恋に奥手の主人公のせつなさに泣く…SFロマンス「ブロントメク!」 

恋に奥手の主人公のせつなさに泣く…SFロマンス「ブロントメク!」 

きょう紹介するのはイギリスのSF作家マイクル・コーニイ「ブロントメク!」(原題:Brontmek!)です。人口減少に直面する惑星を掌握する巨大営利企業と村民の攻防、惑星復活を期したヨット世界一周の成否、そして恋愛下手の主人公が運命の女性と出逢う恋の行方……。一見バラバラな要素がすべて収斂する時のせつなさと言ったらもう! 極上のSFロマンス小説です(2024.6.10) 

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「ハローサマー・グッッドバイ」の作者

マイクル・コーニイは、屈指のSF恋愛小説として名高い「ハローサマー・グッッドバイ」の作者です。 

SF史上屈指の青春恋愛小説「ハローサマー、グッドバイ」
SF史上屈指の青春恋愛小説「ハローサマー、グッドバイ」

「ブロントメク!」は「ハローサマー…」と同じくサンリオSF文庫から出版され、長らく絶版でしたが、「ハローサマー…」同様に河出文庫から新訳で再刊されました。 

訳者の大森望氏は、訳者あとがきでこう書いています。 

風変わりな異星生物、ヨット、ロマンス、意外な結末……という要素は『ハローサマー・グッドバイ』と共通。ただし、思春期の少年(地球人類じゃないけど)が主人公だった同作に対し、こちらは地球人の成人男性が主役。不器用だけどぎこちない恋の進展と、惑星規模の危機と、ヨットによる世界一周の一大プロジェクトとが並行してみずみずしく描かれる。 

この大森氏の文章が「ブロントメク!」の魅力を端的に言い表しています。一見バラバラなのに、それはすべて「意外な結末」のための布石なんです。

「ハローサマー…」の巻頭で、作者のマイクル・コーニイは興味深い前置きを書いています。以前の記事から該当部分を再掲します。 

これは恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものである。  

このあと、作中の異星人は人間型(ヒューマノイド)で「人間と同じような感情や弱さに動かされている」こと、文明の時期が地球の19世紀後半と似た段階であること、ただし惑星が異なるので相違点があること…などを記したのち、  

こうした仮定をおこなったのはすべて、この物語が語るに値するものであり、ほかにはどんな風にして語っても(略)わたしが、そう望むとおりのかたちのままではなくなってしまうからだ。  

SF史上屈指の青春恋愛小説「 ハローサマー、グッドバイ」

この前置きは「ブロントメク!」にもそのままあてはまります。

作者が企図した「意外な結末」に収斂させるため、風変わりな異星生物やヨット、ロマンスという設定を用意したのであって、それ以外では「望むとおりのかたちのままでなくなってしまう」と思ったからでしょう。 

52年に1度見舞われる怪異

本書は、主人公のケヴィンが地球からはるばる惑星アルカディアに住む知人を訪ねたその日に巻き込まれた「怪異」の場面から始まります。 

砂浜に大勢の人が集まり、群衆に混ざった女の子に何ごとか訊ねると、その子はなぜかケヴィンの名を知っていて、「もう時間よ。いま行かないと、置いてかれちゃう」「理解する必要はないの」「ただ捧げるだけ! 捧げて!」と言ってケヴィンの手を引いて、群衆と一緒に水の中に入っていく。 

そして海中で始まる殺戮。ブラックフィッシュという狂暴な魚の群れに襲われたのだ。 

命からがら砂浜に戻って難を逃れたケヴィンは、この現象が52年周期で起きることを聞かされた。 

「マインド」と呼ばれる、何十億匹にも達するプランクトンの群れは、子どもを産むあいだブラックフィッシュに守られ、その見返りにマインドは人間を含む動物に〈中継効果〉と呼ばれる集団催眠現象をもたらし、ブラックフィッシュに餌として与える共棲関係にあった……。 

多くの犠牲者を出し、別の惑星に移住する住民が絶えず、人口減少に悩まされたアルカディアは、ヘザリントン機構という巨大営利企業の提案を受け入れる。 

「ヘザリントン機構は営利団体です。企業を経営するのと同じように加盟惑星を運営し、そこから利潤を挙げることを望んでいます。アルカディアに関心を持つのは、この惑星から利益を引き出せると考えているからです。わたくしたちの成功は、みなさんの成功を意味します。現状、みなさんの経営体制は破綻寸前です。このままだと、アルカディアは年末までに人口の半分を失うでしょう。人口が減少しはじめた惑星ほど崩壊が早いものはありません。 

そこでわたくしたちは、立て直しのための施策を提案します。まず第一に、移民を増やすこと。そのために大々的なキャンペーンを実施します。(略) 

第二に、農業と漁業を発展させます。発展とは、文字どおりの意味です。ヘザリントン機構は、すべての農民と漁民に行き渡るだけの機械類を導入し、アルカディアをこのセクターの豊饒の角にします」 

住民たちは投票の結果、ヘザリントン機構の提案を受け入れた。しかしそれは、惑星アルカディアを丸ごと機構に所有されることを意味したーー。 

砂が零れ落ちるように…

物語の主軸は、ヘザリントン機構の惑星アルカディアの”開拓”と、それに対する住民たちの戸惑いと抵抗です。協力する者もいれば、抵抗組織を作る者も出てきます。 

主人公のケヴィンは協力する側で、それは「立て直しのための施策」「大々的なキャンペーン」として企画されたヨット一周プロジェクトに造船技術を買われて参加したためです。ブラックフィッシュの存在から海を怖がる意識を払拭させ、移民希望者に「安全」をアピールしようという意図でした。 

けれども、手のひらから砂が零れ落ちるように、ヘザリントン機構による”開拓”もヨットのプロジェクトも収拾がつかなくなっていきます。このあたりはスリリングな展開です。 

たとえば、ブロントメクという巨大農業用機械が”暴走”しはじめるシーンを引用しましょう。 

機械と機械の死闘から、狂気のパターンが生まれつつある。左側のブロントメクは断続的にレーザー光線を発射して相手のボディから火花を噴出させているものの、狙いが一ヶ所に定まらないので、あまり大きなダメージを与えられていない。腰の入っていない軽いパンチをやみくもにくりだす、グロッキー寸前のボクサーのようだ。しかし、右側のブロントメクはべつの戦術を採用していた。 

周到かつシステマティックに、相手をばらばらに切り刻もうとしている。(略) 

右側のブロントメクは、動かなくなった敵をなおも細かく切り刻んだ。それから、またゆっくりと動き出した。目の前に横たわる金属のスクラップを容赦なく押しのける。障害物を排除して自由になったブロントメクは、速度を上げ、谷の向こう側で月の光を浴びて草を食むアルカ牛の小さな群れめがけて突進していった。 

数分後、レーザー銃の刺すような光が見えた……。 

スザンナが、震える声で言った。「狂ってる。ブロントメクは、畑を荒らす害獣より大きなものは撃たないようにプログラムされているはずなのに」 

ヘザリントン機構の”真の目的”を知ったために殺されそうになる主人公の運命はいかに……。このあたりは本書を手に取ってお確かめください。 

一目ぼれの美女との恋の顛末

でも、本書の魅力は、ヘザリントン機構と住民の攻防そのものではなく、恋愛下手な主人公ケヴィンと、ケヴィンの前に現れる美女スザンナの恋が成就するかーーにあるのだろうと思います。 

主人公のケヴィンはこんな人物です。 

僕の身には、どきどき、あることが起きる。悲しくて情けない出来事で(略)いまみたいに乗りものに乗って旅をしているとき、ごくたまに、それが起きる。つまり、”世界一の美女”を目撃するのだ。 

この出来事が悲しいのは、それがなんにもならないからだ。 

美女に惹かれても声をかける勇気がない。ただ惹かれて目で追うだけ……。男の人なら誰しも似たような経験があるでしょう。ケヴィンもまた同じで、声をかける勇気がなく、惹かれた女性と知り合う機会を逃し続けています。 

そんなケヴィンが、ヘザリントン機構の説明を村民代表のひとりとして訊きに向かう乗り物で見かけた美女と思わぬ形で再会し、親しくなるのです。それが機構が雇ったキャンペーン・ガールのスザンナです。 

「こんにちは、スザンナ」僕は、命に関わる心臓発作からの回復につとめながら言った。
「ケヴィン……すてきなおうちね。船の中みたい」
(略)
……まるで嘘みたいにきれいな瞳だ。青く深いそのプールに、どこまでもどこまでも視線が吸い込まれ、散らかり放題のこの部屋のことも含めて、なにもかも忘れてしまう。このふたつの目を永久に見つめていたい。願いはただそれだけ……。
(略)
僕はスザンナに目をやり、またしても視線を動かせなくなった。しばらくしてやっと口を開き、「前に、きみを見かけたことがある。このあいだ、インチタウンへ行くレールカーの中で。僕はヘザリントンとの会議に行く途中だった」
「ええ。それ、きっとあたしね。あなたを見かけた記憶はないけど」
「僕はきみのうしろに座っていたから」ああくそ、なんて頭の悪い会話だろう。

こんなふうに一目ぼれした美女と、主人公はぎこちなく距離を縮めていきます。主人公の甘酸っぱい感情が随所にあふれながら、機構と住民の攻防というスリリングなストーリーに彩を添えていくところが本書の最大の醍醐味です。 

だからこそ、物語の展開とともに主人公と気持ちをすっかりシンクロさせてしまった読者は、その「意外な結末」に、心臓をわしづかみにされたような苦しさ、せつなさを嫌と言うほど味わされるのです。 

訳者の大森望氏はこう書いています。 

(ブロントニクは)大規模開発のシンボルとして扱われているものの、物語の主役というわけではない。『ハローサマー・グッドバイ』と同じくエキゾチックな異星を舞台にしたSFロマンスなのに、どうしてわざわざこんな無骨な造語をタイトルに選んだのか。(略) 

せっかく『ハローサマー・グッドバイ』のブラウンアイズをもしのぐ(訳者個人の見解です)魅力的なヒロイン、スザンナが登場するのに、彼女をフィーチャーしないでどうする! そんなわけで、今回、片山若子さんにすばらしく官能的なスザンナを描いていただいて、四〇年来の夢がかなった気分です。 

大森さんに感謝です。読後、片山若子さん描くスザンナの表紙をいま一度眺めながら、主人公ケヴィンの甘く切ない恋の顛末をかみしめた次第です。 

(しみずのぼる) 

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