2年ぶりの横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作である綿原芹氏の「うたかたの娘」(KADOKAWA刊)を読みました。ジャンルは当然ホラーミステリーですが、ルッキズムが重要なテーマとなっており、深く考えさせられる不思議な読後感でした(2025.10.3)
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2年ぶりの〈大賞〉受賞作
横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作は、前年の第44回が該当作なしのため、第43回の北沢陶氏「をんごく」以来2年ぶりとなります。

「をんごく」はすごくよかったからなあ。さっそく読んでみよう…
そう思って、大賞受賞作であるということと、人魚をめぐるホラーらしい…という情報だけで購入(電子書籍)、一気に読了しました。
各話の語り手が異なる物語
あらすじを紹介します。
道に佇む不気味な人物をきっかけにしてナンパに成功した「僕」。相手の女性と雑談をするうちに故郷の話になる。そこは若狭のとある港町で、奇妙な人魚伝説があるのだ。そのまま「僕」は高校時代を思い出し、並外れた美しさで目立っていた水嶋という女子生徒のことを語る。彼女はある日、秘密を「僕」に明かした。「私、人魚かもしれん」幼い頃に〈何か〉の血を飲んだことで、大病が治り、さらには顔の造りが美しく変化したのだと――。
これは第1話「あぶくの娘」のあらすじで、続く「にんぎょにんぎょう」「へしむれる」「鏡の穴」のことはまったく触れていません。
著者の綿原芹さんと選考委員の綾辻行人氏の対談を読むと、綾辻氏が「オムニバス形式の作品」と知らずに読んだのがよかった、という趣旨のことを話しています。
綾辻:選考のために応募原稿を読むときは僕、先に梗概を読まないようにしています。だから『うたかたの娘』も、一話目を読み終えた時点でやっとオムニバス形式の作品だと気づいたわけですが、これは幸運な読み方だった気がします。
カドブン – 【対談】第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作 『うたかたの娘』刊行直前特別対談 綿原 芹×綾辻行人
一話目も二話目も、わりと軽い読み味でありつつもしっかりと“怖さ”があって、ひねりも効いていて面白い。悪くないなあと感じながら読み進めたところが、三話目に入ってのあの、壮絶で異様な展開。思わずページをめくる手に力が入りました。
実はわたしもまったく同じで、第2話の「にんぎょにんぎょう」で「あれ?連作短編集なの?」と戸惑いましたが、1話から4話まで登場人物は重なっていて、1話目の「僕」の高校時代の登場人物が3話目に出てきたりします。ですから、連作短編集というよりも、各話の語り手が異なるひとつの物語と表現するほうが適切かもしれません。
薄紅の人魚伝説
あらすじに出てくる「並外れた美しさで目立っていた水嶋という女子生徒」が語る人魚伝説を紹介しましょう。
昔々、海辺の村に薄紅という女がいた。
なんでも大層美しい女だったそうで、薄紅をひと目見た男は全員恋に落ちた。
しかしそれだけの美人だから、当然嫉妬も買う。ある日村で一番醜い容貌をした女が錯乱して薄紅の首を斧で切り落とし、鍋にして食ってしまった。
するとあろうことか、その日から醜女の顔が変わり始めた。みるみるうちに別人のように美しくなっていく。しかし女が喜んだのも束の間、今度は体中が鱗で覆われていき、その美しい顔を残してとうとう下半身が魚になってしまった。
この人魚伝説を語る水嶋自身、病弱だった幼い頃に祖父と父から血のような飲み物を飲まされた。その日を境に、「すごく綺麗な子やった」ユミコちゃんという住み込みのお手伝いがいなくなった。
家政婦のユミコちゃんはどこへ行ったのか。トマトジュースに混じっていたのは、一体何だったのか。
人間が人間を食べるという禁忌を犯せば、人魚になる。
おとんとじいちゃんは、不老不死というその罰を逆手に取ったのではないか。「それからしばらくして、目も二重瞼になったん。わたし、子どもの頃は一重やったの」
「鼻ももっと丸い感じやったんやけど、なんか高くなってきて」
水嶋の告白を聞いた「僕」は思わず「水嶋さんって人魚なん」と訊ねると、水嶋は「かも、しれんね」と返した。そして、こうつぶやいた。
「美人、ってなんだろうね。綺麗な顔なんて、人を殺してまで手に入れるほどの価値があるもんなんやろか。結構、この顔のせいでいやな思いもしてきたんよ」
パワハラに悩む女性
美醜の話題は、第2話「にんぎょにんぎょう」でより濃密になってきます。
第2話の語り手ーー藤野依里は、勤務先の損保会社で経理から営業に異動させられ、飯田課長のパワハラモラハラに悩まされる30過ぎの女性です。
「あのさあ、せめてシャキッとしろよ。お前がそうやって暗い顔でぶー垂れてるのを見ると、こっちも気が滅入ってくるんだよ。不貞腐れてる場合じゃねえだろうが。仕事できねえならさあ、せめて愛想良くするとかさあ。自分に何ができるのか、もっと真摯に考えたらどうなんだよ。お前、その意識の低さとか怠け根性とかが全部顔に出てんだよ」
そんな劣悪な職場にひとりの派遣社員が配属された。驚くほど美しい女性だった。
美人の国を作りたい
その派遣社員ーー茗荷谷夕海子(ゆみこ)がなぜか藤野に頻繁に接触してきた。そして藤野に「わたしの血を飲みませんか」とささやいた。
「わたしは美人の国を作りたいんです。美人しかいない国では、美しい顔面に価値は無くなります。見た目のせいでいやな思いをすることも無くなります。そのときに本当のそのひとの価値が浮き彫りになると思いませんか。まあ途方もなく未来の話になると思いますけど。藤野さん、あなたもその一員に加わって欲しいんです」
藤野は「もともと容姿に囚われていない」人間のはずだった。
美しいものに過剰に焦がれたりしないし、ありのまま生きられたらそれが一番いいと思っている。思っているのに、世間がそうさせない。
飯田のように、人間的な魅力の無さが顔に出ていると言う人間だけではない。SNSを覗くと、病的に見た目に執着し、いかに自分を可愛く見せるかに命を懸け、外見に無頓着な他人を攻撃するアカウントがたくさんある。何千万もかけて整形した人間を揶揄する人間、「すごい、頑張った」と褒め称える人間。それは本当にすごいのか。不細工な女が現状を打破するには美人になるしかないという思考を押し付けてくる。
顔のせいではない
ありのままを世間が許さないーー。そんなルッキズムを”拡大再生産”させる男の愚劣さは当然言及されます(ちなみに男性の登場人物はおしなべてクズ野郎ばかり…)
しかし、男の愚かさに勝るとも劣らず、美醜にこだわる女性自身の愚かさが描かれています。第2話は、夕海子の誘いを受け入れた藤野のモノローグで終わります。
「顔に出てるんですよ。藤野さんは。底の浅さとか、人間力の低さとか、そういうものが」
飯田と同じようなことを、(後任の課長は)より嫌味な口調で言う。
鏡を見ると、わたしの顔は前よりほんの少し鼻が高くなって、二重の幅が整ってきたように思える。これから茗荷谷のような美女になっていくのだろうか。それでもまだ、同じことを言われ続けるのだろうか。
一体わたしは何を考えていたのだろう。わたしが仕事ができないのは顔のせいではない。そんなこと分かっていたはずじゃないか。顔というフィルターを取り払った美人の国に行ったのなら、わたしはきっとますます馬鹿にされ、虐げられるんじゃないだろうか。
「へしむれる」とは
第3話「へしむれる」は、美醜にこだわるあまり殺人に走る女性を恋人に持つ男が語り手です。
「杏、落ち着いて。なんでこんなことになってもうたん」
杏が目を見開いて、信じられないというように僕を見つめた。
「こんなことに、って、何。うちが悪いってこと? うち悪くないよ。悪くない。悪くない。悪くない」
「うん。分かっとるから落ち着いて」
もちろん何も分かってなどいないのだが。想像はつく。杏は病的に嫉妬深い性格で、俺が夜明夕海子を好きになることを心配していた。そんなのはありえないことなのに、どうせ夜明夕海子が杏をからかうようなことを言ったのだろう。そして錯乱した杏は衝動的に包丁を取り、夜明夕海子の背中を刺したのだ。
「へしむれる」ーー不思議なタイトルについては、先述の対談で綾辻氏と著者の綿原さんは次のように話しています。
綾辻:「へしむれる」という言葉、これは綿原さんの造語なんですか?
綿原:江戸時代に、人魚の骨のことを「ヘイシムレル」とオランダ語で言っていたらしいんです。「ヘシムレール」とも表記するようですが、それをもじったものです。
綾辻:そうでしたか。選考委員はみんな、「へしむれる」には心を掴まれていましたね。意味不明で、語感がなんだか気持ち悪くて、そのくせちょっと滑稽味もあって、という絶妙なワードです。加えてやはり三話目のインパクトは強烈だった。
ルッキズムの愚かさ
第4話「鏡の穴」は、1~3話に共通して登場するユミコが何ものであるのか、全体を通した謎が明かされる構成ですが、ルッキズムのことも次のように総括しています。
人魚の顔は時代で変わる。その時代で美人とされる顔になる。それは実体のないただの美人というアイコンになる、という意味に過ぎない。
時代が変わり文化が成熟していっても、やっぱり人は美しいものが好きで、見た目が醜いものはそれだけで蔑んでいいと思っている。見た目を苦に精神を病んだり命を絶つものは後を絶たない。たったの皮一枚、骨の位置の数ミリの違い。それだけのことが、人間にとっては命より大切なのだ。どれだけ外見より中身が重要だと言っても、そんなのはまやかしの嘘っぱちに過ぎない。
しかしだからこそ、人魚はまだこの世を生きていけるのだ。人間がありのままを受け入れるようになれば、人魚は陸で生きていけなくなるだろう。人魚は美醜に囚われた人間の歪みから生まれた憐れな化け物なのだろうか。
巻末の選評で、選考委員の辻村深月氏は次のように評価しています。
人の美醜についての意識のあり方を人魚という怪異の存在を通じて語る小説だが、近年センシティブな題材であるルッキズムを逃げることなく扱い、かつ、そこに物語上の結論と哲学を見出している点に好感を持った。
この評価のとおりだとわたしも思います。
エンターテイメントとしてのホラーミステリーを期待すると肩透かしをくうかもしれませんが、深く考えさせる読後感を味わえる良作です。
(しみずのぼる)
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