薄味でほっこりあたたか:水凪トリ「しあわせは食べて寝て待て」

薄味でほっこりあたたか:水凪トリ「しあわせは食べて寝て待て」

きょう紹介するのは水凪トリさんの「しあわせは食べて寝て待て」(秋田書店)です。新刊を心待ちにしている漫画のひとつで、今月は4巻が発売されたばかり。まだ連載中の漫画ではありますが、その魅力について取り上げたいと思います(2023.9.20)

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頭痛に大根の輪切り

主人公の麦巻さとこは、免疫系の病気を発症して以前の職場を辞め、週4回パートの事務仕事で働く38歳独身女性。パートの給料ではマンションの賃料も負担となるため、築45年、家賃5万円の団地に引っ越すことに。引っ越しを決めたきっかけが、大家との運命的な出会いだった。 

不動産屋の案内で団地の内覧をしていたところ、さとこがこめかみをぐりぐりさせながら「ふーーむ」と言うと、不動産屋が「ピンときませんか? では次のお部屋に…」と言うのにかぶせて、 

違うわよ。こちらは頭がお痛いの 

相変わらず鈍感ねえ 

と言って登場する大家の鈴(すず)さん、92歳。「頭痛に効くやつ持ってきましょうか」と言うや、部屋から持ってきてさとこに渡したのは大根の輪切り。 

かじりながら大根の辛みを 

スーハスーハって鼻に通すの 

大根は喉の炎症を和らげるから 

鼻のあたりにも効くのよね 

そうすると頭痛いの治るから 

私いつもそうしてるから 

騙された気分でいたさとこだったが、内覧を終えて帰るころ、

あれっ 頭痛 治ってるんですけど 

風邪に肉団子のスープ

日を改めて今度は自分で団地を訪ねると、ふたたび鈴さんに出くわす。 

よかったらスープ召し上がる? 

今夜のおかずスープなの 

風邪にいいのよーー 

鈴さんの部屋に案内されると、料理をしていたのは若い男性ーー司(つかさ)、ニート。薬膳にくわしいーーだった。 

さとこは司がつくった肉団子のスープに癒される。 

んー この鶏団子 

しっかり味がついていて美味しいやん 

しめじの出汁と野菜の甘味で 

スープが美味しくなってるう 

スープがまったりとしていて温まるなー 

スープを作った司の解説ーー。 

鶏肉は消化吸収が良いから 

胃腸に負担がかからないし 

しょうがが体を温めるから 

ゾクゾク風邪にいいんだよ 

しめじは体に免疫力をつけて 

キャベツがまた胃腸にいい食材らしいんだよ 

今回は仕上げにレンコンを擦って入れてみたんだ 

喉にいいっていうでしょ 

鈴さんと司との出会い、薬膳との出会いから、さとこは団地への引っ越しを決めた……。 

著者も難病を患う 

わたしが「しあわせは食べて寝て待て」を読むようになったきっかけは、雑誌(確か「日経ウーマン」)で著者の水凪トリさんご自身が「シェーグレン症候群」(*)という免疫系の指定難病を患い、病気と付き合いながらの日々や食生活を題材にした漫画を出版社に持ち込んだところ連載が決まって……と書いているのを読んだことでした。 

(*)シェーグレン症候群:涙腺、唾液腺をはじめとする全身の外分泌腺に慢性的に炎症が起こり、外分泌腺が破壊されてドライアイやドライマウスなどの乾燥症状が出現する病気。本来、細菌やウイルスなどの外敵から身を守るための免疫系が自分自身を誤って攻撃する、自己免疫という現象が重要な原因のひとつと考えられている。 

1巻のあとがきに水凪トリさんはこう書いています。

さとこが大根を食べて頭痛が治るというエピソードがあります。それは私が体験したことで私はそのときから薬膳の効果を信じるようになりました。 

(略) 

その他とうもろこしを毎日食べて汗が出るように…というのも実体験からです。薬膳の効果はこんなふうに自分で実験してみるのも面白い。そう…趣味として…。

私には さとこ同様持病があって 体調を整えるために意識しはじめた薬膳ですが そのくらいの温度で実践していけば長続きするのではないかと思っています。

鈴さんや司以外にも、さとこの職場の人たちーーデザイン事務所の所長の唐(から)さん、同僚のマシコくん、巴沢さん、よく出入りする雑誌社の青葉さんも、それぞれ味わいがあって、読んでいて気持ちがなごんできます。 

その場面ひとつひとつに食が絡むところが、ことわざの「果報は寝て待て」のあいだに「食べて」が入るこの漫画のオリジナリティでしょう。

私は今お粥がいい

たとえば、以前の職場の先輩からランチに誘われ、「仕事に復帰しない?」と持ち掛けられるさとこ。しかし、昼が重たい食事だったので、夕飯にお粥を作る。そして、さとこは鈴さんや司、職場の同僚たちを頭に思い浮かべながら気づく。 

そうだ 私は今 

お粥がいいんだ 

薄味で ゆるくて 

ほっこり あたたかで 

あの人たちに囲まれているから 

私は生きていけている 

できない自分を受け止める

もうひとつ紹介しましょう。

青葉さんがさとこを誘ってとろろ定食を食べる場面で、青葉さんがこんなことを口にする。 

こどもの頃手伝わされなかった? 

母親が皮をむいた山芋を 

父親がおろし金ですって 

その後はこどもたちが 

タレと一緒にすり鉢でゴリゴリと… 

私 会社で嫌なことがあると 

これが食べたくなるんだよね 

この場面で青葉さんが口にする「ネガティブ・ケイパビリティ」は、この漫画を貫く大切なキーワードです。 

40を超えて先が見えてきた人間には 

できない自分を受け止める能力の方が必要な気がするわ 

青葉さんの言葉にさとこが言葉をかぶせます。 

そんな考え方があると救われます 

社会って生産性や向上心があってこそ 

認められる場所だから 

私みたいに頑張れない人間は 

何かいつも気後れしてしまって…

この漫画に登場する人たちがネガティブ・ケイパビリティを大切にしているところが、この漫画の魅力なのでしょう。 

(しみずのぼる) 

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