お金を考え、人生を豊かに:原田ひ香「三千円の使いかた」

お金を考え、人生を豊かに:原田ひ香「三千円の使いかた」

きょうは原田ひ香さんの「三千円の使いかた」(中公文庫)を紹介します。おもしろかった本の紹介ならホビーの記事でしょうし、内容からすればマネーの記事がふさわしいかもしれません。でも、若い時にもし原田さんと同じようにお金の貯め方について伝授してもらったら、きっと人生は豊かになると思い、あえてライフの記事にします(2023.8.11)

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8×12は魔法の数字

「三千円の使いかた」は、2022年にベストセラーになった一冊ですが、個人的にはほろ苦い思い出があります。読んですぐに面白かったので知人に勧めたら、しばらくして「この本、いつ面白くなるの?」と聞かれたのです。「しまった。読書にスリルとサスペンスを求める人に勧める本じゃなかった」と反省しました。 

このエピソードのとおり、何か盛り上がりがあるような小説ではありません。登場人物は、3世代の女性たち。背表紙の紹介から引用すると、 

  • 24歳、社会人2年目の美帆。貯金に目覚める。 
  • 29歳、子育て中の専業主婦、真帆。プチ稼ぎに夢中。 
  • 55歳、美帆・真帆の母親、智子。体調不良に悩む。 
  • 73歳、美帆・真帆の祖母、琴子。パートを始める。 

この御厨家の女性たちが、お金について考え、それぞれに気付きを得る連作短編集です。 

カラーの新聞広告をみても、お金にまつわる小説であることはわかります。

著者は入社1年目で実践

わたしがこの小説を手に取ったのは、原田ひ香さんと株主優待で有名な元棋士で投資家の桐谷広人さんの対談を雑誌で読んだことがきっかけでした。 

雑誌が手元に残っていないので記憶で書きますが、原田さんが大学生のとき、先生から言われたのが「社会人になったら、1年間に100万円貯めなさい」という教えと、具体的に貯める方法だったそうです。 

この教えは「三千円の使いかた」にも出てきます。美穂がお金の貯め方を学びたいと思って、節約アドバイザーの新刊出版セミナーに参加する場面です。 

「皆さん、まず、これだけ覚えていって」 

黒船さんは挨拶もそこそこにペンを握り、ホワイトボードにさらさらと大きな数字を書いた。 

8×12 

書名、そのままではないか。 

「今日はこれだけ。これだけ覚えて。あなたの脳裏に刻みつけて欲しいの。さあ、八×十二はいくつですか」 

九十六! という声が会場から上がる。 

「はい、ご名答。毎月八万円ずつ、それにボーナス時に二万ずつ貯めます。そうすると、あら不思議。一年で百万円が貯まっちゃうの! そして、一年に百万ずつ貯められれば、三十代のあなたは六十歳の定年までに三千万、二十代のあなたなら四千万貯まります。さらにそれを三%複利で運用できれば税抜きで約四千九百万と約七千七百四十万になります。もう老後は心配なし!」 

会場に失笑ともため息ともつかない音が漏れる。 

「あ、今、そんなの無理だって思いましたね。思ったでしょう」 

美穂は思わず、笑いながらうなずいてしまった。 

原田さんは1994年に大妻女子大を卒業されている方なので、30数年前に大学生だった原田さんも、美穂のように笑いながら先生の話を聞いたのかもしれません。 

でも、原田さんがえらいのは、入社1年目に「8×12」を実際に実行に移したことです。そうして貯めた百万円を、2年目に証券口座を開設して資産運用の原資にしたのだそうです。 

桐谷さんとの対談を読んで、「これは読んでみたいな」と思って手に取った本でした。 

どの短編もお金にまつわる話なのですが、そのベースとなるお金の情報が、とても堅実であることにまず惹かれます。 

いくつか紹介しましょう。 

1000万円は貯めないとね

職場の先輩のリストラと恋人とのすれ違いから鬱屈していた美穂は、ある日、保護犬のボランティアたちに遭遇する。犬を飼いたいと思っても、里親になるにはさまざまな条件があることを知る。 

ふっと、気がつく。ここに書かれていることは、保護犬だけじゃなく、自分にも必要であることに。飼育できるような「家」、健康な「身体」、そしてもちろん「お金」。すべて、保護犬を飼おうと飼うまいと必要なことだ。 

美穂は姉の真帆のアパートを訪ねる。薄給の夫と結婚し、子育てしながら節約に励む真帆に、保護犬の里親になるには中古物件の一軒家に住みたい、でもそれにはお金を貯めないといけないーーと打ち明ける。 

「じゃあ、一千万は貯めないとね」 

「え」 

「だってローンなしで家を買うんでしょ。そのくらいはまず貯めてみないと」 

一千万。確かにそれくらいは必要かもしれない。けれど、これまで直視しないできた数字だった。 

「うちだって、一千万が目標だもの。貯金。佐帆の進学もあるしね」 

「え、マジで? お姉ちゃんも考えてたの? じゃあ、貯金って今……」 

思わず、口ごもってしまった。 

(略) 

「今はまだ六百万ちょっとかな」 

真帆はあっさり答えた。 

「えー!」 

びっくりした。夫は年収三百万で、子供もいて、結婚六年目の姉がそんなに貯めているなんて。 

「百万は私が結婚前に貯めた分。太陽はぜんぜん貯金してなかったからね。六百万ちょっとっていうのは、その中の三分の一くらいは投資信託にして変動しているから。佐帆が生まれた年にちょっとお金を使ってしまってそれしか貯められなくて」 

美穂の驚きを逆の意味だと勘違いした真帆は慌てたように言い訳した。 

「違う、違う、すごい額だなと思って。一年で百万近いでしょ。そんなの、どうやって貯めたの?」 

さりげなく「投資信託」と出てきますね。たんなる本好きだと、この表現は読み飛ばしてしまうでしょうが、真帆は堅実に「ほったらかし投資」をしてお金を貯めたことを暗示しています。 

固定費を削るのが一番簡単

真帆は、美穂の貯金の少なさに愕然として、こうアドバイスする。 

「じゃあ、根本的な改革が必要ね。固定費を見直したら? 出ていくお金をセーブするの」 

「固定費?」 

「家賃とかスマホ代とか、絶対にかかるお金のこと」 

「でも、文字通り固定費だから変えられないじゃん」 

「食費や電気代を見直したってたかが知れてるのよ。固定費をまず削って、節約するのが一番簡単」 

このあと、真帆は格安スマホへの乗り換えを勧めます。両@リベ大学長さんの「お金の大学」(朝日新聞出版社)も、固定費の見直しの筆頭が通信費でしたね。 

「じゃあ、まず、一日百円貯めてみよう!」 

「百円て……」 

なんかちょっとバカにされたような気がした。あんたにはそれぐらいがお似合いよ、と言われたような。 

「百円なら、ちょっとしたお茶代とかコンビニのスイーツとかで節約できるでしょ? 一ヶ月貯めたら三千円じゃない? それを月々、投資信託に入れてみるのは?」 

「投資信託。それ、銀行でするの?」 

「銀行でもできるけど、証券会社に口座を作りなさい。インデックス型のできるだけ手数料がかからないのがいいわね」 

インデックス型とアクティブ型の違いや手数料に差があることが出てきましたね。ただの本好きなら読み飛ばしてしまうでしょう。 

高金利の広告には裏がある

祖母の琴子が主人公の「七十三歳のハローワーク」には、高金利をうたう金融商品のことが出てきます。

老眼鏡はチェアのすぐ脇のテーブルに置いてあった。それをかけ直して、じっくり、まじまじとその広告を読む。 

「えーと、マンゴー銀行、退職金キャンペーン、特別金利、年利二%、と。預けられるのは、退職者及びその配偶者の六十歳以上の男女のみ。ただし」 

こういう広告にはかならず裏があり、それはその下に書いてある。もちろん琴子は賢い消費者であるから、ちゃんと読む。まるで芥子粒のように小さな字、新聞記事の文字よりもずっとずっと小さい。老眼の身にはことさら読みにくく、都合の悪い条件は読んでくれるな、とでもいうようだ。でも、そのために老眼鏡を用意したのだった。 

「二%の金利は、一千万円以上の預金を三ヶ月以上の定期に入金した最初の三ヶ月のみ、その後は〇・〇一%……まあ、そうでしょうね」 

こういうキャンペーンは人目を引く高金利を打ち出しながら、一ヶ月から半年くらいでそれは終わり、あとは普通の定期預金と同じ程度の利子になってしまうのがほとんどだ。

いかがですか。わたしがマネーの記事で書いてきた内容と重なりませんか。 

初心者なら積立投資信託による「ほったらかし投資」がいいですよ、ラテマネーでも長期に積み立てると複利効果で結構な金額になりますよ、投資信託は100円から買えますよ、ポイントも使えますよ、高金利に騙される金融商品には手を出さないほうがいいですよ……。 

このように「三千円の使いかた」は、堅実な資産運用や節約の方法をベースに書かれた小説なのです。 

今後の人生を考えるきっかけに

しかも、原田さんご本人が入社一年目で貯めた百万円で証券口座を開設して資産運用を始めた経験に裏打ちされているので、とても説得力があります。 

資産運用の知識ゼロの方が読めば、ハラハラドキドキがない、盛り上がりに欠ける小説と映るかもしれません。 

でも、もしあなたが少しでもマネーの知識を身につけて読めば、あるいは、知識ゼロでも「マネーの勉強をしたい」と思って本書を手に取れば、きっと前述の広告に書かれた感想のとおり、 

読み終えた時、今後の人生を考えずにはいられない 

となるでしょう。 

(いしばしわたる) 

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