けませんか。
前回記事は、意図的に二・二六事件に話を広げました。
「置かれた場所で咲きなさい」というフレーズは、確かに座右の銘にふさわしいと思います。
でも、渡辺和子さんのエッセー集を手に取れば、二・二六事件のことも出てきます。
それをきっかけに歴史に興味を持ち、読書の幅を広げれば、きっと、そのこと自体が、面接で胸を張って披露できるエピソードになるのではないでしょうか。
成功と失敗の分かれ目
わたしの独りよがりの意見とは思われたくないので、以前の記事(就活は恋愛に似ている)で紹介した「『就職四季報』パーフェクト活用術」(東洋経済新報社)をもう一度引用しましょう。
採用担当者が気になることは、「自分(自社)とのかかわり」だ。
相手が気になることに応えて、正しく自分をアピールする。これがエントリーシートの基本である。
それが仕事の基本でもあることは、働き始めたらすぐにわかるだろう。
「会社のどこに惚れたのか」という質問への答えが志望動機となる。
まず好きになるには出会いがなければ始まらない。
学生にとって、会社との出会いなどといってもタカが知れている。最初はみんな「有名だ」とか「商品をいつも使っている」といったところだろう。
成功と失敗の分かれ目は、それですませるか、さらに深掘りできるかにある。少しでも興味がある会社について、自分がなぜ興味をそそられるのかを考えてみるのだ。
深掘りする力は、就活の「成功と失敗の分かれ目」であるだけでなく、「仕事の基本」でもあるのです。
ぜひ自分の「好き」や「興味」を深掘りして、自分の言葉で語れる「座右の銘/座右の書」を持ってください。
(いしばしわたる)