爆弾テロにひそむ友情と恋と嫉妬…藤原伊織「テロリストのパラソル」

爆弾テロにひそむ友情と恋と嫉妬…藤原伊織「テロリストのパラソル」

きょうは藤原伊織氏のハードボイルド・ミステリー「テロリストのパラソル」を紹介します。爆弾テロに遭遇したせいで、22年の逃亡生活から一転、容疑者として追われることに。被害者には22年前の友人たちが含まれていた。真犯人に導かれながら主人公が探り当てる過去と現在の謎とはーー。(2024.6.11) 

〈PR〉

最新コミックも600円分無料で読める<U-NEXT>

主人公の姿に酔わされる

「テロリストのパラソル」は藤原伊織氏の出世作です。 

ある土曜の朝、アル中のバーテン・島村は、新宿の公園で一日の最初のウイスキーを口にしていた。その時、公園に爆音が響き渡り、爆弾テロ事件が発生。死傷者五十人以上。島村は現場から逃げ出すが、指紋の付いたウイスキー瓶を残してしまう。テロの犠牲者の中には、二十二年も音信不通の大学時代の友人が含まれていた。島村は容疑者として追われながらも、事件の真相に迫ろうとする――。小説史上に燦然と輝く、唯一の乱歩賞&直木賞ダブル受賞作! 

以前の記事でも書きましたが、著者は広告会社最大手「電通」の社員をしながら本書を執筆。その動機は、賭け事でたまった借金返済にあてる賞金目当てだったそうです。 

賞金目当てのエピソードが端的に示すように、著者自身もすこし破滅型の方だったのではないかと想像しますが、藤原作品に共通するのは、破滅型の主人公のかっこよさです。著者が「男子たるもの、こうありたい」と思う主人公の姿に酔わされるのです。 

爆破テロと22年前の事件

主人公の島村は、アルコールが切れれば手の震えがとまらないほど、昼間からウイスキー漬けの生活で、その日も新宿中央公園のベンチで酒瓶を手にしていた。その時、地響きでからだが浮いた。「腹にずしりと響くその音を私は知っている」。爆薬の炸裂だった。 

爆心地から離れて歩き出した時、ウイスキーの瓶とカップを忘れたことに気づいた。 

そこには私の指紋が残っている。
警察に保存されたものとの一致がわかるまで、それほど時間はかからないだろう。

島村の本名は菊池俊彦。22年前、一緒に大学闘争の先頭に立った友人、桑野誠が作った爆弾を積んだ菊池の車が事故を起こし、警官がひとり亡くなった。以来、菊池は指名手配となり、偽名の生活を続けてきた。 

しかし、死傷者には不思議なことに22年前の出来事の関係者が含まれていた。 

ひとりは大学闘争の仲間で、菊池と3か月だけ同棲した園堂優子。もうひとりは22年前の事件の後フランスに渡ったはずの桑野だった。 

22年前の事件は、今回の爆弾テロに関係しているのか。現場に指紋を残したために重要参考人として指名手配された菊池は、協力者の助けを借りながら真相に迫っていくーー。 

「母の死を伝えたかった」

あらすじをまとめれば、上述のとおりとなりますが、本書を魅力的なものにしているのは、ふたりの協力者の存在です。 

ひとりは、事件翌日、仕事場のバーに戻ったところに待ち受けていた松下塔子ーー園堂優子の娘です。 

「あなた、菊池さんでしょ。菊池俊彦。いまは島村圭介ともいうらしいけど」
私は彼女をじっと見つめた。この二十年あまりではじめて、私の本名を口にした女の子を見つめた。
「いまどきの女の子は、質問に質問で答えるのか。君はだれなんだ」

菊池が「もし、私が人ちがいだといったら?」と言うと、塔子はこう返した。 

「人ちがいじゃないわよ。いまのあなたの笑い方ではっきりしたから。まったくノーテンキな笑い方。母がいったこと、全然正しかったわね。母の話よりお釣りがくるくらいノーテンキ」
「母?」
「園堂優子。旧姓だけどね。園堂は公園の園に、お堂の堂。覚えてるでしょ」
(略)
「母は、あなたは身体だけは頑丈だっていってたわね。頭より身体。それにへらず口だけがとりえだって」
(略)
「変な親子だな。母親が娘にむかしの男のことを話して聞かせるのか。それで、お母さんはどうしている?」
「あなたが持ってる新聞に載ってるわよ」
新聞に会った爆発事件の負傷者一覧を思い浮かべた。その名はきのう、テレビのテロップでも見た。四十四歳。
「松下……、松下優子? あれは彼女のことなのか」

塔子は「母の死をあなたに伝えたかったのよ。ノーテンキな男に伝えなきゃと思った」と言い、バーに来てからはじめて涙を流した。 

「なぜ、母があんな目にあわなきゃいけないの。これがどういうことなのか、あなた、教えてくれる?」 

塔子は、菊池に言われて園堂優子の遺品を探し、彼女が短歌を趣味にしていたことを探し当て、同じく爆破事件の犠牲者となった遺族から短歌仲間の句集を借り出すことに成功する。 

ちなみに、本書のタイトルは、園堂優子がニューヨーク時代に作った短歌ーー〈殺むるときもかくなすらむかテロリスト蒼きパラソルくるくる回すよ〉ーーから来ています。この短歌が菊池に真犯人が誰かを気づかせるヒントとなります。 

メニューはホットドッグだけ

もうひとりの協力者は、元刑事でヤクザの浅井志郎。かつて属した広域暴力団の江口組で「島村を痛めつけろ」という風変わりの指示が出ていることを聞きつけ、爆破事件が起きた日の夕刻、バーを訪れます。このホットドッグのシーンはとても好きです。 

「狭いですね」青いスーツがいった。
「ああ、狭いな。しかもうす汚い」白いスーツがいった。それから彼は値踏みするように私を見た。薄い凍りのような目つきだった。
「ケチな店だ。ケチな店にケチなバーテンがいる」

白いスーツ男がビールとメニューを注文した。 

「あいにくメニューがなくてね」
「なら、なにがあるんだよ」青いスーツがいった。
「ホットドッグ」
「ほかには?」
「いや、ホットドッグだけだ」
(略)
白いスーツがやっと口を開いた。「世も末だな。チンケなバーもあったもんだ。ホットドッグとはな」

ここから菊池がホットドッグを作るくだりを紹介しましょう。 

オーブンレンジのスイッチをいれた。パンを手にとってふたつに割り、バターをひいた。ソーセージに包丁で刻みをいれる。それからキャベツを切りはじめた。 

フライパンにバターを溶かし、ソーセージを軽く炒めた。次に千切りにしたキャベツを放りこんだ。塩と黒コショウ、それにカレー粉をふりかける。キャベツをパンにはさみ、ソーセージを乗せた。オーブンレンジに入れて待った。 

ころあいをみてパンをとりだし皿に乗せた。ケチャップとマスタードをスプーンで流し、カウンターに置いた。 

どうです? おいしそうでしょう? 

青いスーツがホットドッグをひと口かじり、無邪気な声をあげた。「へえ、うまいですね、これ」
「ああ」白いスーツがうなずいた。その目からふっと氷が溶け去ったようにみえた。私の思いちがいかもしれない。
「おれの口にゃあわねえが。そうだな、たしかにこりゃよくできてる」白いスーツはそういった。
「それはどうも」
「かんたんなものほど、むずかしいんだ。このホットドッグは、たしかによくできてる」白いスーツがくりかえした。

白いスーツ男ーー浅井志郎は、菊池に「あんた、おれたちの業界でちょっとした噂になってる」と教えた。 

「その忠告のために、この店に来てくれたんですか」
「いや、顔を一度見とこうと思った。中小企業にゃ、大手のやり方が気になるもんだ」
「顔は見たはずだ。なんで、業界の打ち明け話なんかしたんです?」
「さあな。ホットドッグが気にいったのかもしれん」

どこまでもホットドッグです。菊池は翌日以降も浅井と接触し、江口組に島村(菊池)を痛めつけろと指示してきたのが東証二部上場企業の役員だったことや、江口組が最近コカインを扱うようになったことを知らされる……。 

男子たるもの、こうありたい

真犯人との対決を終えたラスト、菊池のそばにいるのは浅井と塔子です。 

一階のドアが開いた。目のまえに塔子の顔があった。いきなり彼女は、「このバカ」と叫んだ。みるみるうちにその目に涙の粒がふくらんでいった。なにかの重い液体のように、それは頬を流れおちていった。
(略)
「心配しなくていいよ、お嬢さん。この男は起訴はされない」
「さあ、どうかな」
私と浅井は並んで警官たちに向かい歩きはじめた。
背中で声がした。
「私、待ってるわよ。なぜ母があなたに恋してたのか、いま、私にはとてもよくわかるのよ」
浅井が私を見てニヤリと笑った。
「なあ、ひとつ忠告していいか」
「どうぞ」
「若い女の子の気持ちにゃ、もう少しデリカシーを持った方がいい」

もう一度書きましょう。「男子たるもの、こうありたい」と思う主人公の姿に酔わされるーー。それが「テロリストのパラソル」最大の魅力です。 

(しみずのぼる) 

〈PR〉

【公式】特典付多数!アニメ・ラノベグッズならカドカワストア