時空を超えた「愛の手紙」…ジャック・フィニィの名編に泣く

時空を超えた「愛の手紙」…ジャック・フィニィの名編に泣く

前回記事(おとといは兎をみたわ。きのうは鹿、今日はあなた)のロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」に続いて、きょうも好きな短編小説の紹介です。今回はとても有名なファンタジー小説、ジャック・フィニィ「愛の手紙」(原題:The Love Letter)です(2023.7.3)

〈PR〉

資格不要で稼ぐなら「クラウドワークス」

過去を偏愛するフィニィ

ジャック・フィニィ(1911-1995)はとても変わった作家で、一言で言えば、過去への偏愛、19世紀、ぎりぎりでも20世紀初頭までを「古き良き時代」としてこよなく愛した作家です。

たとえば、代表作の「ふりだしに戻る」は、1880年代のニューヨークにタイムトラベルする話ですが、当時の写真をたくさん載せていて、小説の形をとっているけれど、この作家は1880年代のニューヨークを描きたかったんだ、ということがとてもわかる作品です。 

「愛の手紙」を収めるフィニィの短編集の表題作「ゲイルズバーグの春を愛す」も、「由緒ある静かな街ゲイルズバーグ。この町に近代化の波が押し寄せる時、奇妙な事件が起こる…古く美しきものをやみくもに破壊する”現実”を阻止する”過去”の不可思議な力」(ハヤカワ文庫FTの背表紙より)を描いています。 

「愛の手紙」は、同じようにノスタルジックあふれるテイストのラブ・ロマンスです。 

「ふりだしに戻る」はフィニィの代表作です

隠し抽斗で見つけた手紙

主人公のジェイクは現代のニューヨークに住む24歳の青年。ある日、骨董品屋でビクトリア朝の机を見つけて家に持ち帰ると、その机には隠し抽斗(ひきだし)があった。中から出てきたのは、古ぼけた一通の手紙。日付は1882年5月14日で、ヘレンという女性が、想像上の恋人にあてたラブレターだった。文面には、意に沿わない結婚を迫られていて、その想像上の恋人にあてて、こう書いてあった。 

ああ、あなたのお力でこの結婚から救っていただけたら! でもあなたにはご無理です。あなたはわたしの大切なすべて。温かく、誠心こめた熱情にあふれ、心と態度に生まれながらの品のよさをもち、誠心と情のあるあなたーーあなたは、わたしがかくあれと思うとおりの人なのです。なぜならーーあなたは、わたしの心の中だけの存在なのだから。でも、たとえ架空の人物でも、そしてたとえ永遠に会えない人でも、あなたは、わたしの忌み嫌う彼よりよほど大事な人なのです。わたしは絶えずあなたのことを想い、夢にまで見ます。わたしはあなたに、心の中で、魂で語りかけます。あなたが実在の人だったら、どんなにかいいのにと願いながら! 

ジェイクはこの手紙を読んで、返事の手紙を書く。「いま、あなたの机の隠し抽斗のなかの手紙を読んだばかりです。どうにかして、あなたの力になれないものだろうか…」。そして、この手紙をヘレンが生きていた時代の古い切手をはり、また当時から今に残る郵便局から投函する。ヘレンの時代に届けばいいなと思いながら…。 

隠し抽斗はあと2つ

そしてしばらくするうち、隠し抽斗がほかにもあるのでは?と思いつく。机をもう一度改めてみると、隠し抽斗があと2つあった。ジェイクは第2の抽斗をあけ、そこに手紙をみつける。文面は驚くことに、ジェイクが書いた手紙への返信だった。時空を超えて、ヘレンの時代に届いたのだ!

「あなたはいったい誰?」

ヘレンの手紙にはこう書いてあった。 

ああ、後生です。あなたはいったい誰? どこへ行けばあなたに会えるの? あなたの手紙は今日二回めの配達で届きました。それからというもの、わたしは昂奮のあまりの苦しみに、家中を、庭中を、ぐるぐるさまよいつづけました。どうしてあなたが、隠し抽斗のなかのわたしの手紙を見たのかどう考えてもわかりません。でも、あなたがあれを見た以上、この手紙も読めるかもしれないと思って書きました。….わたしは本当にーーええ、喜んで告白しますーーあなたに会いたい! そしてわたしも、胸のうちに、もしもあなたと知り合えたら、かならずあなたを愛するだろうということを感ずるのです。いえ、心底からそう思うのです。それ以外のことは、どうしてもわたしには考えられません。もう一度、どうしてもお便りください。それまでは決して落ち着けないのです。 

ジェイクは長い時間をかけて考え、ヘレンへの返信をしたためる。 

文通の機会は残り1回 

自分がいるところは、ヘレンの住む同じブルックリン、3ブロックも離れていないところだけれど、80年もあとの時代の1962年で、二人を分かつのは場所ではなく時間だということを。骨董屋で机をみつけ、隠し抽斗をみつけたいきさつから、古くからある郵便局に投函して手紙を送ったこと、そして、手紙でしか知らないヘレンを想い、恋に落ちたことを告白して、最後に、隠し抽斗があとひとつ残っていることを記す。 

二つ目の抽斗に、きみは、いまぼくの目の前にある手紙を入れた。それを、ぼくは、数分まえ、抽斗をあけたときに見つけた。きみはあの手紙以外には何も入れなかったのだから、いまさらこれも変えられない。しかし、三つ目の隠し抽斗は、まだあけていません。ヘレン、まだだ! これが、ぼくにもう一度ーーそして最後に連絡をくれることのできる最後の方法なのです。ぼくはこの手紙を、まえとまったく同じ方法で出し、そして待ちます。一週間後に、最後の抽斗をあけるつもりです。 

「愛の手紙」の引用はここまでです。これ以上はネタバレになってしまうので。 

ヘレンは、自分が会いたいと恋焦がれる手紙の相手が80年後の青年であり、決して会うことのできない相手だと知った時、その青年に送ることができる最後のメッセージはどうするでしょうか? 

もう、このあたりから涙、涙、涙、です。 

「愛の手紙」を収めた「ゲイズルバーグの春を愛す」は今も簡単に手に入る本ですから、ぜひ手にとって続きを自分で確かめてみてください。 

映画「ある日どこかで」にも涙 

それと、1980年作のアメリカ映画「ある日どこかで」(原題 : Somewhere in Time)をご覧になった方は、話の設定、雰囲気が似ていると感じられたのではないでしょうか。 

アマゾンの紹介文にはこんなふうに書かれています(文章は映画評論家の的田也寸志氏)

1972年、新人劇作家のリチャード(クリストファー・リーヴ)は謎の老婦人から古い金時計を渡された。そして8年後、彼は古い肖像画の貴夫人に魅せられ、それが老婦人の若き日の姿(ジェーン・シーモア)であることを知る。やがてリチャードの想いは募り、いつしか過去へと心をさかのぼらせていき……。


メロドラマにタイムトラベルの要素を組み合わせて描いたラブ・ファンタジー映画の秀作。とにもかくにも美しく哀しい究極の愛の映画として徹底しているのが潔くも素晴らしい。ジョン・バリーの甘い旋律が、観客の涙をさらに一層絞らせ、もはや理屈では割り切れない摩訶不思議な世界にさらなる説得力を持たせてくれている。

「ある日どこかで」の原作はリチャード・マシスンですが、明らかにフィニィを敬愛し、この原作・映画は作られたのでしょう。タイム・トラベルの方法を映画の主人公に教える学者の名前がフィニィですから。 

(しみずのぼる)

〈PR〉

最新コミックも600円分無料で読める<U-NEXT>