きょうは、TONO氏の漫画ーー本格ファンタジー群像劇『アデライトの花』(朝日新聞出版)を紹介します。中世を思わせる異世界を舞台に、突如として発生した非情なパンデミックが蔓延。翻弄される人々の姿を描いた物語。コロナ禍を経験した現代の私たちにこそ響く、リアルな人間模様と社会の崩壊を予見したかのような傑作です。(2023.10.30)
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目次
連載は雑誌「Nemuki+」で2015年から
TONO(との)さんは1983年にデビューした漫画家で、ご兄弟で漫画家という方だそうです(ウィキペディアによる)
『アデライトの花』の第1話が雑誌「Nemuki+」の2015年3月号に掲載され、第7話まで収めた第1巻が出版されたのは2017年2月です。1巻のあとがきで、
『Nemuki+』は隔月誌で年に六回
最近体力に自信のない私は
年に二回お休みをいただいて年に四回
(略)
ずっと描きたかった「感染パニックもの」
ゆっくりですが 次もがんばります
と書いています。
このとおり、本書は「感染パニックもの」です。南の国から嫁いできたアデライトが花の病を持ち込み、次々と死者が出て崩壊する北の国を舞台に、様々な人たちの生きざまと死にざまが描かれます。
年4回しか話が進みませんし、まだ5巻までしか出版されていないので、このあとどう展開するのかまったく読めませんが、ものすごく面白いです。
「夏の災厄」「コンテイジョン」…”パンデミックもの”名作の数々
でも、『アデライトの花』の紹介をする前に、パンデミックものについて。
パンデミックものは有名な作品が多数あります。古くはアルベール・カミュの「ペスト」が思い浮かびますし、個人的には篠田節子氏の初期作品「夏の災厄」(角川文庫)もとても好きな小説です。

どこにでもあるような町にミクロの災いは舞い降りた。熱にうなされ痙攣を起こしながら倒れていく人々。後手にまわる行政の対応。現代生活のもろさを20年も前に予言していた、警鐘を鳴らす書!(篠田節子「夏の災厄」角川文庫)
ノンフィクションなら、エボラ出血熱の米国上陸を扱ったリチャード・プレストンの「ホット・ゾーン」(早川書房)が有名です。

1989年、米国の首都ワシントン近郊の町レストンに、エボラ・ウイルスが突如現れた。致死率90%、人間の脳や内臓を溶かし「崩壊」にいたらしめるエボラ出血熱のパンデミックを阻止すべく、ユーサムリッド(米陸軍伝染病医学研究所)の医療者たちが立ち上がる。感染と隣り合わせの極限状況で、彼らは何を思い、どのように戦ったのか? 未曾有のウイルス禍と制圧作戦の全貌を描いた、世界的ベストセラー(リチャード・プレストン「ホット・ゾーン」早川書房)
映画なら、同じくエボラ出血熱を題材にしたダスティン・ホフマン主演の「アウトブレイク」(1995年製作)。最近なら、スティーヴン・ソダーバーグ監督の「コンテイジョン」(2011年製作)が有名でしょう。
「コンテイジョン」は、時期的にも発生源からも、2003年に中国広東省から集団発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)に着想を得たのだと思いますが、まるでコロナ禍を予見したようなストーリーで、コロナ禍で改めて脚光を浴びたのは記憶に新しいところです。
もちろん、「バイオハザード」やゾンビものまで挙げれば、本当に枚挙にいとまがありません。
コロナ禍を予見したかのような登場人物の名前
でも、このゆったりストーリーが進む『アデライトの花』は、コロナ禍と関係なく連載がスタートしたのに、まるでコロナ禍が起こることを知っていたの?と思えるような部分があります。
それは主要登場人物の名前が「コロナ」なのです。
コロナ禍になって「え?時期的に合わないよね?」とたいへん驚いたものです(もちろん、SARSもコロナ・ウイルスですから、2019年暮れから世界中に拡大したCOVID-19以前から「コロナ」はパンデミックと関係ある単語でしたが……)
作者のTONOさんが、これはパンデミック下の人間群像劇ーーと紹介しているので、とにかく多くの人物が出てきます。1-5巻を通読して、ほぼ主要人物はこのあたりと言ってよいかと思うのは、次の4人です(1巻と5巻の表紙から)




ちなみに、1巻のあとがきで作者のTONOさんは、
一応群像劇ですが
ヒロインはこれで
と書いて「チーズ」の絵を描き、
登場人物全員
「人でなし」です
と続けています。
感染は「死の宣告」:アデライトの花が引き起こす絶望と隔離
1巻は、冒頭で「それは死に至る病 南の国からアデライトと共に この世界にやって来た」と書いた後、キューブ・ハントの視点で描かれます。
キューブ・ハントが初めてチーズを見たのは四歳の頃だった
チーズは屋敷の台所で
人が使い終えた洗う前のシチュー皿をなめていた
一心不乱に皿をなめ続ける下女の姿はとても人間とは思えない
だが、キューブの目には、犬に見えるチーズ以外の使用人たちもブタや鳥としか映らない。
アデライトとその息子ピートに会ったのは、ちょうどチーズを初めて見た四歳の頃。キューブは屋敷の主クラックと正妻パイロープの間にできた子供。南の国からクラックを許嫁と信じて北の国にはるばるやって来たアデライトは、二番目の妻として西の塔に住んでいた。したがってピートはキューブの異母兄弟だった。
その年は不穏な冬で四つ上の姉は死にかかった
姉の名はコロナ。一命をとりとめたものの、その日を境にコロナの周囲に幼い少女の霊が現れるようになった。
チーズのことも書いておきましょう。
昔負った傷が元で
排尿をコントロールできない
チーズが臭うのはこの体のせいだった
周囲から臭いと嫌われ、使用人の中でも最底辺の扱いを受けていたが、正妻のパイロープが雇い入れ、ほかの使用人から苦情が出ても受け合わなかった。使用人の一人は疑問を抱いた。
なんだろう……?
奥様とチーズ
何かある……?
そして第1話の最後、ついに花の病が出てきます。最初は頭、あるいは腰、手の袖、足のつま先に一輪の花が咲き、次第に体中が花に覆われて死に至る……。
あたりに花の香りが漂い
アデライト様は新しい香水をお求めになったのだな……と
従者たちは思った
しかしそれは病の香り
やがてアデライトや
そして自分達をも滅亡へと導く
病の兆候だった
パンデミックに翻弄される人々:王族から平民までを描く群像劇
第2話以降は7年後、ピートが11歳、コロナはもうじき16歳。ピートは母アデライトの病が理由で本邸に住むようになっています。
ここから花の病が猛威を振るい、ハント家に襲いかかります。
アデライトの病は、医者が次々と呼ばれても首をかしげて帰っていくばかり。そのうち南の国からアデライトともにやってきた従者にも感染者が現れ、死者も出始めた。主人のクラックも西の塔にとどまった。感染したからだった。
顔じゅうに花が広がって涙を流すアデライトの横で、クラックは自らの指に咲いた花を見つめながら、こう思う。
クラックはぼんやりと
「これが地獄なのかな……?」
冷酷な決断をくだす時を待っていた……
クラックは西の塔に火を放ち、アデライトとともに最期を迎える。しかし、花の病を封じ込めることはできず、本邸からも感染者が出て、そのうちに街にも感染者が広がっていく……。
コロナ禍を経て今こそ読まれるべき理由:現実とリンクする物語の力
パンデミックの部分のあらすじを追いましたが、実は各話とも登場人物の過去や謎が描かれます。 パンデミックはあくまで物語の風景に過ぎず、物語の核心は、危機にあって人間がいかに本性を表すかにあります。
クラックの鬱屈、パイロープの抱える狂気、コロナと許嫁キャンベルの共有する秘密、キャンベルの家族たちの打算……。まさにTONOさんが言っているとおり「人間偶像劇」です。
パンデミックはさらに拡大し、ハント家は暴徒に襲撃され、キューブ、ピート、コロナ、そしてチーズは森の中で隠れながら生活することに。
逃亡を手伝ったアデライトの従者たち、隠れ家を斡旋した娼館の経営者ダニィ、そのダニィの指示でピートたちの世話をするストロベリィ……。登場人物はどんどん増えていきますが、それぞれに過去に関係があったりで、物語はますます複雑になっていきます。
数多く登場する登場人物たちが織りなす群像劇は、コロナ禍でわたしたちが経験した混乱の日々と重なり合うところがあります。
TONOさんが連載を開始した2015年の時点で「コロナ禍を予見していた」とは到底思えないだけに、《現実とリンクする物語の力》を感じずにはいられません。
「おまえらって……何者?」:謎が明かされる第2巻
そして、この物語の中核を成す謎が明かされるのが、第2巻の後半ーー第13話から。第12話のラストから引用しましょう。
そしてその朝
キューブは
突然
確信した
この二人はグルだ
「ねえ おまえらって……何者……!?」
さて、紹介はここまでです。あとはぜひ『アデライトの花』を1巻からお読みください。
(しみずのぼる)
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