きょうも行動経済学のお話です。前回記事(無駄遣いを行動経済学から考えよう)で投資詐欺を行うような者は「行動経済学を熟知し、悪用する」と書きました。行動経済学に悪い印象を抱かれると困るので、きょうは社会の改善のために上手に活用しているケースをご紹介しましょう(2023.7.18)
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提唱者はノーベル賞受賞
「ナッジ理論」というものを聞いたことがあるでしょうか。
「ナッジ」(nudge)とは、肘で軽くつつく、という意味です。ナッジ理論は、さりげなく意識させるよう誘導して望ましい方向に促す、という考え方で、いまや行動経済学の中心的な考え方と言われています。この理論を提唱した人はノーベル経済学賞を受賞しています。
さて、そのナッジ理論の具体例です。平野敦士カール氏の「思わずためしてみたくなるマンガ行動経済学1年生」(宝島社)から2つの事例を紹介しましょう。

トイレの便器にハエの絵
1つ目は(ちょっときたない話ですが)オランダのトイレです。
空港など多くの人が利用する場所では、掃除は重労働。オランダにあるスキポール空港では、トイレ掃除の手間と費用を減らすため、男子トイレの小便器の内側に小さなハエの絵を描きました。一見、掃除とは関係ないように思えますが、なんとこのハエのおかげで、トイレの汚れが大幅に減少したのです。なぜでしょう。
それは、「的があると狙いたくなる」という人間のくせを上手に利用したから。便器に描かれたハエを見た多くの利用者が、ハエめがけて少し慎重に用を足しました。結果として、飛び散りが少なくなり、掃除の手間とコストも減ったというわけです。
歩いて楽しいピアノ階段
2つ目は、富山市の階段です。
食事制限や運動といった健康習慣の継続にも、ナッジ理論は力を貸してくれます。
富山市のオーバード・ホール(富山市芸術文化ホール)には、ピアノの鍵盤に見立てたデザインの階段があります。ポイントは、歩くとピアノの音が鳴る仕掛けになっていることです。横にはエスカレーターがあるのですが、ピアノ階段は楽しくて、「運動のため」と思わなくてもつい歩きたくなりますよね。楽しいことに惹かれる人間の性質をうまく使って、運動をうながす作戦です。
グーグルの社員食堂
続いて、前回記事(無駄遣いを行動経済学から考えよう)でご紹介した阿部誠氏の「サクッとわかるビジネス教養 行動経済学」(新星出版社)からも、ナッジ理論の事例を紹介しましょう。
1つ目は、グーグルの社員食堂です。
ナッジを応用した施策を積極的に取り入れている世界的な企業が、グーグル社です。同社は、社員食堂でナッジを活用して、従業員の健康促進に成功しました。まず、食堂の一番目立つ位置に、サラダを配置。そうすることで、「野菜を取るのが当たり前」という、デフォルトの状態を作り出しました。
しかも、同社の食堂は無料のバイキング形式。食堂を利用する従業員には、「タダだからいっぱい取らないと損」という感情が生まれ、皿いっぱいにサラダを盛り付けるようになったのだといいます。
さすがですね。グーグル社は皿のサイズも小ぶりにしたり、肉料理のサイズも小さくしたりすることで、従業員に「このサイズが当たり前」と思いこませているそうです。
納税者への通知にひと工夫
2つ目は、イギリスの納税です。
イギリスでは、ナッジを利用したことで、納税率が上昇した例も報告されています。納付期限を超過していても納税しない市民に対し、役所は督促状を送りますが、なかなか納税率は上がりませんでした。そこで役所は、単に納税をお願いするのではなく、実際にどのように税金が使われるかを通知書に明示。対象者の利他性をくすぐり、「役に立ちたい」と思わせたのです。
なるほど。ナッジ理論は個人でもうまく応用できそうです。
「禁コンビニ」と「禁ラテマネー」
前回記事(無駄遣いを行動経済学から考えよう)で紹介したように、娘のコンビニ通いに疑問を呈したわたしも、ちょっとしたナッジを利用しています。
わたしは「DotHabit」という無料の習慣管理アプリを愛用しています。ジム通いなど日々の習慣を登録しておくと、空欄が続くと「しばらくサボってるな」という意識が芽生える、という仕掛けです。

わたしの場合、この「DotHabit」に「禁コンビニ」と「禁ラテマネー」という日課を登録しています。
「きょうもコンビニは使わなかった」「きょうもラテマネーは我慢した」という記録が続くと、不思議と達成感が芽生えてきます。
それが結果として節約につながる、というわけです(とはいえ、「だって便利なんだもん」が口癖の娘にナッジできる自信はありませんが)

(いしばしわたる)