ひとりひとりが自分の王であれ…「銀の海 金の大地」が折り返し点

ひとりひとりが自分の王であれ…「銀の海 金の大地」が折り返し点

毎月楽しみにしている故・氷室冴子さんの復刊本「銀の海 金の大地」。全11巻のうち第6巻まで発売され、いよいよ折り返し点を越えました。古代日本を舞台とする壮大な物語世界に浸っていると、「まだ5巻ある」と思いたいのに「あと5巻でお別れか…」とせつなくなります(2025.6.23) 

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今年から毎月1巻ずつ刊行

「銀の海 金の大地」ーー通称「銀金」は、2008年に51歳の若さで亡くなった氷室冴子さんの未完の古代ファンタジー小説です。(以前記事で触れましたが)20年以上前のこと、読もうと思ったら妻が図書館に寄贈してしまい、未読のまま長い歳月を重ね、今年1月に集英社オレンジ文庫から念願の復刊となりました。 全11巻を毎月1巻ずつ刊行中です。

舞台は古代日本――湖の国・淡海。14歳の少女・真秀(まほ)は、複雑な生い立ちのため人々から疎外されながらも、病で寝たきりの母・御影(みかげ)と、目も耳も不自由だが不思議な霊力をもつ兄・真澄(ますみ)とともに気丈に生きていた。ある日、真秀は母の病にきく薬をもらうため丹波行きの船に乗るのだが――。

「古事記」を愛した氷室冴子が全力をかけて綴った、
息もつかせぬ怒濤の物語を再び――!!

https://orangebunko.shueisha.co.jp/feature/ginkin_fukkan

ただ「銀金」の場合、復刊への喜びから文庫の解説では先のストーリーに触れているとか、X(旧Twitter)上ではかつての「銀金」ファンが熱く語っているとか、とにかく落とし穴だらけのようです。

そのため、わたしは一切のよけいな情報を遮断して(文庫の解説は読まない、Xで「銀金」をサーチしない)毎月発売されてから読むーーを貫いています。 

毎月1冊ずつ発売日を楽しみにした本って、スティーヴン・キングの「グリーンマイル」以来かも… 

6巻はとても重要な巻!?

そんな豊饒な読書の時間も、今月20日に発売された6巻で、いよいよ残すところ5巻となってしまいました。 

巻を重ねるごとに新しい登場人物が現れるので、おそらく壮大な物語世界が広がるにしても、まだまだ序盤もいいところなんだろうな…と想像します。 

作者の早過ぎる死から未完で終わった「銀金」ですから、この物語世界が残り5巻でどこまで進むのか、早く知りたいと思いつつ、「終わってほしくない!知りたくない!」と思う自分もいて、千々に乱れるこの頃です。 

先の展開を知らないので、あくまで未読のわたしの想像ですが、この6巻は、主人公の14歳の少女・真秀(まほ)が、不思議な霊力をもつ兄・真澄(ますみ)を頼ることなく、自らの力で生き抜くことに踏み出すという、とても重要な巻のように思います。 

4巻から登場する波美王

真秀の「生きる力」を引き出すのは、4巻から登場する波美王(はみおう)ーー大王(おおきみ)にも他の豪族にも従わず、山から山へと流離(さすら)う波美の一族の長。彼らは豪族の首長らと取引をして、窺見(うかみ=監視・探索の意)をしたり、暗殺を謀ったりするーーです。 

波美王は4巻と5巻で「味方でも敵でもない」と言いながら真秀を見守り、様々な苦難から真秀が逃れるのを陰ながら手助けして、真秀も徐々に信頼を置く存在になっていきます。 

その波美王が、5巻でこんな言葉を真秀にかけます。 

「おまえは愚かな子だ。その目は、なにも見ていない」

「おまえはこうあってほしい夢世と、目の前の現(うつ)つを見誤っている。見わける能力がないのではなくて、夢をみたがっている。現つは今のところ、おまえにあまり優しくないからな」

ところが、5巻の後半で波美王は何者かの請負で真秀をさらう役回りを果たします。 

「すまんな、真秀。俺がつい淡海に長居している間に、ばかな大兄どもが請負をとってしまった。請負は果たさねばならない。だが、いつか、この借りは返す」 

こうして何者かの手で幽閉の身となった真秀の脱出行が6巻となります。 

ひとりで逃げてみろ

波美王は真秀をさらい、請負を果たした後、幽閉場所で真秀にそっと小太刀を与え、「なんとかひとりで逃げてみろ」と声をかけます。

「これに懲りて、すこしは現(うつ)つを見ることだ。おまえはそろそろ知ったほうがいい。自分の身を守れるのは、自分ひとりだということを」

「おまえら兄妹を縛りあう、運命の纜(ともづな)をたちきってみろ。そして自力で逃げてみろ」

波美王から与えられた小太刀ひとつで山の中に逃れた真秀。追手の放った猟犬に追いつかれ、足首を嚙みつかれてしまいます。しかし、ここからの真秀がすごい。 

真秀は息をとめ、左手でつかんだ猟犬の頭の下めがけて、小太刀を突き立てた。
左手で掴んでいた頭の毛が、ぶるぶるっと烈しく震えた。毛ごしにも、猟犬が身を痙攣させているのがわかる。
それまで感じる余裕もなかった獣の臭いが、すさまじく鼻を打った。真秀は突きたてた小太刀を両手で握りなおし、ぐいと力まかせに下にこじり降ろした。
生きた肉を切り裂く手応えが、柄がしらを通しても伝わってきた。肉のなかの刃先が、こつんと骨かなにかに当たる手応えさえ感じた。ぬるりとした水のようなものが、小太刀をつかむ手にふりかかってくる。
(略)
足首にくらいついたまま息絶えていた猟犬が、どさりと音をたてて、地面にころがった。
手さぐりで、突き刺したままの小太刀を抜いた。生あたたかな飛沫のようなものが、顔や胸さきまで降りかかってきた。とっさに雨かと思った。
凄まじい血の臭いに気がついたのは、そのときだった。ああそうだ、血だ。吹きあげる猟犬の血を、あたしはいま、全身に浴びているのだ……。

追いついた追手まで全身血塗られた真秀を見て震えあがるーー。真秀が自分の力で生きのびることを選び取った瞬間です。 

まるでキングのキャリーのような…… 

王として生きろ

6巻の最後の方で、波美王が真秀の前にふたたび姿を現します。 

「おまえが猟犬を殺すところを見た。借りを返すために、あそこで出ていっても良かったんだが、おまえはきっと、自分の力で殺るだろうと思った」
「あんた……あの夜も……」
「見ていた。みごとだった。俺の目には、夜闇も見る。血を浴びたおまえは、はじめて獲物をしとめた狼のように誇りかだった」
それは褒めことばにしては奇妙だったが、波美王にとってはこのうえない褒めことばかもしれない。
立ちあがった波美王は、ぼんやりしている真秀の腰鞘に小太刀をさしいれた。なぜか、それが別れのしぐさのように真秀には思えた。
「足の噛み傷は一生、消えないだろうが、恥じることはない。能なしの姫どもの足首を飾る、どんな珍しい玉よりも美しい傷だ。誇らしい英雄(いさお)の傷痕だ。俺たちの一族では、身に残るはじめての傷をつけた獣が、その者の守り神になる。おまえは狼と山犬の守りを受けた身だ。その牙と爪で生きていけ」

そして、心に残る言葉が波美王の口から発せられます。 

「忘れるな、真秀。ヒトはだれでも、われという名の領土をもっている。そこには王と奴婢が共棲みしている。みじめに生きるのも、誇りかに生きるのも、心ひとつだ。いのちある者はかならず死ぬ。だったら王として生き、王として死ね」
「王として……」
「そうだ。おまえは美知主のものでもない。佐保彦のものでもない。御影や真澄のものでもない。おまえは、おまえのものだ。おまえは真秀という名の王国の、ただひとりの王だ。王なら、その領土をいのちがけで守れ。けっして、人にあけ渡すな。だれの支配も許すな。王にふさわしいことをしろ」

なんと神々しい言葉でしょう。 

指折りの名シーン名セリフ

大和の豪族たちの暗闘、霊力を持つ佐保の一族の思惑、「滅びの子」の烙印を押された真澄と真秀の兄妹の運命ーー。そんな物語世界の主旋律からしたら、6巻はやや趣が異なります。 

でも、真秀がおのれの力で運命を切りひらく、「真秀という名の王国の、ただひとりの王」であることを自覚することが、このあとの物語世界でとても大切なことなのだろう…と想像します。 

そう思ったら全国の書店に掲出中のポスターにも、 

「ひとりひとりが自分の王であれーー」 

の文字がありました。 

やっぱり全11巻を通読しても指折りの名シーン名セリフなんでしょうね! 

あと5巻ーー。こころの中で「まだ5巻ある」と思いつつ、「銀金」の世界にいましばらく浸っていられる幸せを噛みしめたいと思います。 

(しみずのぼる)

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