善良なる者が数多く登場する《ピープル》シリーズ

善良なる者が数多く登場する《ピープル》シリーズ

きょうはゼナ・ヘンダースンの代表作《ピープル》シリーズを取り上げます。「なんでも箱」の記事で書いたとおり、《ピープル》シリーズの「果しなき旅路」(ハヤカワ文庫SF。原題:Pilgrimage)と「血は異ならず」(ハヤカワ文庫SF。原題:The People:No Different Flesh)は2000年にハヤカワ文庫30周年記念で復刊。いまはどちらも品切れですが、比較的入手しやすい古本です(2023.9.29)

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読者投票で第1位に輝く

わたしも2000年の復刊で買い求めて初めて読んだひとりです。それまでは福島正実氏編「人間を超えるもの」(講談社文庫)で読んだ「アララテの山」でしか知らず、「《ピープル》シリーズ、読んでみたいなあ」と思っていたので、復刊は本当に嬉しかったです。 

「果しなき旅路」は、帯を見れば「読者アンケートで選ばれた『読んでみたいハヤカワ文庫の名作』第1位」に輝いた作品です。多くの人が復刊を待ち望んだということですし、その中には、わたしと同じように、「あの《ピープル》シリーズ、何とか読んでみたい!」と思って投票した人も少なからずいたのではないでしょうか。 

内容は文庫の背表紙を引用します。

陰気で閉鎖的な人々が住むゴースト・タウンさながらの鉱山町ーーだが、女性教師ヴァランシーが赴任した町には、思いもよらぬ秘密が隠されていた。町の人々は、宇宙を旅する途中で遭難し、地球に散らばった遠い星の種族《ピープル》だったのだ! 超能力をもちながらも、厳しい種族の掟に縛られ、暗い日々を送る子供たちは、やがてヴァランシーにだけは心を開いていく……地球でひそかに生きる異星種族の姿を描いた感動作。

「果しなき旅路」の背表紙に出てくる女性教師ヴァランシーのお話は第1話の「アララテの山」ですが、語り部は生徒のカレンのほうで、カレンやヴァランシー、2番目のお話「ギレアデ」で登場する地球人の父と《ピープル》の母を持つベシーなどは、その後も繰り返し登場するので、読んでいて彼女たちと”再会”できた気持ちになります。

ちがったままでいい 

ベシーの母親が、能力に目覚めたベシーの兄ピーターに語りかける場面があります。

「ピーターーー」おかあさんは悲しそうな目でぼくを見た。「おとうさんはね、いつも最善と思うことをなさっているのよ。母さんにいえるのはこれだけーーなにをしようと、どこへゆこうと、ちがっているということは死とおなじだということ。これを忘れないようにね。おまえは周囲に順応しなくてはいけない、さもなければーーさもなければ死ぬまでよ。でもピーター、恥ずかしがることはないわ。ぜったい恥ずかしがることなんかないのよ!」一瞬おかあさんの手がぼくの肩に置かれ、くちびるがぼくの耳をかすめた。「ちがったままでいらっしゃい!」おかあさんはささやいた。「できるだけひととちがったままでいらっしゃい。ただ、だれにも見られないようにーーだれにもさとられないようにね!」 

「ちがったままでいらっしゃい」ーー。いいおかあさんですね。とても素敵な言葉だと思いませんか。 

迫害され殻にこもる末裔たち

3番目の「ヤコブのあつもの」は、過去に能力を悟られて地球人に火刑にされた《ピープル》の末裔が住むベンドーという町が舞台。宙を飛んで迫害された記憶から、足を地面から離さないように大人も子供も足を引きずって歩く習慣があるなど、町そのものが陰鬱に描かれます。 

その町に赴任した女性教師メロディ(隠していますが《ピープル》です)は、ベンドーの子供たちに《ピープル》の能力を自己否定しないように教え諭します。 

そのとき、そのものうい静寂のなかに、ドーカスの声が鋭く響きわたった。「ゆうべ夢を見たわ。《故郷》の夢よ」 

はっとしたわたしの身じろぎは、マーサが愕然として、「まあドーカス!」と叫ぶ声にかき消された。 

(略) 

「でもそれは悪いことなの!」エスターが叫んだ。「処罰されるわ! 《故郷》のことを話しちゃいけないの!」 

「なぜいけないんだ?」ジョエルがいまはじめて思いついたというようすで言った。十三歳になると、それまで当然と受け取ってきたことすべてが、疑問に思われはじめるものだ。彼はむっくり身を起こした。「なぜいけないんだい?」 

(略) 

「どうしてそのことを話しちゃいけないって規則ができたのか、訊いてみたことがあるかい?」ジョエルが言った。「ぼくは何度かやってみた。だけどそのつど、それは悪いことだから、としか答えてもらえないのさ」 

殻にひびが入るように、子供たちから陋習が壊れていきます。

微笑ましい地球人医師

「ヤコブのあつもの」は、その後何度も登場するカーティス医師(地球人)が出てきます。事故で死にかけた生徒のひとりエイビーを助けるため、メロディは仲間たちーーヴァランシー、カレン、ベシーに助けを求めます。しかし、頭のけがのため医師の手が必要。近くの牧場に休暇で来ていたのがカーティス医師です。 

「ともかくこのーーヴァランシーですか?ーーが言うには、ベシーが患者の体の状態をことごとく感知することができ、傷に関するいっさいを教えることができるというんです。その位置とか、程度とかを、レントゲンもなしに! なんの器具もなしに!」 

(略) 

「で、あなたがたもこのひとたちを信じたいんですか?」医師はエイビーの両親に向きなおった。 

「彼らはわれわれの《同胞》です」ピーターズ氏は静かな誇りをこめて言った。「もし彼らがそうしろと言えば、わたしはつるはしででも倅を手術するでしょう」 

「なんてこった。狂ってる、だれもかれもーー」医師はまた手で顔をなでた。「ぼくは休暇のつもりでここにきた。だがこれでは頭までおかしくなっちまう!」 

わたしたちはみな夜の静寂に、そしてーーすくなくともわたしはーーカーティス医師の不安げな鼓動に耳をすました。それから、彼は長大息をして言った。 

「よろしい、ヴァランシー。一言も信じやしませんがね、そんなことはーーすくなくとも正常な精神状態でだったら。しかしあなたがたは、いかにもなにかを知っているように思わせる話術を心得ているーーよろしい、やりましょう。やるか、それともこのまま死なせるかだ。どうかわれわれの魂に神のご加護がありますように!」 

カーティス医師が手術を無事成功させた時の興奮ぶりといったら! 地球人のひとりとして、カーティス医師の善良さは微笑ましく、嬉しくなります。 

次回はシリーズ2作目「血は異ならず」を紹介します。

(しみずのぼる)