きょうは角川文庫の中高生向けアンソロジー「君に綴る物語」シリーズから、ミステリ篇の「ブラックボックス、誰が解く?」を紹介します。ミステリ小説への最適な入門編となる青柳碧人氏「ヤンキー、ミステリと出会う」です(2025.8.12)
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ミステリの基本プロット
でも最初は「ブラックボックス、誰が解く?」そのものの紹介です。角川文庫編集部も自信作のようで、
満足度100%の謎解き小説。はじめてのミステリ小説は、ここからはじめよう!
とうたっています。
本書には4つの短編小説が入っていますが、角川文庫編集部が作者に与えた「お題」が異なります。お題は各篇の最初のページに記されています。以下、小説の著者名・タイトルとお題を列記します。
- 青柳碧人「ヤンキー、ミステリと出会う」 ⇒ Why done it? なぜ犯人が事件を起こしたのか予想せよ
- 秋木真「将棋部、無実を証明せよ」 ⇒ Who done it? 誰が犯人なのか推理せよ
- 相沢沙呼「屋上の雪融け」 ⇒ How done it? 証拠を基にトリックを暴け
- 似鳥鶏「学生時代の母の原稿」 ⇒ Narrative trick 違和感に注意せよ
ミステリの基本プロットーー「フーダニット」「ハウダニット」「ホワイダニット」「叙述トリック」を踏まえた書き下ろしミステリなのです。
叙述トリック以外の基本プロットは、巻頭を飾る青柳碧人氏の「ヤンキー、ミステリと出会う」に出てくるので引用しましょう。
「あのよ」
しかしなぜか訊かずにいられなかった。
「お前が昼間から言ってる、ホワイなんとかって、そもそも何なんだよ?」
「『ホワイダニット』のことですか?」
三田村は虎矢に向き直った。
「そもそもミステリにおいて、謎にはいくつかの種類があります。一番メジャーなのは『犯人当て』です。殺人を犯したのは誰なのか。『誰』を問題にしている謎なので、『フーダニット』と呼ばれます。
「ん? なんでかわかんねえけど」
「フー、ダーン、イット、ということでしょう」
古内がマーカーのキャップを外した。ホワイトボードの下のほうに英文が書かれる。
ーー『Who done it?』
「『誰がやったか』という意味です。『フーダニット』」
(中略)
「これに加えてミステリファンが好むのが、『ハウダニット』を扱った謎です。鍵のかけられた部屋で死体が見つかる密室トリックや、絶対に殺人現場に居合わせることのできなかった犯人がどう交通手段を駆使して犯行を可能にしたかという時刻表トリックなどが代表例です」
三田村の説明に合わせ、古内が英文を追加する。
ーー『How done it?』
「さて、虎矢さん」
三田村はメタルフレームの眼鏡をずりあげ、ぐぐっと虎矢のほうに顔を近づけてきた。
「ここまでの説明を受けて考えてください。『ホワイダニット』とはなんでしょうか?」
だから、英語は苦手なんだって。心の中で舌打ちした。
「ヤンキー、ミステリと出会う」は巻頭に置くにふさわしい、本書全体の説明も行っているんですね。
騙された叙述トリック
4つの短編どれも面白く、甲乙つけがたい…というのが正直なところです。
秋木真氏の「将棋部、無実を証明せよ」は、高校の将棋部員が写真部、美術部も絡む絵画消失事件の謎を解き明かす青春ミステリ。まさに中高生向けアンソロジーにふさわしい短編です。相沢沙呼氏の「屋上の雪融け」は、相沢氏がシナリオを担当する朗読劇の主人公「幻視探偵・暁玄十朗」のスピンオフ小説です。
また、わたしの好みはせつない系の小説なので、叙述トリックを担当した似鳥鶏氏の「学生時代の母の原稿」は、読後の印象がとってもよかったです。
主人公の母親が小説家を目指して書いた原稿がずっと続きます(つまり、読者も主人公と同じように母親の原稿を読まされます)。そして、主人公が高校生になって、母親の原稿に抱いた違和感は何なのか、ミステリ愛好家の同級生に依頼して解き明かしてもらう(つまり、読者も原稿に隠されたトリックを明かされる)という構成です。
わたしは(子供時代の主人公と同じく)すっかり騙されましたし、トリックに秘められた母親の主人公への愛情にウルっと来ました。
でも、「学生時代の母の原稿」のあらすじはとにかく紹介がしにくい(紹介≒ネタバレになってしまうから…)のと、角川文庫編集部が本書に込めた「はじめてのミステリ小説は、ここからはじめよう!」という意図を汲むと、やはり巻頭の「ヤンキー、ミステリと出会う」を紹介するのが最善だろうと考えました。
「砂糖合戦」ではないのですか?
「ヤンキー、ミステリと出会う」は、二丁目、三丁目、四丁目に一つずつ不良ばかりが通う高校のある「不良の町」で、主人公の虎矢は三丁目の究理高校の不良。二丁目の忍仁高校の蕪山から呼び出されて蕪山たちを蹴散らすと、次は四丁目の塔的高校のモモタローとの対決に闘志を燃やしている……。そんな「今日から俺は!!」に出てくるような不良たちが登場人物です。

それにしてもキュウリ(究理)にニンジン(忍仁)、トマト(塔的)ねえ…
虎矢が蕪山に呼び出されたきっかけは、蕪山の子分がナイフで刺されたからだった。ほかにも何者かにナイフで刺される事件が連続して起きていた。
虎矢は学校をさぼって喫茶店で不良仲間と「最近物騒だよな」と話していると、コーヒーに砂糖を何杯も入れるのをみて、同じ学校に通う女子生徒、三田村かなでが話に割って入ってきた。
「コーヒーにそんなに砂糖を入れるということは、何かよからぬことを考えていますね?」
「俺は何も、悪いことを考えてねえぞ。ただ、甘党なだけだ」と言うと、三田村はみるみる顔を赤くして「『砂糖合戦』ではないのですか?」
「さとうがっせん? なんだ、それは」
「北村薫著『空飛ぶ馬』の中の一編です」

うわあ、懐かしい!「砂糖合戦」かあ…
「主人公の女子大生と探偵役の噺家さんはとある喫茶店で文化的なお話を楽しんでいます。ところが二人はそのうち、他のテーブルの三人の女性客の妙な行動が気になり始めるのです。女性たちは代わる代わるシュガーポットから砂糖を自分のティーカップの中に入れていきます。五杯、六杯……。この異常な行動は何なのか。噺家さんはあらゆる状況から推理を重ね、やがて女性たちの恐るべき悪意が明らかになっていくのです」
「ミステリといえば物騒な殺人事件を扱うのが定番でした。しかし、良質な謎と、真相に至るまでの緻密な論理さえあれば殺人など起きずともミステリは成立する。この作品はそういった”日常の謎”というジャンルを確立したエポックメイキングな一冊。中でも『砂糖合戦』はホワイダニットの名作です」
「ヤンキー、ミステリと出会う」は、こんなふうにミステリ好きの女子高生・三田村かなでの口を借りて、ミステリ入門書的なくだりが随所に出てくるのです(「砂糖合戦」のほかに、昭和初期の推理作家・大阪圭吉の『死の快走船』という推理小説も登場します)


「ABC殺人事件」ではないですか!
それだけではありません。不良の町で相次ぐ「物騒」な事件自体が、かの有名なミステリ小説を踏襲しているのです。
四丁目で起きた刺傷事件で現場近くにいた虎矢と三田村は事情聴取のため警察署に連れていかれて、刑事課の古内刑事とともに相次ぐ刺傷事件を話題にします(先に紹介したミステリのプロット説明はここで出てきます)
三田村は古内から被害者の名前を教えてもらうと、机を叩いて立ち上がった。
「これは、あの、クリスティの名作じゃないですかあぁ!」
そう叫んでアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』の説明をし始める……。
「ある日、ポワロのもとに一通の手紙が届きます。差出人は『ABC』という謎の人物。『アンドーヴァーに気をつけろ』という一節を予告とするかのように、やがてアンドーヴァーという町で、アリス・アッシャーというタバコ屋のお婆さんが殺害されるのです」
三田村はポワロの絵の下に、英語を書いていく。
『Andover, Alice Ascher』
「犯人の足取りはつかめず、やがて第二の事件が発生します。場所はベクスヒル。被害者の名前はベティ・バーナード。カフェ店員の若い女性です」
『Bexhill, Betty Barnard』
「さらに起きる第三の事件。チャーストンでカーマイケル・クラークという男性が殺されます」
『Churston, Carmichael Clarke』
「ご覧になってわかると思いますが、第一の事件はAではじまる場所でイニシャルがA・Aの人が、第二の事件ではBで始まる場所でB・Bの人、第三の事件ではCで始まる場所でC・Cの人が殺されるのです。それ以外は、被害者のあいだには何の接点もなく、それどころか、年齢、職業、出身地、性別、まるでばらばらなのです。いったいこの殺人事件はいつまで続くのか。そして犯人は、なぜこんな殺人を繰り返すのか……」
つまり、「なぜ」の謎を扱った、ホワイダニットということだ。
不良の町で連続して起きている刺傷事件もまた、場所と名前に法則があった。
『一丁目 薩摩里治』
『二丁目 獅子原庄之助』
『三丁目 住田鈴也』
『四丁目 仙崎誠一郎』
さ・し・す・せ……。五丁目には豪邸を構える実業家の反谷宗助が住んでいる。次に狙われるのは反谷か?
ヤンキーの虎丸とミステリ好きの三田村かなでは「さしすせそ」刺傷事件の謎を解くことはできるのか!?というストーリーです。
「ヤンキー、ミステリに出会う」は、ストーリー自体が良質なホワイダニットなのは当然として、それ以外にも北村薫氏の「砂糖合戦」やアガサ・クリスティの「ABC殺人事件」を未読の人も惹きつける紹介の仕方で、角川文庫編集部が狙ったとおり、まさに「はじめてのミステリ小説」にふさわしい一編となっています。

これを読めば確実に「ABC殺人事件」は読みたくなるだろうな…

ミステリの沼にはまってほしい
わたしも中学生の頃に読んだので、本書を手に取った中高生に「ABC殺人事件」を手に取ってほしい…という著者の思いをひしひしと感じます。
「ちなみによ」虎矢は訊ねる。「そのクリスティってやつの書いた小説では、なんで犯人はA、B、Cの順に人を殺したんだ?」
「言えるわけないじゃないですか」
「『ABC殺人事件』はミステリなんですよ。読んだ読者が未読の読者に、真相の核心となる部分を言ってしまうなど、ご法度です」
三田村かなでの言うとおり。わたしも「さしすせそ」刺傷事件の「なぜ」は明かしません。
ぜひ本書を手に取り、さらに「ABC殺人事件」を手に取り、北村薫氏の「空飛ぶ馬」を手に取り……とミステリの沼にはまってください。
(しみずのぼる)
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