80年の時を隔てた二人が、古い机の隠し引き出しを通じて交わす、せつなくもはかない文通ーー。タイムトラベル・ロマンスの傑作として名高いジャック・フィニィの短編「愛の手紙」(原題:The Love Letter)を紹介します。60年以上前に書かれた小説ですが、ぜひ多くの人に読んでほしい珠玉の一品です。(2023.7.3)
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目次
過去とノスタルジーを愛する作家ジャック・フィニィの魅力
ジャック・フィニィ(1911-1995)はとても変わった作家で、一言で言えば「過去への偏愛」ーー19世紀、ぎりぎりでも20世紀初頭までを「古き良き時代」としてこよなく愛した作家です。
たとえば、フィニィの代表作『ふりだしに戻る』(1970年 原題:Time and Again)は、1880年代のニューヨークにタイムトラベルする話ですが、(1991年に出版された角川文庫版をみると)当時の写真をたくさん載せていて、小説の形をとっているけれど、この作家は19世紀末のニューヨークを描きたかったんだ…ということがとてもわかる小説です。
『ふりだしに戻る』あらすじ
ニューヨーク暮らしにうんざりしていたサイモン・モーリーは、九十年前に投函された青い手紙に秘められた謎を解くため〈過去〉――一八八二年のニューヨークへ旅立つ。鬼才の幻のファンタジー・ロマン。『ふりだしに戻る』(上下巻、角川文庫)
「愛の手紙」を収めるフィニィの短編集の表題作「ゲイルズバーグの春を愛す」(1960年 原題:I Love Galesburg in the Springtime)も、近代化の波が押し寄せる街で起きた不思議な出来事ーー「古く美しきものをやみくもに破壊する”現実”を阻止する”過去”の不可思議な力」(ハヤカワ文庫FTの背表紙より)を描いています。
短編集『ゲイルズバーグの春を愛す』紹介
由緒ある静かな街ゲイルズバーグ。この街に近代化の波が押し寄せる時、奇妙な事件が起こる……表題作他、現代人の青年とヴィクトリア朝時代の乙女とのラヴ・ロマンスを綴る「愛の手紙」など、甘く、せつなく、ホロ苦い物語の数々をファンタジイ界の第一人者がノスタルジックな旋律にのせて贈る魅惑の幻想世界。『ゲイルズバーグの春を愛す』(ハヤカワ文庫FT)
きょう紹介する「愛の手紙」は1959年に発表された作品です。
アンティーク机の隠し引き出しから見つかった「80年前の手紙」
主人公のジェイクは現代のニューヨークに住む24歳の青年。ある日、骨董品屋でビクトリア朝の机を見つけて家に持ち帰ると、その机には隠し抽斗(ひきだし)があった。中から出てきたのは、古ぼけた一通の手紙。日付は1882年5月14日で、ヘレンという女性が、想像上の恋人にあてたラブレターだった。文面には、意に沿わない結婚を迫られていて、その想像上の恋人にあてて、こう書いてあった。
ああ、あなたのお力でこの結婚から救っていただけたら! でもあなたにはご無理です。あなたはわたしの大切なすべて。温かく、誠心こめた熱情にあふれ、心と態度に生まれながらの品のよさをもち、誠心と情のあるあなたーーあなたは、わたしがかくあれと思うとおりの人なのです。なぜならーーあなたは、わたしの心の中だけの存在なのだから。でも、たとえ架空の人物でも、そしてたとえ永遠に会えない人でも、あなたは、わたしの忌み嫌う彼よりよほど大事な人なのです。わたしは絶えずあなたのことを想い、夢にまで見ます。わたしはあなたに、心の中で、魂で語りかけます。あなたが実在の人だったら、どんなにかいいのにと願いながら!
時空を超える文通の仕掛け|隠し引き出しに残された最後の機会
ジェイクはこの手紙を読んで、返事の手紙を書く。「いま、あなたの机の隠し抽斗のなかの手紙を読んだばかりです。どうにかして、あなたの力になれないものだろうか…」。そして、この手紙をヘレンが生きていた時代の古い切手をはり、また当時から今に残る郵便局から投函する。ヘレンの時代に届けばいいなと思いながら…。
そしてしばらくするうち、隠し抽斗がほかにもあるのでは?と思いつく。机をもう一度改めてみると、隠し抽斗があと2つあった。ジェイクは第2の抽斗をあけ、そこに手紙をみつける。文面は驚くことに、ジェイクが書いた手紙への返信だった。時空を超えて、ヘレンの時代に届いたのだ!
1882年と1962年を繋ぐ愛|「あなたはいったい誰?」という問い
ヘレンの手紙にはこう書いてあった。
ああ、後生です。あなたはいったい誰? どこへ行けばあなたに会えるの? あなたの手紙は今日二回めの配達で届きました。それからというもの、わたしは昂奮のあまりの苦しみに、家中を、庭中を、ぐるぐるさまよいつづけました。どうしてあなたが、隠し抽斗のなかのわたしの手紙を見たのかどう考えてもわかりません。でも、あなたがあれを見た以上、この手紙も読めるかもしれないと思って書きました。….わたしは本当にーーええ、喜んで告白しますーーあなたに会いたい! そしてわたしも、胸のうちに、もしもあなたと知り合えたら、かならずあなたを愛するだろうということを感ずるのです。いえ、心底からそう思うのです。それ以外のことは、どうしてもわたしには考えられません。もう一度、どうしてもお便りください。それまでは決して落ち着けないのです。
ジェイクは長い時間をかけて考え、ヘレンへの返信をしたためる。
時をかける文通の期限|最後に選んだ「愛を証明する」ための行動
自分がいるところは、ヘレンの住む同じブルックリン、3ブロックも離れていないところだけれど、80年もあとの時代の1962年で、二人を分かつのは場所ではなく時間だということを。骨董屋で机をみつけ、隠し抽斗をみつけたいきさつから、古くからある郵便局に投函して手紙を送ったこと、そして、手紙でしか知らないヘレンを想い、恋に落ちたことを告白して、最後に、隠し抽斗があとひとつ残っていることを記す。
二つ目の抽斗に、きみは、いまぼくの目の前にある手紙を入れた。それを、ぼくは、数分まえ、抽斗をあけたときに見つけた。きみはあの手紙以外には何も入れなかったのだから、いまさらこれも変えられない。しかし、三つ目の隠し抽斗は、まだあけていません。ヘレン、まだだ! これが、ぼくにもう一度ーーそして最後に連絡をくれることのできる最後の方法なのです。ぼくはこの手紙を、まえとまったく同じ方法で出し、そして待ちます。一週間後に、最後の抽斗をあけるつもりです。
「愛の手紙」の引用はここまでです。これ以上はネタバレになってしまうので。
ヘレンは、自分が会いたいと恋焦がれる手紙の相手が80年後の青年であり、決して会うことのできない相手だと知った時、その青年に送ることができる最後のメッセージはどうするでしょうか?
もう、このあたりから涙、涙、涙、です。
「愛の手紙」を収めた『ゲイズルバーグの春を愛す』は今も簡単に手に入る本ですから、ぜひ手にとって続きを自分で確かめてみてください。
映画『ある日どこかで』と重なる、時空を超えた愛とせつない読後感
それと、1980年作のアメリカ映画『ある日どこかで』(原題 : Somewhere in Time)をご覧になった方は、話の設定、雰囲気が似ていると感じられたのではないでしょうか。
Amazonの紹介文にはこんなふうに書かれています(文章は映画評論家の的田也寸志氏)
映画『ある日どこかで』あらすじと紹介
1972年、新人劇作家のリチャード(クリストファー・リーヴ)は謎の老婦人から古い金時計を渡された。そして8年後、彼は古い肖像画の貴夫人に魅せられ、それが老婦人の若き日の姿(ジェーン・シーモア)であることを知る。やがてリチャードの想いは募り、いつしか過去へと心をさかのぼらせていき……。メロドラマにタイムトラベルの要素を組み合わせて描いたラブ・ファンタジー映画の秀作。とにもかくにも美しく哀しい究極の愛の映画として徹底しているのが潔くも素晴らしい。ジョン・バリーの甘い旋律が、観客の涙をさらに一層絞らせ、もはや理屈では割り切れない摩訶不思議な世界にさらなる説得力を持たせてくれている。
映画『ある日どこかで』
「ある日どこかで」の原作はリチャード・マシスンですが、明らかにフィニィを敬愛し、この原作・映画は作られたのでしょう。
なぜなら、タイム・トラベルの方法を映画の主人公に教える学者の名前がフィニィなのですからーー。
(しみずのぼる)
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