今年のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」も残すところあと1話。写楽の謎や幕府最大の実力者・一橋治済への仇討ちなど、史実と異なる描写への批評もありますが、最高におもしろい「夢噺」と受け止めています。さて、そのノベライズがあるのはご存じでしょうか?(2025.12.12)
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「写楽工房」説を採用
最初に過去3回放送分の盛り上がりを振り返ります。
第45話「その名は写楽」と第46話「曾我祭の変」では、「べらぼう」の主人公・蔦屋重三郎がプロデュースした謎の絵師・東洲斎写楽は、喜多川歌麿をはじめとする蔦屋耕書堂に集う絵師たちの合作ーーいわゆる「写楽工房」説を採用しました。
写楽の謎については、谷津矢車氏の小説「憧れ写楽」(文芸春秋)を取り上げた時に触れていますが、様々ある仮設のひとつに、確かに「写楽工房」説はあります。
ただ、今では阿波徳島藩主蜂須賀家お抱えの能役者斎藤十郎兵衛とする説が有力で、矢野隆氏の「とんちき 蔦重青春譜」(新潮文庫)は「写楽=斎藤十郎兵衛」でストーリーを展開していました。
斎藤十郎兵衛説が有力となった現在、「写楽工房」説でよいのか?という指摘があるのも確か。徳島新聞がコラムで「異議あり」とかみついた…という記事もありました。
最終回(12月14日)の放送を残すのみとなった今年のNHK大河ドラマ『べらぼう 蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)』には、黙っていられない。役者の大首絵で知られる浮世絵師・東洲斎写楽と、その正体とされる徳島藩お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛の描かれ方に、「異議あり」―。
こうした思いをぶつけたのが、10日付の徳島新聞1面コラム「鳴潮」だ。〈写楽は、版元・蔦屋重三郎周辺の絵師らによる〝合作〟。十郎兵衛に至っては、将軍の父・一橋治済とうり二つの男として登場し、一橋公が阿波の孤島に流された後の替え玉を務める。史実を無視し、釈然としない〉と断じた。
徳島新聞デジタル版 – 『べらぼう』写楽に、徳島新聞コラムが「しゃらくさい」
一橋治済への仇討ち
「写楽工房」説以上に話題を呼んだのが、第44話「空飛ぶ源内」から第47話「饅頭こわい」までの一橋治済への仇討ち話です。
徳川家斉の実父で、田沼意次や松平定信の失脚を主導し、邪魔になる者を次々と毒殺する”怪物”として描かれる一橋治済については、実際のところはよくわかっていない…というのが正直なところです(これも以前に記事にしています)
ところが「べらぼう」では、蔦屋重三郎の発案から徳川家斉も巻き込んであだなす計画が組み立てられ、その計画が成就する…というストーリーに。
ドラマだからここまで振り切れてもいいか…と思いますし、いくら史実が大事でも悪がのさばるストーリーでも困ります。そもそもサブタイトルが「夢噺」なんですから、そこは多めにみておきましょう。
11月末に最終巻が届く
このように第44話「空飛ぶ源内」あたりから、一橋治済への仇討ち話はどう展開するんだ???と俄然興味が増したあたりで、予約注文していたノベライズ(森下佳子・作 豊田美加・ノベライズ、NHK出版刊)の最終巻が届いたのです。

届いた日は11月27日。第45話「その名は写楽」(11月23日放送)の直後のことでした。
目次をみたら、放送したばかりの「その名は写楽」のあと、「曾我祭の変」「饅頭こわい」、そして12月14日放送の最終回「蔦重栄華乃夢噺」まで載っているではありませんか!

え、これは??? 最終巻だから当たり前だけど、写楽の謎も治済への仇討ちの結末も書いてある…わけだよね???
届いてからの2週間あまり、何度本に手を伸ばしかけたことか…。仇討ちの結末が「饅頭こわい」でついたのを確認して、ようやくおさらいをかねて「空飛ぶ源内」からの数章を読みました(もちろん最終話は読んでません。ドラマを見るまでお預けです)
読んで思ったのは、ドラマではいま一つわからなかった部分も、文字で書いてあるので理解が進む点です。
例えば「饅頭こわい」で、仇討ちが成就して松平定信が蔦屋耕書堂を訪れる場面です。ここは定信演じる井上祐貴さんと蔦重演じる横浜流星さんの情感こもる名場面として記事にもなっています。
12月7日放送の第47回「饅頭こわい」では、国元に帰る前に耕書堂に立ち寄った定信(井上祐貴さん)と蔦重(横浜さん)の二人きりの対話が、視聴者の間で話題となった。
定信は、恋川春町(岡山天音さん)が自分にとっての“神”だといい、耕書堂のことを「神々の集う神殿(やしろ)であった」と表現。だからこそ、春町を死に追いやったことは、自身の政の唯一の不覚だったと後悔を滲ませた。蔦重もまた、春町の死にいまも責任を感じていて、「写楽」を仕掛けたのは「春町先生の供養のためだった」と告白。二人は、亡き春町に想いを馳(は)せつつ、別れを惜しんだ。
MANTAN WEB – べらぼう:作者を“神”と呼ぶ定信が口にした「唯一の不覚」 蔦重と思いが共鳴した瞬間 “聖地で大人買い”は可愛すぎ? 心地よい余韻残す
この場面で定信が不思議な言葉を発します。
いキちキどコきキてケみキたカかカッたカのコだカ
重三郎が「は?」と怪訝な顔をのぞかせると定信はもう一度言い、ドラマでは字幕でカタカナ部分を除いて「いちどきてみたかったのだ」となるーーという場面です。
ノベライズではこう書いてあります。
定信がもう一度、早口で言う。今度は蔦重もピンときた。恋川春町の『金々先生栄花夢』にも出てきた、色里で生まれた言葉遊びで、言葉のあいだにカキクケコの五音を挟んで話す挟み言葉、つまり、「一度来てみたかったのだ」ーー。
「『金々先生』よりこちら黄表紙はもれなく読んでおる。春町は我が神、蔦屋耕書堂は神々の集う神殿であった!」
蔦重は息が止まるほど驚いた。
「あの事は我が政、唯一の不覚である。上がった凧を許し、笑うことができればすべてが違った」
定信が本心から悔いていることが、蔦重にも伝わってきた。
「……写楽ってなぁ、私としては春町先生への供養のつもりで取り組んだのでございますよ。先生をそそのかし、でっかい凧を上げさせたのは私にございますんで」
春町も意次もあの世からこの騒動を見物して、きっと笑って許してくれたことだろう。
「ご一緒できてよろしうございました」
蔦重もまた、定信に心から頭を下げた。
江戸時代の文化にうといわたしとしては、色里で生まれた言葉遊びなぞ知らず、それが黄表紙のはじまりとされる恋川春町『金々先生栄花夢』にも出てきた、というのはノベライズを読むまで知りませんでした。
今週の最終回「蔦重栄華乃夢噺」を観終えたら、ノベライズの第1巻から読み始めようと思っています。

(しみずのぼる)
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