核戦争後の”不思議な国のアリス”:ハーラン・エリスン「少年と犬」

核戦争後の”不思議な国のアリス”:ハーラン・エリスン「少年と犬」

きょう紹介するのは「少年と犬」です。「ああ、泣けるよね~」と思った方、それは馳星周氏の小説もしくは村上たかし氏の漫画を思い浮かべましたね? 紹介するのはハーラン・エリスンのSF短編、核戦争後の世界を描いた「少年と犬」です(2024.1.18)

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馳星周も村上たかしも名作だが

馳星周氏と村上たかし氏の「少年と犬」が傑作であることは疑いを容れません。馳氏の小説は直木賞受賞作ですし、わたしも泣きながら読みました(あらすじは、ユーチューブの文藝春秋公式チャンネルをごらんください) 

直木賞 受賞! 『少年と犬』馳星周
直木賞受賞作をコミカライズ!「少年と犬」6月28日発売

でも、馳氏の小説が出る以前は、「少年と犬」と言えば、ハーラン・エリスンだったのです。 

1960年代に一世を風靡したSF作家ですが、どうも忘れ去られた印象を抱くのはわたしだけでしょうか。 

「世界の中心で愛を叫んだけもの」と言ったら、 

「えっ? 『世界の中心で愛を叫ぶ』でしょう? 映画もドラマもよかったよね」 

「何言ってるの? 『新世紀エヴァンゲリオン』がオリジナルなんだよ! テレビ版の最終話のタイトルだよ」 

みたいな会話すら想像できてしまうほど、ハーラン・エリスンの名前は忘れ去られている気がします。以前の記事で書いたように、SF界の賞を総なめにした作家だというのに。 

カルト映画が昨年公開

そう思って「少年と犬」が収められている「世界の中心で愛を叫んだけもの」(ハヤカワ文庫SF)を読み直していたら、なんと「少年と犬」にこんなくだりが出てきました。3本立ての映画を観るシーンです。 

きょうは三本立て。そのうちいちばん古いのは『暴力の罠』で、主演デニス・オキーフ、クレア・トレヴァー、レイモンド・バー、マーシャ・ハント。一九四八年製作だから、今から七十六年も前だ。 

あれ? ということは、1948+76だから2024年じゃないか! 「少年と犬」が描いた核戦争後の世界は2024年なのか!!  と気づいたのです。 

ところが、誰もが2024年の符合に気づくのでしょうね。 カルト映画と言われた映画版「少年と犬」(1975年製作)が、昨年5月に日本で劇場公開されていたのです。 

映画『少年と犬』公式HP

ユーチューブに予告編までありました。 

映画『少年と犬』予告編

同じ2024年だから「これはかなり高い確率で目にする未来」というのは、ちょっと盛り過ぎのような気がします。 

でも、ハーラン・エリスンがこの小説を書いた1968~69年頃と言えば、米ソ冷戦のただ中です。

加えて中国で文化大革命(1966~69年)が吹き荒れ、中ソの軍事衝突(1969年)まで起きました。いつ第三次世界大戦が起きてもおかしくなかったし、核戦争の危機と隣り合わせだった時代ですから、ハーラン・エリスンの想像力が書き立てられたのは想像に難くありません。 

かなり高い確率で目にするかどうかともかく、2024年を描いたSFですし、多くの人にハーラン・エリスンを知ってもらう機会になればいいなと思い、「少年と犬」を紹介することにした次第です。 

テレパシー能力を持つ

映画版のユーチューブ動画にある通り、この未来では犬がしゃべる(テレパシーで意思を伝える)能力を持っています。 

今より五十年以上も前、第三次世界大戦がまだ完全には始まっていないころ、ロサンジェルスのセリートスに、ビュージングという男がいた。その男は、警備、偵察、攻撃に役立つ犬を育てていた。 

ロサンゼルス警察の麻薬犬にイルカから抽出した髄液を注射し、改造手術や移植を行った結果、 

テレパシーで感覚的印象を伝えることができた。異種交配と実験のくりかえしによって、最初の斥候犬が生まれた。その直後に、第三次世界大戦がおこった。斥候犬のテレパシーがとどく範囲はせまかったけれども、調教がかんたんで、人間の指導員と組むと、ガソリン、軍隊、毒ガス、放射能の探知にたいへんな能力を発揮した。 

中流層が住む地下の町

核戦争の結果、地上は荒廃し、中流階級層は地下に移った。 

主人公のヴィクが地下から来た少女クィラから聞き出した地下の町は次のようなものだった。 

そこに住みついたのはおカタいなかでも最悪の連中だった。南部バプテスト、正統派キリスト教信者、政府の犬、自然のくらしなんか全然する気のない本物のミドルクラスのおカタい連中。そういうのが、みんな寄り集まって、百五十年も昔にもどったような生活をはじめたのだった。生き残った最後の科学者たちを使って、そういう町でのくらしかたを発明させ、できあがると追いだしてしまった。連中は進歩をきらい、意見のぶつかりあいをきらい、新しい波をおこすようなことはなんでもきらった。そういうものにさんざんな目にあわされていたからだ。世界がいちばん平和だったのは第一次大戦のすぐ前のころだから、その状況をずっとたもつことができれば、しずかな暮らしができ、生きのこれると考えたのだ。くそったれ! そんなとこにいつまでもいりゃ、気が狂っちゃうぜ。 

少年ヴィクは荒廃した地上で、斥候犬の末裔のブラッドと相棒を組み、集団化した愚連隊に属さずにソロとして活動していた。ヴィクは女を求め、ブラッドは食糧を求めてーー。 

そんな中、映画館に男装して紛れた少女がいることをブラッドが突き止め、ヴィクは少女の後をつけた。 

まともなのは、みんなミドルクラス連中といっしょに下におりてしまった。 
(略) 
だけど、ときどきぐれん隊仲間の共有にあきて逃げ出したのや、下をおそったぐれん隊にさらわれてきたのに、ひょっとぶつかることがある。それからーーそう、今みたいにーー下でくらしたスケが助平根性をおこして、ポルノを一度見てやろうとあがってくることもある。 

ようやく抱けるんだ。ちくしょう、待ちきれねえや!

少女の後をつけて廃墟ビルに入ったものの、同じように少女の存在に気づいた愚連隊に包囲されてしまった。ヴィクは銃撃戦でいったん撃退した後、クィンと名乗る少女と籠城し、同時にセックス三昧となった。 

「愛って何か知ってる?」 

何回やったかわからない。すこしすると、むこうからいいだすようになったが、おれもべつにいやだとはいわなかった。 
(略) 
「おまえよう、どっかおかしいんじゃないのか? おれはおまえをつかまえて、いいなりにしちゃったんだぜ。五回も六回も強姦したんだ。そんなおれのどこがいいんだよう、え? おまえ、脳みそちゃんとあるのか、見たこともない野郎が……」 

クィラ・ジョーンズは笑ってる。「そんなこと全然。あたしだってやってるとき楽しかったもの。もう一回どう?」

そのうちにクィラは「愛」を話題にしだした。 

「あなたは恋愛したことある?」 
「なんだって?」 
「恋愛。あなたは今までだれか女の子を愛したことある?」 
「そうだな、なかったな、そんなことは絶対!」 
「愛って何か知ってる?」 
「うん。知ってるだろ」 
「でも、一度も人を愛したことなければ……?」 
「バカだな。つまりだぜ、おれはまだ頭に鉛玉ぶちこまれたことはないけど、そんなのいやなことぐらいわかるじゃないか」 
「あなたは愛というものを知らないんだわ、きっとそう」

そんな状態に嚙みついたのが犬のブラッドだった。「あのスケといっしょにいるときっとヤバいことになるぜ」 

ところが、クィラはヴィクとブラッドの隙を着いて地下の町に戻ってしまった。激昂するヴィクは、ブラッドが「殺されるぞ」と制止するのも聞かず、クィラを追って地下の世界に向かうーー。 

ラストの1行が秀逸

先に紹介したユーチューブ動画をみてもわかるとおり、「少年と犬」は核戦争で生まれた”不思議の国”に迷い込むアリス…みたいな展開になるのですが、これ以上はネタバレになるので、紹介はここでとめておきます。 

ハーラン・エリスンはきっとラストの一行が書きたくて執筆したのでは?と思うほど、「少年と犬」はラストが秀逸です。 

ぜひ「世界の中心で愛を叫んだけもの」(ハヤカワ文庫SF)を買い求め、ご自身の目で確認してください。 

(しみずのぼる) 

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