NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」は、江戸中期に出版業で活躍した横浜流星さん演じる蔦屋重三郎が主人公ですが、この時代を扱う以上、避けて通れないのが江戸幕府内の権力闘争。19日放送回(第3回「千客万来『一目千本』」)のラストシーンから、当時の実力者・一橋治済(はるさだ)の描かれ方が話題になっています(2025.1.25)
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ラスト1分の暗殺シーン
最初にデイリースポーツ紙のウェブサイトに載った記事(「最後、殺されたの誰!?」大河「べらぼう」ラスト1分戦慄)を紹介しましょう。
ラスト1分で幕府パートが急転。後に11代将軍の実父として絶大権勢を誇ることになる一橋治済(生田斗真)が、暗い屋敷で人形を操るも糸が切れ…。
別の屋敷では、何者かが出て行った寝所で、要人が亡くなっており、胸をかきむしった跡が残っていた。
治済が暗殺に動いたことが示唆され、亡くなったのはライバル関係にある御三卿田安家当主、治察(入江甚儀)のように見えたが…。
ネットでは「最後毒殺されたの、誰?」「え!?殺された!?誰!!?!」「治済が黒幕なのは分かったけど」「し、死んでる…」と騒然となった。
「最後、殺されたの誰!?」大河「べらぼう」ラスト1分戦慄
そのうえで上記記事は、NHKが2023年にドラマ化した「大奥」との関連を指摘しています。
「大奥」では、一橋治済を仲間由紀恵が演じ、毒殺カステラに震撼。
「毒殺?怖いよ一橋」「治済、無事大河でも毒殺敢行」「こっちでも毒殺祭り開始かな」「やっぱり毒殺魔なんか」「あ、生田斗真が仲間由紀恵か。そりゃ恐ろしいはずだ」「お前まさか毒カステラを!?」と大奥ファンが盛り上がっている。
「最後、殺されたの誰!?」大河「べらぼう」ラスト1分戦慄

ということで、「大奥」で仲間由紀恵さんが演じ、「べらぼう」で生田斗真さんが演じる一橋治済に注目が集まっています。
黒幕として語られることが多いが…
ウィキペディアの「徳川治済」の項から要約すると、
御三卿の一つである一橋家第2代当主。江戸幕府第8代将軍徳川吉宗の孫。第11代将軍徳川家斉の実父として権勢を誇り、幕政に隠然たる影響力を持った。
治済は松平定信ら反・田沼派の黒幕として運動し、天明6年(1786年)、将軍家治が亡くなり、家斉が11代将軍に就任すると、意次の罷免、田沼派の一掃を行わせた。
天明8年(1788年)に家斉は治済を「大御所」待遇にしようと幕閣に持ちかけるが、当時朝廷で光格天皇が実父・典仁親王に太上天皇の尊号を贈ろうとしてこれに反対した老中の松平定信と対立する尊号一件が発生していた。その結果、治済の大御所待遇もできなくなり、治済・家斉父子の怒りを買った定信は失脚した。
以前にNHKドラマの原作であるよしながふみさんの漫画「大奥」を紹介した記事で、堀口茉純さんの「TOKUGAWA15 徳川将軍15人の歴史がDEEPにわかる本」(草思社)から一橋治済の暗躍ぶりがわかる記述を紹介しているので、再掲しましょう。
御三卿・一橋家2代目当主治済の嫡男として生まれた豊千代。父・治済はあらゆる人脈を駆使し、豊千代を将軍世子につけるべく暗躍した。まず取りかかったのがライバルとなる田安家の追い落としである。
(略)
11代将軍第1候補は、現将軍・家治の嫡男家基である。しかし、家基が突然死したときなど不慮の事故を考えて、第2候補を選出する必要があった。このとき名前が挙がったのが田安定信。家督を継いでいた兄・治察は病弱で子がなかったため、健康で聡明な弟の定信がいずれは田安家を相続することがほぼ確実であり、第2候補としては申し分がなかった。年齢的にも16歳の定信が2歳の豊千代より断然優位だったのである。ところが……、ある日突然、定信は将軍・家治の命で白川藩松平家の養子に出されてしまうのである。父・治済が暗躍し、田沼意次や大奥の人脈を駆使して家治を動かしたのであった。田安家としては、後継者を奪われる形となり、絶縁は免れたものの、治察の病死後は明屋形(当主不在。女ばかりの事実上の空屋敷)となってしまった。
繰り上がって豊千代が第2候補になると、あら不思議。タイミングよく家基が突然死する。ここにも父・治済の暗躍の気配。こうしてあれよあれよという間に豊千代が将軍世子の座に座らされたのであった。治済恐るべし。
江戸時代を生き生きと学ぶなら必読…よしながふみ「大奥」

実態「つかめていない」が実情
ただ、実際のところ、どうだったのか。それは資料が少なく定かではないようです。
別冊太陽のムック「よしながふみ『大奥』を旅する」(平凡社)に「”怪物”治済、その真実の姿」という記事が載っています(筆者は、すみだ北斎美術館学芸員の竹村誠氏)
家斉が治済を「大御所」として西之丸に迎えようと提案したところ定信に反対され、家斉は怒り斬りつけようとしたが、御川御用取次の平岡頼長が「将軍が御刀を賜っているので早く頂戴せよ」と定信に言い、その場を取りなしたというエピソードが『続徳川実記』に記される。『大奥』では治済が大御所になりたいと直に定信に言い、反対した定信が罷免されるシーンがあるが、この話を基にしたと思われる。
その後の将軍実父としての治済の動きはわかっていないが…(中略)文化文政期に奢侈な生活を送った代表者とされる。一方、治済は御三卿として儀式などで出費の多い一橋家内の改革を行っており、実態はまだまだつかめていない。
と書いてあります。
別冊太陽のムックには「江戸時代の「毒殺」と御家騒動」という記事(筆者は、東北大学北東アジア研究センター上廣歴史資料科学研究部門助教の野本禎司氏)も載っていますが、将軍付き女中が実家に記した手紙を引用しながら「(13代将軍)家定の毒殺が大奥で噂されたことも事実である」と指摘するものの、一橋治済が次々と毒殺を実行したことへの言及はありません。
やはり「実態はまだまだつかめていない」というのが、実際のところなのでしょう。

サイコパスとして描いた
「大奥」の原作者であるよしながふみさんは、一橋治済の描き方について、このムック所収のロングインタビューで次のように話しています。
池波正太郎の時代小説『剣客商売』が好きで…(中略)『剣客商売』で、田沼と松平定信が対立するんですけど、定信の黒幕が治済なんですね。
治済はほとんど史料がなかったこともあり、「何の志もない、ただただ恐ろしい人」にしてみました。退屈だから人を殺しちゃう、そこには理屈がないんです。
ーー何の躊躇もなく人を次々と殺してしまいますね。第11巻の帯は「怪物、徳川治済」。『大奥』史上最高の悪役です。
私、犯罪の話が好きなんです。(中略)特に興味深いのが「サイコパス」。残虐な殺人事件を平然と起こす人たち。共感性が薄いから平気で嘘がつけるんです。でも、その分、楽しいことも少なくて、物を読んでも感動することもないし、心を動かされることもない。
第11巻では、カステラに毒をもって自分の孫を殺すシーンが出てきますが、このあたりはよしながさんが「サイコパス」として創造した治済像なんだろうな…と、よしながさんの独創性に着目して読んだり観たりするとよさそうです。

「べらぼう」で生田斗真さん演じる一橋治済はどんなふうに描かれるでしょうか。
「べらぼう」の脚本家は森下佳子さん。NHK版「大奥」の脚本を務めた方です。 冒頭のデイリースポーツの記事にあるとおり、
「こっちでも毒殺祭り開始かな」
そんな予感もしますが、何はともあれ「べらぼう」はまだ始まったばかり。先走らずに毎週日曜夜を楽しみましょう。
(しみずのぼる)
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