今年1年で個人的に印象深かった読書体験は、なんといっても故・氷室冴子さんの「銀の海 金の大地」(全11巻)を読めたことでした。毎月1冊ずつの復刊。先の展開を知らないで読む幸せを満喫した1年でした(2025.12.15)
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11か月にわたる至福の読書タイム
氷室さんの「銀の海 金の大地」は、かつて集英社コバルト文庫で1992年から96年に刊行され、長らく絶版状態になっていた小説です。
コバルト文庫版は妻が買い求めて自宅に全巻揃っていたにもかかわらず、わたしが氷室ファンになって読もうと思ったら、妻がすでに図書館に寄贈してしまい、未読のままとなっていました。
そんな不幸なすれ違いがあった「銀の海 金の大地」ーー通称「銀金」が集英社オレンジ文庫から待望の復刊となったのは今年1月のこと。
しかも全11巻を毎月1冊ずつ刊行する…という心憎い趣向で、以来、先のストーリーを極力知らないように気をつけながら、発売されるたびに買い求め、最終巻が発売された11月中旬まで、至福の読書タイムを過ごすことができました。
オレンジ文庫さん、ほんとうにありがとうございました。
未完とはいえ真秀の物語は完結
最後の1冊を読み終えてから1か月近く経ちます(いわゆる〇〇ロス状態からようやく脱したところです)
最初から未完であることは承知していましたが、壮大な一つの章が終わって、次の章が書かれることなく未完に終わった…ということさえ、今回はじめて知りました。
世の中には、正真正銘の未完の小説というものがあります。
例えば、2007年に食道がんで亡くなった藤原伊織氏の「遊戯」という小説が典型で、ここからおもしろくなりそう…というところでプツンと終わっています。「銀金」も、勝手にそんな小説を想像していました。
ですから、主人公の真秀の物語としてはきちんと完結している「銀金」は、読み終えて消化不良に陥ることも無く、誰にでもお勧めできる古代ファンタジー小説と太鼓判を押すことができます。
4回「転生」する予定だった
では、なぜ未完と言われるかと言えば、「銀金」は、氷室さんの構想では主人公たちが生まれ変わり、別の時代でも愛と憎しみの関係を繰り返す…というストーリーだったからだそうです(ゆえに「銀金」は「古代ファンタジー」ではなく「古代転生ファンタジー」と銘打っています)
最終巻の解説を担当した漫画家の萩尾望都さんがこう書いています。
『銀の海 金の大地』は、お互いに思いあう二人が、思いを遂げられなくて、来世でまた一緒になろうと約束して、輪廻転生していくお話なんだそうです。そして、「真秀の章」を書いている時点で、四回転生していくことは決まっていたと。それを聞いて「なんて壮大な物語なんだろう!」って驚きました。

そうか…4つの時代が描かれる予定だったのか…
氷室さん自身、最終巻のあとがきでこう書いています。
嵐の海で小舟にゆられて、太刀をふりまわして闘おうとしていた佐保彦の、その後を、いよいよ波乱の大和内乱を背景に、[佐保彦の章]で書きます。今度こそ、彼が主役だ。
『銀の海 金の大地』の序章ともいえる[真秀の章]を経て、物語はいよいよドトウの本編に突入です。
結局、本編となる「佐保彦の章」が雑誌で連載スタートとなることはなく、序章しか書かれずに終わった「銀の海 金の大地」ですが、全11冊ですっかり真秀のファンとなった自分としては十分満足です。
タイトルの意味がわかる場面
全11巻を読み終えて、わたしが印象に残ったセリフを3つ紹介したいと思います(と言っても、うち2つは過去の記事ですでに紹介済みなのですが…)
1つ目は、本書のタイトルである「銀の海」と「金の大地」の意味がわかる場面で、第7巻に出てきます。
真秀が自らの能力を開眼させるシーンで、佐保の一族のひとり、月眉児が幻影を生み出すところです。
彼方から波頭を銀色に輝かせた大波が、うねるように押し寄せてくる。
あたりは真夏の昼さがりのように明るく、わずかな西風が吹いていた。どこまでも広がるのは銀色の海だ。あまりにも空が青すぎ、陽射しがつよすぎて、海面がきらきらと銀色に輝いているのだった。美しい、と佐保彦は思った。やがて巨大な大船の舳先が、銀の海をたちわるように現れた。
舳先に建つのは、真夏の陽射しに身をさらして、黒い解き髪をなびかせている若い男ーー美知主だった。
(美知主……!)
これは美知主が心の奥にかくしもつ夢なのか。
このあと、佐保一族の長老、穂波が美知主の心の奥底にある「銀の海」の幻影を思い出し、こうふりかえります。
海は見はるかすものではなかったのか。漕ぎだすものだったのか。
あの若い男ーーおそらく若き日の美知主は、なんと誇らしげに舳先に立ち、いとしげに海原を眺め、ゆるぎない眼差しを、海のかなたに放っていたことだろう。
あの男は幼いころから、ああして海原に漕ぎだしていたのだ。それがあの男の心の古里となって魂に刻まれ、烙きついているのだ。われらの魂に刻まれているのが、金色に波うつ豊饒な稲穂の海であるように。
われらが金の海を心にもつごとく、彼は銀の海を心にもっている。だが、このふたつの海の違いはどうだ。(中略)ゆるがぬ大地に根ざして、愛しめば土地は稔りを返してくれるーーそんな穏やかな暮らしのなかで育まれた我らとは、まるで異国の部族ほどにも隔たっている。
銀の海に漕ぎだす心と、金色の稲穂が広がる大地をいつくしむ心。両方の心を持ちながら今にいたる日本、日本人をあらわすタイトルだったんだなぁ…と思います。
木っ端のような民…それでいい
同じように2つ目に印象に残ったのが、美知主が日本人の成り立ちを口にした言葉です。場面は以前の記事で紹介しているので、言葉のみ再掲します(第1巻)
「人々は、浜辺に流れつく木の実のように、潮の流れにのって、このクニに流れつき、住みつき、増えていったんだ。本国で食いつめたか、罪を問われそうになって逃げてきたか。未知の群島でひと稼ぎしようと企んだか……。どっちにしろ、もとを辿ったところで、褒められた育ちでもあるまい」
「みんな、モトをたどれば、食いつめ者や罪人なの? 大王も、豪族も……?」
「そうだ、みな、流れ者さ。そう思えばいい。本国から、それぞれが祀る神々ごと、このヤマトに流れついた木っ端のような民なのさ、おれたちは。それでいい。なつかしい祖先の神々を祀りながら、このヤマトの国つ神とも仲良くして、新しいクニ、新しいヤマトをつくっていけばいいんだ」
古来からの八百万神だけでなく、仏教もキリスト教もなんでも飲み込んでしまう心性ーー。厳格な宗教観を大事にする人たちからしたら、なんといい加減な…と思われるでしょうが、美知主の言うとおり「木っ端のような民」と思えば「それでいい」と思えます。
ひとりひとりの王であれ
そして、印象に残った3つ目にして、もっとも強く心に響いたのが波美王の言葉ーー「ひとりひとりが自分の王であれ」です(第6巻)
これも以前に紹介しているので、言葉のみ再掲します。
「忘れるな、真秀。ヒトはだれでも、われという名の領土をもっている。そこには王と奴婢が共棲みしている。みじめに生きるのも、誇りかに生きるのも、心ひとつだ。いのちある者はかならず死ぬ。だったら王として生き、王として死ね」
「王として……」
「そうだ。おまえは美知主のものでもない。佐保彦のものでもない。御影や真澄のものでもない。おまえは、おまえのものだ。おまえは真秀という名の王国の、ただひとりの王だ。王なら、その領土をいのちがけで守れ。けっして、人にあけ渡すな。だれの支配も許すな。王にふさわしいことをしろ」
未完に終わったとは言え、主人公の真秀が様々な逆境と苦難に負けることなく「自分の王」として生き抜く物語はきちんと完結しています。そして紹介したように、心に響く場面、言葉が何と多いことか!
全11冊。多くの人に手にとってもらえたらと思います。
(しみずのぼる)
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