初恋相手の殺害の真相…樋口有介「初恋よ、さよならのキスをしよう」 

初恋相手の殺害の真相…樋口有介「初恋よ、さよならのキスをしよう」 

きょうは樋口有介氏の探偵ミステリー〈柚木草平〉シリーズの第2作「初恋よ、さよならのキスをしよう」を紹介します。20年ぶりに邂逅した初恋相手ーー高校の同級生が殺された。犯人は当時のクラスメート4人の誰かだが、動機がわからない。柚木が調べる過程で浮き彫りになる同級生同士の過去と現在……。懐かしさとせつなさ溢れる極上のホワイダニットです(2024.5.27)

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「柚木さんに相談するように

あらすじを紹介しましょう。 

娘の加奈子と訪れたスキー場で、俺は偶然に高校時代の初恋の女性・卯月実可子と再会する。20年前と変わらぬ美しさの彼女だったが、再会から1ヵ月後に自らが経営する雑貨店で何者かに殺害された。彼女の娘と姪からの依頼で殺人事件の調査を開始した俺は、容疑者の高校の同級生たちを訪ねていくが……。柚木の初恋、そして高校時代、警察官を目指すきっかけとなった悲劇などが語られる、青春私立探偵シリーズ第二弾。切ない余韻の残る秀逸な傑作ミステリ。 

柚木草平は前作「彼女はたぶん魔法を使う」で加奈子からオーストラリアに連れて行くよう迫られ、代わりにスキー旅行に付き合うことに。 

そのスキー場のレストランで、柚木は高校時代の初恋相手を見かける。 

俺の記憶はあっけなく二十年の時間を飛び越え、高校生の卯月実可子にレストランを歩かせている。背の高さもポニーテールに結んだ髪も整いすぎるぐらいに整った横顔も、寒気がするほど昔のままなのだ。少女のような肩の線も高校時代から一年として歳をとっていない。 

無意識に立ち上がって追いかけると、「そこでまた俺は目眩を感じた」 

テーブルにも高校時代に同級だった卯月実可子が座っていたのだ。立っている実可子は二十年前のまま、座っている実可子は昔の記憶に二十年という時間の衣装をまとっていたが、どちらも俺の背中に熱い汗をかかせる、懐かしい卯月実可子だった。
(略)
「柚木くん……なんだか、嘘みたい」
「俺もまだ信じられない。君が二人も見えて、頭が狂ったのかと思った」

卯月実可子は見合い結婚をして永井姓に変わっていた。 子供は娘がひとり。「一卵性親子」と評判の中学3年生だった。

「柚木くん、高校を出てからどうしていたの? クラス会の通知を出してもあなただけいつも戻ってきたわ」と、テーブルの下で脚を組みかえながら、切れ長の目をいたずらっぽく見開いて、永井実可子が言った。「警察に勤めたことも谷村くんから聞いて初めて知ったの。あれから谷村くんとは?」
「谷村と酒を飲めるほど堅気の人生はやっていない」
「わたしたち……順子とか芳枝とか谷村くんとか、たまには会ってお酒を飲むの。東京へ帰ったらみんなで会わないこと?」
「俺なんか場違いさ。あのころだって君たちのグループではなかった」
「二十年もたってるのに、変わらないのね。あのころから柚木くん、なにを考えているのか分からない人だったわ」

愛娘の加奈子から「ママに言いつけてやるから」と脅されながら、二十年ぶりの再会に別れを惜しんだ柚木だったが、永井実可子は(あらすじのとおり)1か月後に自らが経営する雑貨店で何者かに殺害された。 

柚木を訪ねて来た実可子の姪は、スキー場の再会の直後、実可子が柚木の渡した名刺をひとり娘に渡して、こう言っていたと伝えた。 

「自分になにかあったら柚木さんに相談するように」 

殺害現場は物取りに鉢合わせして殺害されたように見えた。だが、実可子が1か月も前に「自身になにかあったら」と思っていたこと、そして相談する相手に柚木の名前を挙げたことから、高校生当時に実可子と親しく、いまも「たまに会ってお酒を飲む」同級生による恨みの犯行の可能性が高いと疑い、柚木はかつての高校の同級生たちを訪ねていくーー。 

誰が犯人かーーフーダニット(Who done it)であると同時に、動機はなにかーーホワイダニット(Why done it)でもある「初恋よ、さよならのキスをしよう」ですが、容疑者が高校の同級生たちであるところが本書の重要な部分です。 

「青春とか初恋に対する礼儀」

たとえば、こんな会話が展開されます。相手は、永井実可子との会話に出てくる谷村ーー建設会社に勤めるサラリーマンです。

「柚木、本当に実可ちゃん、知り合いに殺されたと思うのか」
「俺はそう思っている」
「どこにそんな確信があるんだよ」
「経験と、勘だ。人間はみんな、谷村みたいに世界を区別しているわけじゃない。永井実可子との間に越えられない壁があることに気づかなかったやつは、彼女を許せないと思ったはずだ」
「俺だったら実可ちゃんのすること、なんでも許したのになあ」
(略)
「最初は谷村のように思っていても、時間がたてば気持ちも変わる。二十年というのは、人間の気持ちなんかかんたんに変わる長い時間さ。気持ちも変わって状況も変わって、それで永井実可子は殺された」
「どこで狂い始めたのかなあ。俺たち、いいグループだったのになあ。歳をとるって、こういうことなのかなあ」

もうひとり、スナックのママになった春山順子との会話も紹介しましょう。 

「わたし、昔のこと、思い出したくないのよね」
「俺だって昔のことなんか思い出したくないさ。ただ永井さんがああいう死に方をした以上、俺自身の問題としてけじめをつけたい。それが青春とか初恋に対する、礼儀のような気がする」
「青春とか初恋に対する礼儀……か。柚木くん、見かけによらずロマンチストなんだ」
(略)
「彼女に悩みがあったとしたら、他の女と同じように歳をとる、ということだけじゃなかったのかな」
「ロマンチストねえ。男の子ってそうやって、いつまでも子供でいたいわけね」
「永井さんに、なにか、特別な悩みが?」
「実可子だって人間よ。柚木くんは認めたくないでしょうけど、実可子とわたしのちがいは顔の肉付きだけ。それがほんの一ミリか二ミリちがうだけで、女の人生はまるで別なものになってしまうのよ」
「だから、要するに、なにが言いたいんだよ」
「要するに、見かけは特別だったけど、中身は実可子もただの女だったということ。ただの女はただの人間だから、ふつうに人間らしい悩みはあったと言ってるだけのことだわ」
「だから……」
「特別なことなんか言ってないわよ。常識で考えれば分かるじゃない。男の子は実可子のすがた形に憧れて夢中になる。でも、逆に女の子は誰も実可子に近寄らなかった。わたしも芳枝も一応のつき合いはしたけど、それ以上の関係にはならなかったわ。そういうことの寂しさは、実可子だって分かっていたと思う」

男はいつまでも「男の子」なんですね。何とも含蓄のある洞察です。

懐かしさと、せつなさと

順子とは別の場面でも味わい深い会話が出てきます。 

「不思議よね。実可子が死ななければ、柚木くんに会うこともなかったでしょうしね」と、改めてウィスキーのグラスを握り、横から俺の顔をのぞいて、順子が言った。
「俺に会っても会わなくても、君の人生は変わらなかったさ」
「恰好いいこと言わないでよ。わたしのほうは本気で懐かしがってるんだから」
(略)
「突然柚木くんが登場して、わたし、いい子になってしまったわ」
「いい子だったじゃないか。高校生のときから君は、ずっといい子だった」
「今更遅いわよ。柚木くんは実可子しか見ていなかったくせに」
「本当言うと、ちょっとだけ、横目で君のことを見ていた」
「へええ。横目でちょっとだけ、ね」
「気が小さくて、正面からは見つめられなかった。君のほうは北本しか見ていなかったんだから、視線を合わせても意味はなかったさ」
順子は声を出して笑い、俺もなんとなく可笑しくなって、少しだけ、声を出して笑った。
「谷村くんや柿沢くんに会っても懐かしいと思わないのに、柚木くんてへんに懐かしいわ。どこかでボタンを掛け違えたのかなあ。柚木くん、あのころに戻りたいと思うこと、ない?」

懐かしさと、せつなさとーー。 

高校時代の思いを甦らせながら、柚木草平は永井実可子の殺害の真相を探り当てるのですから、まさに「青春+ハードボイルド」です。

しかも、高校の同級生が犯人という展開ですから、「彼女はたぶん魔法を使う」以上に甘酸っぱさが全編に漂っているのが「初恋よ、さよならのキスをしよう」なのです。 

誰が犯人か、動機はなにか。それは本書を手に取ってご確認ください。 

(しみずのぼる) 

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