ジャズ・ジャイアント「青の時代」を聴く~その1

ジャズ・ジャイアント「青の時代」を聴く~その1

ジャズファンにはたまらない良書が出ました。その本の中身と取り上げているジャズ・プレイヤーを紹介しつつ、私なりに聴きやすいと思える曲を3回にわけて紹介します。1回目は、いずれもマイルス・デイビス門下のピアニストであるキース・ジャレットチック・コリアハービー・ハンコックです(2024.1.23)

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ダイヤの原石のような輝き

その本は、音楽ライターの神舘和典氏の新刊「ジャズ・ジャイアントたちの20代録音「青の時代」の音を聴く」(星海社新書)です。 

カバー扉にこう書いてあります。 

「人間は若々しい精神を抱いてスタートを切る。それが探求しようという意欲を支える。だがときが経つにつれ、私たちはそんな精神を失っていく」--。ジャズ・ジャイアントのハービー・ハンコックは自伝で述べている。若いからこそ持てる探求心はある。エネルギーもある。いまやレジェンドになったハービーにも、ウェイン・ショーター、キース・ジャレット、チック・コリアにも、荒々しく粗く、進化しきれていないダイヤの原石のような素朴な輝きを持つ20代があった。キャリア初期の音にはベテランとは違う活力を感じる。そんな”青き時代”の名盤を本書では、著者によるインタビューや彼らの自伝などの発言をもとに紹介する。 

うーん、これはいい! ここに名前が挙がるハービー以下のジャズ・プレイヤーは皆、若い時にマイルスグループに在籍したことがあり、きっとマイルス時代の話だろうな…と予測して読み始めたら当然そうなので、喜びもひとしおでした。 

といっても、ジャズが好きな人でも1970年代以降のマイルスは嫌いという人もいますし、万人にお勧めできる音楽ではありません。最初にこれを聴いて毛嫌いされたら…と思うと、わたしも人に勧めるのは気が引けます。 

ですから、サンプル音源を紹介するのは聴きやすい曲に限ろうと思いますが、それでも神舘さんの本を紹介しつつ、自分の好きなアルバムや曲のことも少しだけ書くことはお許しください。 

マイルス・アット・フィルモア

最初にキース・ジャレットとチック・コリアが同時に在籍した1970年6月のライブを収めた「マイルス・アット・フィルモア」のくだりを引用します。 

ジャズ・ジャイアント「青の時代」を聴く~その1

筆者自身の体験で恐縮だが、このアルバムは高校生のときに手を入れた。ジャズを聴こうと思い立ち、吉祥寺の中古レコード店へ行った。当時はジャズについてまったく知識がなかったので、ジャケ買いするしかない。 

幸運だった。最初に偶然手にしたのが、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』だった。すごかった。何度も聴き返した。 

そして次の一枚を買いに行き、勘で選んだのが『マイルス・アット・フィルモア』。わくわくして帰宅して聴いたが、なにがなんだかまったくわからなかった。『カインド・オブ・ブルー』と同じ人のアルバムとは思えなかった。 

それでも、くり返し聴いた。おこづかいは少ないから、レコードを一枚買ったら、それを聴き続けるしかない。すると、徐々に楽しめるようになっていった。 

このアルバムの何が気持ちいいのかーー。それは楽器の音だ。耳でメロディを追うよりも、マイルスの、チックの、キースの音に集中した。 

するといつのまにか、このアルバムを聴きたくて聴きたくてしかたがない自分になっていた。 

うーん、わかる~。わたしも似たような”マイルス体験”でした。最初に買ったのが「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」(1956年)。ジョン・コルトレーンが在籍していた頃のアルバムで、その次に買ったのが「イン・ア・サイレント・ウェイ」(1968年)で、エレクトリック時代に突入したマイルスです。

まさに「同じ人のアルバムとは思えなかった」ですが、繰り返し聞くうちにアバンギャルドなマイルスがどんどん好きになって、1975年の来日公演を収めた「アガルタの凱歌「パンゲアの刻印に手を出していました(決して万人には勧めませんし、結婚してからは妻がいない時しかスピーカーで鳴らさなくなりました) 

マイルスを聴け!

マイルス・ファンには必携の本があります。故・中山康樹氏の「マイルスを聴け!」です。

この本がすごいのは、公式アルバムだけでなく、ブートレグ(海賊盤)も同じように扱って紹介していることでした。 途中から文庫化されましたが、次々に発掘されるブートレグを扱ううちに相当な分厚さになりました。

版を重ねるにつれて厚さが増すばかり

それでもマイルス・ファンはこれを辞書のように使ってマイルスに傾倒したのです(自分のことを書きましたが、きっと他の人もそうだと信じてます) 

神舘氏が高校生の時に繰り返し聴いたという「マイルス・アット・フィルモア」について、中山氏の「マイルスを聴け!」はこんなふうに紹介しています(2008年発行のVersion8より) 

マイルスがもっともかっこよかった時代の頂点を成すライブである。 

(略) 

マイルスは確実にロック世代にとってもカリスマ的存在であり、時代のヒーローだった。そしてロックの殿堂「フィルモア・イースト」は、当時のマイルスにとってもっともふさわしいライブの場だった。 

ここまで紹介しても、サンプル音源をつけるのはやめておきます。

はじめて聴くと高校生の神舘氏と同じく「なにがなんだかまったくわからな」いでしょう(とはいえ、怖いものみたさでサンプル音源を聴きたい人もいると思うので、記事の最後につけておきます) 

ケルン・コンサート

さて、キース・ジャレットの紹介に移りましょう。 

マイルスグループを離れたキースは、アコースティック・ピアノに回帰します。その理由について、自伝にこう書いているそうです。

チック・コリアがエレクトリックに転向した途端に、タッチを失った。エレクトリック・キーボードでは、重さや重力を表現することができないからだ。どうしても表現できないんだ。電気楽器に触れている間に、タッチ、重力、重さを忘れてしまうんだ。ずっと忘れた状態のまま、それがしばらくの間だったとしても、もう思い出せない。ハービー・ハンコックも同じように失った。

そんなキースが奏でるソロピアノの代表作と言えば、神舘氏もキースの「青の時代」の代表作に挙げる名盤「ザ・ケルン・コンサート」(1975年)です。 

『ザ・ケルン・コンサート』はクラシックを感じる演奏で、透き通るようなピアノの音色。この作品を聴くと、自分の心が澄み切っていると、錯覚することができる。 

ケルンの演奏会の前日はタフなクルマ移動だったらしい。キースはまる一日睡眠がとれなかった。その上、ホールに置かれていたピアノのコンディションも最悪のレベルで、調律すら不十分だった。キースは比較的状態のよかった中音域を主に演奏を組み立てた。そんな環境が奇跡的な演奏を生み、奇跡的なアルバムができた。 

キース・ジャレットはこちらのサンプル音源もお聴きください
夜に聞くと心地良いジャズピアノ

リターン・トゥ・フォーエバー

次はチック・コリアです。チックは「アナログとデジタルの区分けについて、僕はあまり意識していない。そのときそのときの自分の興味に突き動かされてやっているだけだ」と語っていたそうです。

そんなチックが、2001年に行った60歳を祝うギグについて、神舘氏のインタビューで明かしたエピソードが抜群におもしろかったです。

「このギグをやる気になったのは日本に行ったときだ。友人が、ぜひやるべきだ、と言ったんだよ。日本では、60歳を人生の節目と考え”還暦”といってお祝いする。おもしろい発想だと思った」 

ニューヨークのブルーノートのステージにチックは妻を伴い、赤いちゃんちゃんこを来て現れた。 

「赤いちゃんちゃんこには、日本ではベビーの意味があるらしい。60歳で生まれ変わって、ベビーとして新しい人生を始めるんだ」 

このスピーチに、会場はおおいにわいた。 

チックの代表作と言えば「リターン・トゥ・フォーエバー」(1972年)でしょう。 全編エレクトリック・ピアノ(フェンダー・ローズ)で演奏しています(曲は「サムタイム・アゴー/ラ・フィエスタ」)

処女航海

最後は、60年代には「処女航海」(1965年)などアコースティックピアノで数々の名作を残し、70年代には「ヘッドハンターズ」(1973年)でシンセサイザーを縦横無尽に演奏したハービー・ハンコックです。

彼はアコースティック・ピアノとエレクトリック・ピアノの違いについて、神舘氏のインタビューでこう語ったそうです。 

「アコースティックの音はエレクトリックよりも温かいと言うよね。なぜなのかーー。アコースティックは、たとえると絵筆で描いた水彩画で、エレクトリックは点描画じゃないかと僕は思う。近くで見ても離れて見ても、水彩画は絵画だ。でも点描画を近くで見たら、点でしかない。それに近いことが音楽にもあてはまるんじゃないかな」 

代表作「処女航海」で、ハービーが描く水彩画の音色をお楽しみください。 

マイルス・デイビスは他にも数多くのジャズ・プレイヤーを育てていますが、続きは次回に。 

(しみずのぼる) 

1ページ目で紹介した「マイルス・アット・フィルモア」、わたしのお気に入りの「アガルタの凱歌」(現タイトルは「アガルタ」)と「パンゲアの刻印」(現タイトルは「パンゲア」)のサンプル音源は下記で聴いてみてください。

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