日本のホラー漫画界に燦然と輝く、伝説の一作があります。山岸凉子氏の「わたしの人形は良い人形」。タイトルは童謡の一節ですが、死者とともに葬られなかった市松人形は、死者の執着を背負い、世代を超えて怪異をもたらします。多くの読者に「人形は怖い…」と恐怖心を植え付けた本作が描くのは、人間の業と人形の怪異が絡み合う深淵なる恐怖です。(2023.10.24)
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目次
山岸ホラーの代表作|数あるホラー短編の中でも屈指の怖さ
小野不由美氏の『人形の檻』に続く、人形をモチーフにしたホラー作品でわたしが選んだ山岸凉子氏の漫画「わたしの人形は良い人形」ーーわたしの手元にあるのは、2009年に潮出版社から刊行された山岸凉子スペシャルセレクションの表題作です。
手元にあるのは第1巻『わたしの人形は良い人形』、第2巻『汐の声』、第5巻『天人唐草』ですが、どれにもホラー作品が収められています。第2巻の表題作「汐の声」、第5巻の表題作「天人唐草」、第1巻の「鬼来迎(きらいごう)」など、どうしてこんな怖い作品ばかり書けるのだろう…という気持ちになります。
その中でも第1巻の巻頭を飾るのが「わたしの人形は良い人形」です。山岸ホラーの代表作であるのは間違いありません。
事故で死んだ女の子…友達の母「一緒にお棺に入れてあげて」
「わたしの人形は良い人形」は、昭和21年秋、3人の子供たちーー初子と妹の姿子(しなこ)、隣の家の千恵子ーーが仲良く遊んでいる場面から始まります。
遊んでいたマリが道路に転がり、拾おうとした初子がジープと接触。それが原因で亡くなってしまう。
一緒に遊んでいた千恵子の母は、家で代々大切にしてきた市松人形を初子の親に渡す。
「初子ちゃんのお棺の中に一緒に入れてあげてください」
しかし、千恵子は数日後、初子の影を追いかけ、川で溺れて亡くなる。「初子ちゃんが呼んだんじゃないかい」と噂する周囲の声に、千恵子の母は泣きながら叫ぶ。
「だから人形を上げたのに」
「千恵子のかわりにお人形で遊んでねってあげたのに」
十年後の昭和31年。ひとり生き残った姿子は女学生になっていた。祖母の箪笥から市松人形を見つけたが、その日から怪異現象が始まり、姿子が修学旅行で不在の時に火災が起き、姿子の両親は焼け死んでしまう。
戻りたくなかった禍々しい家…再びはじまる怪異
そこからさらに三十数年たち、昭和60年春。姿子は結婚し、会社員の夫と高校1年の娘、陽子の三人暮らし。焼けた家の跡地にマイホームを建て、三十数年ぶりに昔住んだ地に舞い戻った。
ほんとはここには戻りたくなかった
なんだか禍々しいような
事故で失った家だから……
引っ越しの荷ほどきをしている時、娘の陽子が箱をみつけ、開けてみると市松人形だった。そしてふたたび怪異が始まった。
声をかける少年「この家を早く出ないと死んでしまう」
家が突然揺れる。うるさい足音。ひさしにくっきりとついた子供の足跡……。
不安に襲われ、おびえる陽子に同級生の少年が声をかけた。
きみ……あのね
僕…いつもは見過ごすことにしてるんだけど…
だけど思いきって言うよ
きみ この家を早く出ないと
死んでしまう
昔から霊感があるという少年ーー陽(みなみ)は、昭和21年の初子の事故で市松人形をあげた千恵子の母が祖母だった。陽は人形について語った。
友引の日に人が亡くなったり、いつもお墓参りなんか一緒にしていたような
親しい人が不慮の事故で亡くなったりした場合
亡くなった人が寂しがって友人をあの世へ一緒に引っ張っていかないように
自分の代りにお人形を亡くなった人につけてやるんだ
でも それもききめがなかったと祖母は嘆いていた
2人の女の子の執着を背負った人形が君の家にまだある
陽はこう続けた。
あの人形は死者とともに葬られなかった
二人の女の子の執着を背負ったまま
君の家にまだあるんだ
引用はここまでにしましょう。陽子は市松人形から逃れることができるか。陽は人形の怪異を防ぐことができるか。続きは「わたしの人形は良い人形」をお読みください。
なお、「わたしの人形は良い人形」は、戦前の童謡「人形」の歌詞で、本書でも繰り返し歌詞が引用されます。
〽わたしの人形は
良い人形
目はパッチリと
色白で
小さな口もと
愛らしい
わたしの人形は良い人形
愛らしい歌詞と禍々しい怪異のコントラストに慄然とします。

なお、「わたしの人形は良い人形」は、この8月に電子書籍化されました。
表紙は潮出版社版と同じですが収録作に違いがあり、山岸ホラーのもうひとつの傑作「鬼来迎」は入っていません。残念……。
(しみずのぼる)
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