誰にも言えない孤独や心の奥底に秘めた熱量。それを解き放ってくれるのは、いつだって一曲の音楽でした。SNSで話題の新井すみこ氏が描く漫画『気になってる人が男じゃなかった』、辻村深月氏が名作に潜り込ませた”推し”のロックバンドーー。音楽の幅を広げる出逢いに繋がる作品を紹介します。(2023.9.15)
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目次
音楽の趣味はパーソナルなもの…誰しも思う「ひとりで聴くに限る」
小説や漫画を読んでいると、作者の好きな音楽がうかがえて面白いと思ったりしませんか? 映画も同様です。自分が好きな曲だとうれしくなりますし、知らない曲だと聴いてみたくなります。複数回にわけて「音楽との出逢いかた」というテーマで書いてみたいと思います。初回は新井すみこさんの漫画『気になってる人が男じゃなかった』(KADOKAWA刊)です。
いま発売中の「ダ・ヴィンチ」によると、今年で9回目を迎える「次にくるマンガ大賞」のWebマンガ部門で1位に輝いた作品です。X(旧Twitter)で連載中ですが、わたしは数号前の「ダ・ヴィンチ」に1話目が載っていて、とてもおもしろかったので電子書籍で購入。2巻の発売を楽しみにしています。
『気になってる人が男じゃなかった』は、このような書き出しで始まります。
音楽はひとりで聴くに限る
ひっそりと
誰とも分かち合わずに
自分だけのリズムは
自分だけの領域
そう思ってた
とてもよくわかります。わたしも好きな音楽(たとえばマイルス・デイヴィス)をスピーカーで聴くのは家にひとりでいる時に限られ、あとはイヤホン越しでしか聴けません(どんなに小さい音にしても、妻に「お風呂でオナラしたみたいな音でキライ」と言われます)
ニルヴァーナが流れるCDショップで見つけた”推し”
くだんのせりふを心でつぶやく大沢あやは、自分が好きなリズムが流れるCDショップで働く「黒ずくめのおにーさん」に惹かれ、CDショップ通いをはじめる。
スタイル良くて
ミステリアスで
音楽のセンスも良いとか
推せる…ッ
心でひとり「推せる」と思いひたっている時に流れているのはニルヴァーナ。
ニルヴァーナ(1987-1994)
アメリカのロックバンド。リードシンガー兼ギタリストのカート・コバーンが1994年に自殺、バンドは解散した。オルタナティヴ・ロック、またはグランジの先駆者として知られている。ローリングストーン誌選出「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」第30位(ウィキペディアより)
しかし、この「黒ずくめのおにーさん」が、実は同じクラスで席がとなりの古賀みつきという、学校ではあやと正反対のキャラ。そのふたりが音楽をとおして親しくなっていく……
というストーリーです。
ブラー、ニルヴァーナ…プレイリストに込めた想い
あやは「黒ずくめのおにーさん」が風邪を引いて寝込んだと聞いて、元気づけるために好きな曲のプレイリストを送ります。
- Song 2 (Blur)
- Heart-Shaped Box (Nirvana)
- Paranoid (Black Sabbath)
- Reptilia (The Strokes)
別ページに出ている曲も追加すると、
- You Give Love a Bad Name (Bon Jovi)
- Loser (Beck)
- Alive (Pearl Jam)
- Figure It Out (Royal Blood)
…なにこれ
「おにーさん」(わたし)が
好きな曲ばっかりだ
こんなふうに、作者の新井すみこさんは(おそらく)自分が好きな曲を漫画を通して伝えてくれます。
知っている曲もあれば、知らない曲もあります。
でも、コンピレーションアルバムが好きなわたしは、こういうページをみると付箋をつけておいて、漫画を読み終えてから音楽アプリで検索して自分用のプレイリストをつくります。
漫画もおもしろくて「さすが大賞1位!」という内容ですが、こういう音楽の出逢いかたも、わたしはとてもうれしくなります。
「樹氷の街」に潜む辻村深月の”推し”…「ピアノか勉強の合間に聞けよ」
新井すみこさんがプレイリストの一曲目にあげたブラーは、(おそらく)辻村深月さんも大好きなアーティストだと思います。
ブラー(1988- )
イギリスのロックバンド。1994年のブレイク時はブリットポップムーブメントの代表格として一世を風靡した。後進のバンドに与えた影響も大きく、1990年代からのイギリスのロックシーンを代表する存在として人気は高い(ウィキペディアより)
ブラーは、以前紹介した辻村作品で最初に読むといい短編「樹氷の街」(短編集『光待つ場所へ』=講談社文庫=所収)に出てきます。
「樹氷の街」は合唱コンクールを控えた中学3年生の友情物語で、ブラーが出てくるのはたった1か所ですが、ピアノ伴奏に躓いてクラスで孤立する倉田に対し、指揮担当でクラスのまとめ役の天木が、彼女を励ます目的でこんなふうに声をかけます。
「倉田」と呼びかけると、駐車場の真ん中あたりで彼女が振り返った。
「何」
「これ貸す」
鞄から取り出したDVDを渡す。blur(ブラー)というバンドのPV集。秀人に貸していたのが、今日返ってきた。差し出されたものを見てすぐ、倉田が天木の顔を見上げた。
「すごくいいから、ピアノか勉強の合間に聴けよ」
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青春ミステリーの傑作『名前探しの放課後』でも”ブラー推し”全開
天木の”ブラー推し”のエピソードは、天木たちが1年後(つまり高校1年生の時)、同級生の命を救うために協力する青春ミステリーの傑作『名前探しの放課後』(上下巻、講談社文庫)にも出てきます。
天木のメールアドレスの文字が、ブラーのリードボーカルのデーモン・アルバーン(Damon Albarn)ですし、天木がいつも着ている古着のジャージがデーモン・アルバーンが昔プロモで来ていたジャージと同じ型番のもの…という凝り凝りっぷりです。
「樹氷の街」や『名前探しの放課後』のストーリー自体には何の関係もありません。
それでも、辻村さんが自身の作品にこんなふうに潜り込ませるなんて、辻村さんは相当な”ブラー推し”、とりわけ”デーモン・アルバーン推し”なんだろうなと思うとほほえましく、ブラーのプレイリストを作って聴いたりします。
以前の記事で紹介したいくえみ綾さんの短編漫画集『スカイウォーカー』(小学館)のように、ストレートに奥田民生”推し”を打ち出す作品もあれば、こんなふうにさりげなく作品に紛れ込ませるものもアリだと思います。
同じクリエイティブな仕事をしているのですから、ある意味、当然と言えば当然でしょうが、読み手の側も自分の好きな音楽の枠をひろげるチャンスをもらえたような気がしませんか。
(しみずのぼる)
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