魔法がかなった宿命の相手は15歳の少年だった

魔法がかなった宿命の相手は15歳の少年だった

かつて「読書の快楽」という文庫本のシリーズがありました。いろいろな評者がお勧めの小説を短文で紹介するガイドブック本で、これを頼りに本を探索したものでした。きょうご紹介するのは、わたしが「読書の快楽」をきっかけに読んだトム・リーミィ「サンディエゴ・ライトフット・スー」。魔法がかなえた出逢いは、あまりにせつない結末でした(2023.6.28)

魔法を試す15歳の少女

「サンディエゴ・ライトフット・スー」は、かつてサンリオSF文庫から出版された同タイトルの短編集に収められています。

サンディエゴ・ライトフット・スーはネビュラ賞受賞作
「サンディエゴ・ライトフット・スー」(サンリオSF文庫)

物語は、占い師の母を持つ15歳の少女スーが、本にはさまれていた古い羊皮紙を見つけ、いたずら心から、そこに記された魔法を試すところから始まります。傍らにはパンキンという名の猫。少女は願い事を思い浮かべて魔法を試みます。

「さあ、やるわよ」と猫に言う。「ライターで火をつけてもいいのかしら。死んだ蜂か何かの蝋でつくった黒いローソクなんかじゃなくて」

気持ちを落ちつけ、真剣になろうとしながら、彼女は、一人の男のこと、特定の誰かではなく、宿命の相手のことを考えた。「『いつの日か、私の王子様がやってくる』を歌っている白雪姫の気分だわ」と彼女は呟いた。そしてライターに火をつけ、紙の隅に炎をふれさせた。

紙はあっというまに明るく燃えあがったので、彼女は息をのんでとびすさった。(略)女は天井に、絨毯のように広がってゆく黒煙をちらとふりかえってから、目を丸くした猫を見た。突然どうにもとまらぬ笑いの発作に襲われると、彼女は窓じきいにくずおれた。「もどっておいでよ、パンキン」あえぎながら言った。「終わっちゃったわ」

この印象的な場面から、物語は30年後に飛びます。

夢見心地で魔法を試みた少女スーは、成人してアウトローの世界で娼婦として生きたこともあり、「サンディエゴ・ライトフット・スー」の綽名で呼ばれています(lightfootは「尻軽」を表すことばで、サンディエゴ出身の尻軽なスー、という意味です)

そして、スーが40歳代になって、年齢的にも娼婦の仕事では食べていけないと趣味で絵を描き始めてしばらくした頃、母を亡くしてカンサスからロサンゼルスにバスに乗って出てきた15歳の少年ジョン・リーと出会うのです。

歳の差なんてと言うものの

わたしがこの本を手に取ったのは、「恋愛小説の快楽」(角川文庫)で風間賢二氏の紹介文を読んだのがきっかけでした。 

「愛があれば歳の差なんて」とはいうものの、相手の男性が十五歳で自分が四十五歳ともなると、やはり女心としては美しかった若い頃に戻りたいと願うのは当然のこと。(略)母と息子ほども年齢の離れた男女が魔法の力で出会い、そして魔法の力で悲劇的な結末を迎え、少年が大人へと成長していく物語だ。

「恋愛小説の快楽」(角川文庫)
「恋愛小説の快楽」(角川文庫)

内容はこの要約のとおりです。(15歳の時に「いつか王子様」に出会いますように…と魔法で願い事をした)45歳のスーが、無垢という表現がピッタリの15歳の少年ジョン・リーと出会い、ヌード画のモデルを頼んだところから、物語は動き出します。

ヌード画通じ惹かれ合う

彼は満ち足りた気分で椅子に座った。そしてにこりとした。

「何笑っているの?」スーが自分もほほえみながらたずねる。

「え? ううん、何でもないんです。ただ…とってもいい気分なんだ」そして彼はちょっとぎこちなく感じた。「あなた……その……絵はずうっと長いことやってらっしゃるんですか」「そうね、しばらくは趣味かな、真剣にやり始めたのはここ二年くらいね」彼女は奇妙な、苦い笑いを浮かべた。「遊び女も年とってきて、とりかえしのつかなくなる前に何か別の仕事を見つけなきゃってわけよ」

彼はスーの言う意味がわからなかった。「あなた、まだ若いじゃないですか」

「私、海岸で、メイフラワー号に石を投げたくらいよ」ため息まじりにスーは言った。「四十五よ」

「ええっ、僕は三十くらいだと思ってました」

彼女は笑った。そのハスキーな笑い声に彼はずきりとするものを感じた。「坊や、あんたの年ごろには、二十五と五十の間の女なんて同じように見えるものよ」

「でもあなたはきれいだと思う」と彼は言い、そのあと後悔したが、スーはにこっとしたのでほっと胸をなでおろした。

「ありがとう、子羊さん。あなたくらいの年のときの私を見てほしかったわ」スーは手を止め、思い出すように小首をかしげた。「十五のときの私をね」

絵の点描の場面も印象的です。 

ジョン・リーは自身の姿がならべて画鋲にとめられているのを見た。「すごい」ゆっくり歩いてその列をたどって見る。みな自分の顔が描かれている。眼だけの絵もあった。笑っている眼、眠たげな眼、夢見るような眼、思いに沈んだ眼。口の絵もある。微笑する口、にっこりしている口、とがった口、もの思わしげな口。鼻も、耳も、その組合わせもあった。

少年に惹かれていくスーの気持ちが伝わってきませんか。

自分を15歳に戻したい

「もし私が二十であなたが二十だったら……あなた二十になったら極めつきのスターになるわね、ジョン・リー」スーは突然笑い出し、また描きつづけた。「もし人間を若くしたり、年をとらせたりできるんなら、自分を十五にもどしたいな。五年もむだにしたくないもの」 

こんな言葉を口にしながら、心は30年前、スーが15歳の少女の時に魔法を試みたことを思い出しています。そして、スーはふたたび魔法の力を頼ることを決意します。 

引用はここまでにしておきます。

「十五歳のときの私を見てほしかった」ーーラストの走り書きの一節に、不覚にも落涙しました。

待ち望まれる復刊

作者のトム・リーミィは、1976年に「サンディエゴ・ライトフット・スー」がネビュラ賞を獲得した翌年の77年秋、タイプライターに原稿を執筆中に心臓発作で亡くなったそうです。「サンディエゴ・ライトフット・スー」に序文を寄せたハーラン・エリスンはこう書いています。 

「神よ、これは正しいことではなかった。あまりにひどかった!」 

なお、「恋愛小説の快楽」には(福武書店刊行予定)とあります。「恋愛小説の快楽」は1990年刊行の本なので、かれこれ35年近くたちますが、いまだ出版されていません。心から復刊が待ち望まれます。 

(しみずのぼる)