Netflixオリジナルドラマ「三体」をイッキ見しました

Netflixオリジナルドラマ「三体」をイッキ見しました

Netflixオリジナルドラマ「三体」(原題:3 Body Problem)をイッキ見しました。劉慈欣氏の原作「三体」3部作を、既読の人はもちろん未読の人でも、存分に物語世界に没入できるドラマだったと確信します。それにしても、あの「三体」の物語世界を、ここまで見事に映像化できるとは! シーズン2以降が待ち遠しいです(2024,3,24) 

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幸福な読書体験

「三体」については、わたしは「何も知らずに原作で読みたい:「ローズマリーの赤ちゃん」」という記事で、一度だけ言及したことがあります。 

むかし「本から読むか、映画から観るか」という宣伝文句がありましたが、わたしは圧倒的に「本から読む」派で、映画であらすじを知ることなく原作を読みたかった!と思っている小説があります。

という書き出しでアイラ・レヴィンの「ローズマリーの赤ちゃん」を取り上げた際、このように「三体」に触れました。

ちょっと脱線しますが、2019年に劉慈欣氏のSF小説「三体」(早川書房)が出版された時、新聞広告で面白そうと思って読んだのですが、これも先にいろんな情報が入っていたら絶対に楽しめなかっただろうと思います。第2部、第3部と出るたびに新刊を買い求め、ほんとうに幸せな読書体験でした。今では「三体」の帯には、何がテーマの小説かストレートに書かれてしまっています。これでは興ざめです。  

何も知らずに原作で読みたい:「ローズマリーの赤ちゃん」
「三体」
「三体II 黒暗森林」
「三体III 死神永生」

1作目の「三体」が出版されたのは2019年7月で、2作目「三体II 黒暗森林」上下2冊が2020年6月、3作目の「三体III 死神永生」上下2冊が2021年5月の発売です。 

2作目が出た時は、すぐに読みたい気持ちを抑えて1作目から再読し、3作目の時も「三体」と「三体II 黒暗森林」上下2冊を再読してから読むーーというふうに、大事に大事に読んだことを思い出します。 

いま思い返しても、こんなに幸福な読書体験はなかなかありません。 

ネタバレせずに紹介したい

ですから、「三体」を取り上げてよいものかどうか、本当は迷いました。 

でも、待ちに待ったNetflixオリジナルドラマのシーズン1、全8話が3月21日に配信され、多くのレビューが載っているのを見ると、ひょんなところから「何がテーマの小説か」を知ってしまう恐れもあります。 

正直に言えば、わたしのように、何も知らずに小説の「三体」を最初に手に取るのがいいに決まっているのです。 

それでも、「何がテーマの小説か」を書かないで、この「三体」の物語世界を紹介できないだろうか……と考えました。また、既読の人にもNetflixオリジナルドラマ「三体」を楽しんでもらえるような文章は書けないものだろうか……とも。 

Netflixオリジナルドラマ「三体」は配信されたばかりです。でも、きっと相当話題になるだろうと想像します。それほど凄い映像表現のドラマでした。 

であるなら、現在配信中の第1話「カウントダウン」の範疇で紹介したら、そこから先は小説を先に読もう…と思ってくれる人もいるかもしれません。 

既読の人にも「ああ、そういう構成なんだ! なるほど、うまく考えたもんだね」と思って、Netflixオリジナルドラマ「三体」にハマってもらえたら最高です。 

ネタバレもせず、小説やドラマの魅力を説明するのは至難の業ですが、何とか取り組んでみたい、それだけ価値のある小説でありドラマなのだ…と考えた次第です。前置きがとても長くなりました。お許しください。 

主人公は5人の友人たち

まず、Netflixオリジナルドラマ「三体」の公式サイトをごらんください。 

https://www.netflix.com/jp/title/81024821

7人の登場人物が写っていますが、右端と左端の2人を除く5人はオックスフォード大で物理学を学んだ友人たち、という設定です。公式サイトの説明文はこうなっています。 

才能豊かな5人の友が、天地を揺るがす恐るべき事実を発見。時空をまたぐ壮大なスケールで、科学の法則が解明され、人類存亡の危機が明らかになっていく。 

まず、この時点で原作を既読の人は???と思われるでしょう。

なぜなら、「三体」は3部作を通して主人公がバラバラだからです。そもそも、主たるストーリーが描かれる時代が異なり、人によっては同じ時間軸には存在していません。 

原作の主人公を説明すると、こうなります。 

  • 「三体」 汪淼(ワン・ミャオ):ナノマテリアル開発者 
  • 「三体II 黒暗森林」 羅輯(ルオ・ジー):もと天文学者。社会学の大学教授 
  • 「三体III 死神永生」 程心(チェン・シン):航空宇宙エンジニア/雲天明(ユン・ティエンミン):程心の大学時代の同級生 

「三体II 黒暗森林」の羅輯は「三体III 死神永生」にも登場しますが、「三体」の汪淼は2作目以降は出てきません。つまり主人公がバラバラなのです。 

でも、それではドラマにはなりにくいですよね。だから「才能豊かな5人の友」ということで、第2作・第3作の主人公もシーズン1から登場させているわけです。 

うまく考えたもんだな…と思うと同時に、シーズン2以降のことも考えれば、ある意味、当然の改変と言えます。 

原作が中国人のSF作家ですから、各巻の主人公が中国人となるのは当然ですが、Netflixオリジナルドラマ「三体」はオックスフォード大のあるイギリスで物語が進行します。このあたりは全世界に配信されるNetflixなりの改変かもしれません。 

文革の狂気が物語の起点

シーズン1の第1話「カウントダウン」は、このようなあらすじです。 

優秀な科学者の周辺で次々と不穏な出来事が起こり、落ち着かない日々を過ごす学生時代からの仲間たち。実はこの不可解な現象の起源は、文化大革命時代の中国にあった。 

ちなみに、原作「三体」のAmazonの説明文は次のような文章です。 

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは? 本書に始まる“三体”三部作は、本国版が合計2100万部、英訳版が100万部以上の売上を記録。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。 

よって、わたしが紹介するのは「文化大革命」「科学者の死」「カウントダウン」ーーこの3つに絞って、「三体」の物語世界の魅力を説明しようと思います。 

まず、文化大革命(文革)と聞いて、よくわからない人も増えたと思います。半世紀以上前の出来事ですから仕方ないかもしれませんが、70年代に多感な青春時代を過ごしたわたしとしては、 

文革ほど狂気に満ちた愚行は、それこそ中世の魔女狩りまで遡らなければ存在しないのではないか…… 

とまで思っています。 

にもかかわらず、当時は、日本でも多くの文化人、知識人、ジャーナリストが文革を礼讃したのです。 

わたしが文革に興味を持ったのは70年代(でも毛沢東はまだ存命)で、父親の本棚に会った本を読んでとても驚きました。

ある日本人ジャーナリストのルポルタージュは、赤い毛沢東語録を片手に「造反有理」(造反には理由がある)と叫ぶ少年少女たちー紅衛兵を「目が澄んでいる」と褒めそやし、「中国には乞食がいない」とまで書いてありました。知識人ほど”感染”した時流のファナティズム(狂信主義)だったのだろうと思います。 

それだけに、中国の作家がここまで赤裸々に文革の愚かさを正面から取り上げたことに驚きを禁じ得ませんでした。 

紅衛兵が知識人たちを次々に吊るし上げにしたくだりを原作から引用します(文中のマルカッコは訳者の注記) 

反動的学術権威には、他の牛鬼蛇神(妖怪変化。文革時、批判対象をこう呼んだ)と区別される独特の特徴がある。すなわち、批判されても、彼らの反応は往々にして高慢かつ頑固なのである。そのため、批判を受けた最初の段階で、彼らの死亡率はたちまちピークに達した。北京では四十日間に千七百名あまりの闘私批修会対象者が打ち殺され、さらに多くの者が、狂気に支配された批判を避ける近道としてみずから死を選んだ。老舎、呉晗、翦伯賛、傳雷、趙九章、葉以群、聞捷、張海黙ら(いずれも実在の知識人)、かつて尊敬されていた人々が、みずからの手でその生涯にピリオドを打った。 

このあと、反骨の理論物理学者が吊るし上げにあうシーンに移ります。 

「おまえは授業中にビッグバン理論を撒き散らした。それは、すべての科学理論のうちでもっとも反動的なものだ」男の紅衛兵のひとりが新たな罪状を持ち出した。 

(略) 

壇上の紅衛兵のひとりが先導して、またもスローガンを叫ぶ声が爆発した。 

「反動的学術権威、葉哲泰を打倒せよ!」 

「すべての反動的学術権威を打倒せよ!」 

「すべての反動的学説を打倒せよ!」 

シュプレヒコールが静まってから、少女は大声で言った。「神など存在しない。あらゆる宗教は、民衆の精神を麻痺させるために支配階級が捏造した道具なのだ!」 

「その考えは偏見にすぎない」葉哲泰が静かに言う。 

恥をかかされ、怒りに燃える若い紅衛兵は、この危険な敵に対して、言葉でなにを言っても無駄だと判断したらしく、ベルトを降りまわして葉哲泰に襲いかかり、残る三人の少女もすぐにそれにつづいた。 

少女らの暴行で打ち殺された葉哲泰の娘ーー葉文潔が、なぜ人類に絶望したのか。それが「三体」の描く物語世界のすべての起点にあります。 

しかし、作者は中国在住のSF作家です。「いまの中国では、文革批判は何のタブーでもないのだろうか」「愛国教育が過度に進んだ中国で、これは許されるのだろうか」といった無粋な感想も抱きましたが、人類への絶望という動機を描くなら、やはり文革の狂気以外ではしっくり来なかっただろうとも思います。 

Netflixオリジナルドラマ「三体」も同じように思ったのでしょう。文革のシーンは、かなり原作に忠実に描いています。 

科学者の自殺の動機

続いて「科学者の死」の部分です。これもドラマは忠実ですが、やはり小説のおもしろさを知ってほしくて、原作から引用します。登場するのは主人公の汪淼(ワン・ミャオ)です。 

汪淼も知る物理学者、楊冬(葉文潔の娘)が睡眠薬で自殺した際、次のような遺書を残していた。 

すべての証拠が示す結論はひとつ。これまでも、これからも、物理学は存在しない。この行動が無責任なのはわかっています。でも、ほかにどうしようもなかった。 

汪淼は楊冬が自殺した理由を聞こうと、楊冬の恋人だった物理学者の丁儀の自宅を訪ねた。

丁儀は部屋に備え付けのビリヤード台に近づき、黒球をポケットのすぐそば、10センチほどのところに置いて、汪淼に「黒球を入れられますか」と訊ねた。 

「こんなに近けりゃ、だれだって入る」 

その言葉通り、汪淼はキューで白球を軽く突き、黒球をポケットに落とした。丁儀は「台の場所を変えます」と言ってビリヤード台を動かし、またポケットのすぐそばに黒球を置き、「今度はいれられますか?」と訊ねた。 

「もちろん」と汪淼は応じ、ビリヤード台を移動させて黒球を入れる作業を5回繰り返し、これを「説明してください。物理学の用語を使って」と求めた。 

「つまり……五回の実験では、ふたつの球の質量は変化していない。置かれた位置も、ビリヤード台を基準座標系とした場合、もちろん変化していない。白球が黒球に衝突する速度ベクトルも基本的に変わりない。したがって、ふたつの球のあいだで交換される運動量にも変化はない。ゆえに、五回の実験すべてにおいて、黒球は同じようにポケットに落ちる」 

汪淼は丁儀にビリヤードによる”実験”の意図のただした。「きみがなにを言いたいのか、まだよく呑み込めないんだが」 

「違う実験結果を想像してみてください。一回目は白球が黒球をポケットに落とした。二回目は黒球が脇にそれた。三回目は黒球が天井まで飛び上がった。(略)もしそんなことが起こったら、どう思います?」 

 丁儀は汪淼を見つめた。長い沈黙のあと、汪淼が言った。 

「それが現実に起こったんだね。そうだろう?」 

丁儀は説明し始めた。世界中の高エネルギー粒子加速器で、粒子を衝突させるためのエネルギーの大きさを計測中、「同一の粒子、同一の衝突エネルギー、同一のパラメーターだったにもかかわらず、違う結果が出た」ことを。 

その意味するところを、汪淼「宇宙のどの場所においても適用できる物理法則が存在しないことを意味する。ということはつまり……物理学は存在しない」 と口にすると、丁儀はこう続けた。

「いまあなたが無意識に口にしたのは、遺書の前半部分です。『物理学は存在しない』。いまなら彼女のことが多少なりとも理解できるんじゃないですか」 

映り込むカウントダウン

3番目は「カウントダウン」です。ナノマテリアルの開発に従事する汪淼を襲うカウントダウンのくだりを紹介します。 

趣味でカメラをいじる汪淼は、モノクロフィルムの映り込む数字に気づいた。 

その一枚は、大きなショッピング・センターの脇の小さな草地で撮ったものだが、写真の真ん中に、小さな白いものが一列に並んでいる。よく見ると、それは数字の列だった。 

1200:00:00 

二枚目の写真にも数列がある。 

1199:49:33 

フィルムのどの写真にも、小さな数字の列がひとつずつある。 

写真の撮影時間を照らし合わせてみると、時間の感覚は一致していた。 

ということは、答えはひとつしかない。 

カウントダウンだ。 

汪淼はカメラを妻に渡して撮影したフィルムをみると、カウントダウンは映り込んでいない。汪淼が別のカメラで撮影すると、カウントダウンが映り込んでいた。 

そのうちに、カメラのフィルムだけでなく、汪淼の眼前に数列が出現した……。 

いかがですか。「三体」の物語世界の、ほんの入口を書いただけでも、おもしろそうじゃないですか? 

文革、科学者の死、カウントダウンーー。三題噺のような断片だけ紹介しましたが、次の予告編をみれば、まさに、これを入口に「三体」の物語が展開していくことがわかっていただけるでしょう。

『三体』ティーザー予告編 – Netflix

原作の汪淼に相当するのが、Netflixオリジナルドラマ「三体」の公式サイトに映る5人の友人の真ん中の女性オギー・サラザール(エイザ・ゴンザレス)です。 

そして、わたしが「三体」の中で最も好きな主人公、「三体II 黒暗森林」の羅輯(ルオ・ジー)に相当するのが右端の黒人男性ソール・デュランド(ジョヴァン・アデポ)。 「三体III 死神永生」の程心(チェン・シン)はオギーの右隣の女性ジン・チェン(ジェス・ホン)、雲天明(ユン・ティエンミン)が左端の白人男性ウィル・ダウニング(アレックス・シャープ)。 そして原作には登場しないオリジナルの役柄がオギーの左隣ジャック・ルーニー(ジョン・ブラッドリー)です。

シーズン1の最終話(第8話)まで見終えると、シーズン2はきっとソール中心にストーリーが展開して、シーズン3はジンとウィルの物語になっていくのだろう……そんな予想をしています。 

先々が楽しみなドラマですし、わたしはイッキ見し終えてから原作を読み直し始めました。

この間に「三体」は著者の劉慈欣氏による「三体0 球状閃電」、著者公認で宝樹氏が書いた「三体X 観想之宙」が出版されています。

「三体0 球状閃電」
「三体X 観想之宙」

どちらも未読なので、久々の再読を機に「三体0」と「三体X」も読もうと思っています。 

ひとりでも多く「三体」の世界にハマってもらえたらうれしいです。 

(しみずのぼる) 

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