人間の本質は善である…具体的な事例で解き明かす「希望の歴史」

人間の本質は善である…具体的な事例で解き明かす「希望の歴史」

きょうはルトガー・ブレグマンの「希望の歴史」(原題:Humankind: A Hopeful History 上下巻、文芸春秋刊)を紹介します。「人間の本質は善である」ーーこの命題を様々な事例をもとに解き明かしたノンフィクションです(2026.1.13) 

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「火星の人」と「ハウスメイド2」

SFやファンタジー、ホラーなど小説ばかり取り上げてきたわたしがノンフィクションを紹介するのはおそらく初めてだと思います。にもかかわらず、本書を紹介したいと思ったきっかけが最近立て続けに2つあったからです。 

1つ目はアンディー・ウィアーのSF小説「火星の人」(原題:The Marthian、ハヤカワ文庫SF・上下巻)を読んで、 

おお、これは「希望の歴史」じゃないか! 

と思ったからです。先の記事で具体的に引用しています。 

本書のラストに「火星の人」を終始一貫貫く基本思想であり、著者が本書に込めたメッセージを表す文章が出てきます。その文章を引用して、わたしの拙い紹介文を終えたいと思います。  

ぼくを生かすためにかかったコストは何億ドルにもなるはずだ。ばかな植物学者ひとりを救うために、なんでそこまで?
うん、オーケイ。ぼくはその答えを知っている。一部はぼくが象徴しているもののためだろうーー進歩、科学、そしてぼくらが何世紀も前から描いてきた惑星間宇宙の未来。だが、ほんとうのところは、人間はだれでも互いに助け合うのが基本であり、本能だからだと思う。そうは思えないときもあるかもしれないが、それが真実なのだ。
ハイカーが山で遭難したら、捜索隊が組織される。列車事故が起きたら、献血する人の行列ができる。地震で都市が崩壊したら、世界中の人が緊急救援物資を送る。これは深く人間性に根ざしたものだから、どの文化圏でも例外なくおなじことが起こる。たしかになにがあろうと気にかけない大ばか野郎もいるが、そんなやつより、ちゃんと気にかける人間のほうが圧倒的に多い。だからこそ、何十億もの人がぼくの味方をしてくれたのだ。

想像絶する逆境にめげずに前を向く主人公に胸躍る:「火星の人」 
アンディー・ウィアー「火星の人」(上下巻、ハヤカワ文庫SF)

「希望の歴史」が解き明かすのは、 

人間はだれでも互いに助け合うのが基本であり、本能だからだと思う。そうは思えないときもあるかもしれないが、それが真実なのだ。 

の部分です。基本思想が「火星の人」とそっくり同じなのです。 

でも、これだけだったら禁を破ってノンフィクションを紹介しよう…とまでは思わなかったでしょう。 

ところが、続いて読んだフリーダ・マクファデンのミステリー小説「ハウスメイド2: 死を招く秘密」(ハヤカワ・ミステリ文庫)で、「希望の歴史」が取り上げた事例が出てきたのです! 

フリーダ・マクファデン「ハウスメイド2: 死を招く秘密」(ハヤカワ・ミステリ文庫)

これは本の神様が「希望の歴史」を紹介せよ、と言っているに違いない… 

そう思って書棚から取り出してきて紹介文にまとめた次第です(長くなるので2回に分けます。「ハウスメイド2」に関係する部分は2回目で紹介します) 

”暗い思想”の真偽を確かめる

単行本(上巻)のカバー扉の紹介文をそっくり引用しましょう。 

「人間の本質は善である」
ーーだからこそ人類は、危機を生き残れた。
にもかかわらず、現代の社会は性悪説で設計されているのは、なぜか。ホッブスの「万人の万人に対する闘争」、ダーウィンの「自然淘汰説」、ドーキンスの「利己的な遺伝子」、アダム・スミスの「ホモ・エコノミクス」。これらの”暗い思想”を裏付ける心理学や人類学の真偽を確かめるべく、著者は世界中を飛び回り、関係者に話を聞き、証拠を集め、意外な結論に辿り着く。

著者のルトガー・ブレグマンはオランダ出身の歴史家・ジャーナリストです。2020年に出版された「希望の歴史」は、単行本のカバー扉の著者欄を書き写すと、 

発売されるなり圧倒的な支持を集め、本国オランダで25万部のベストセラーを記録。世界46カ国で翻訳が決まる。ニューヨーカー誌やエコノミスト誌はじめ、欧米メディアから絶賛を浴びた。 

とあります。手元の単行本は2021年12月発行の3刷版なので、数字はさらに増えているでしょう。 

どんな内容なのか、ジャーナリストでもある著者が具体的な事例を挙げて「人間の本質は善である」と主張している章の見出し部分を抜き出します。 

本当の「蠅の王」(第2章) 

  • 少年たちの残虐さを描きノーベル文学賞に 
  • 実際に無人島に取り残された少年たちを探して 
  • 少年たちを助けた船長の証言 
  • 火を打ち、鶏舎、菜園、ジムもつくった 
  • 物語が持つ危険な側面 

「スタンフォード監獄実験」は本当か(第7章) 

  • スタンフォード大学の地下室にて 
  • 子どもを対立させたい実験者 
  • 「あの人たちは、子どものことを完全に誤解している」 
  • 操作されていた看守役たち 
  • BBCが再現実験を行うも 

「ミルグラムの電気ショック実験」は本当か(第8章) 

  • 「六五パーセントが感電死レベルの電圧を与えた」 
  • ”映像監督”ミルグラム 
  • それでもスイッチを押し続けた人をどう説明するか 
  • アイヒマン「悪の陳腐さ」は本当か 
  • ナチスからユダヤ人を守ったデンマークの奇跡 

キティの死(第9章) 

  • 「殺人を目撃した三七人は警察を呼ばなかった」 
  • 傍観者効果 
  • アムステルダムの運河で起きた救出劇 
  • 九〇パーセントの確率で、人は人を助ける 
  • ジャーナリズムによる歪曲 

本当の「蠅の王」

第2章の「蠅の王」は、ウィリアム・ゴールディングが1954年に発表した小説「蠅の王」のことです。ゴールディングは同書で1983年にノーベル文学賞を受賞しました。 

疎開する少年たちを乗せた飛行機が、南太平洋の無人島に不時着した。生き残った少年たちは、リーダーを選び、助けを待つことに決める。大人のいない島での暮らしは、当初は気ままで楽しく感じられた。しかし、なかなか来ない救援やのろしの管理をめぐり、次第に苛立ちが広がっていく。そして暗闇に潜むという〈獣〉に対する恐怖がつのるなか、ついに彼らは互いに牙をむいたーー 。

ウィリアム・ゴールディング「蠅の王」(ハヤカワepi文庫)

生き残った少年たちが大人に救出された後、少年たちは泣きじゃくります。「無垢の喪失を、人間の心の暗黒を」悲しみながらーー。 

ところが、「希望の歴史」は、1965年にトンガの高校生6人が釣りに出たボートが海流に流されて8日間漂流、流れ着いた無人島(アタ島)で15か月を過ごす、という「蠅の王」と同じシチュエーションの出来事が起きていたことを探り当てます。そして、少年たちを救出した船長や少年たちに取材した内容が第2章です。 

スティーヴン(彼は後にエンジニアになった)は、数え切れないほど失敗した後に、二本の棒を使って火を熾すことに成功した。フィクションの『蠅の王』の少年たちは火を消してしまったが、現実の『蠅の王』の少年たちは、一年以上、火が消えないように管理した。
少年たちは二チームに分かれて働くことにして、庭仕事、食事のしたく、見張りのための当番表を作った。
(略)
彼らの一日は歌と祈りで始まり、歌と祈りで終わった。コロという少年は、流木と半分に割ったココナッツの殻と、ぼろぼろになった自分たちの船から取って来た六本の銅線を使って、ギターを作り、それを弾いて仲間を励ました。

有名な心理学の実験

第7章の「スタンフォード監獄実験」も、第8章の「ミルグラムの電気ショック実験」も、心理学の授業でも取り上げられるほど有名な実験です。 

心理学者フィリップ・ジンバルドーの指導の下に、刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまうことを証明しようとした実験が行われた。
新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた心身ともに健康な21人の被験者の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせた。その結果、時間が経つに連れ、看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるということが証明された、とジンバルドーは主張した。

ウィキペディア- スタンフォード監獄実験

実験は大まかにいうと以下のようなものです。「体罰と学習効果の測定」で80名が被験者として参加し,隣室にいる生徒役の回答が間違うたびにより強い電気ショックを与えることを要求されます。もちろん,生徒役に電気は流れていないので苦しんでいるふりをしているだけです。うめき声がやがて絶叫となっても被験者は実験者が「大丈夫です」と言うのにこたえて強くし続けました。最終的に65%の参加者が命の危険がある450Vのショックを与えることになりました。ミルグラムはこの実験をさまざまな状況で行いましたが,61~66%の範囲の人たちが致死の電気ショックを与えたということがわかっています。

日本心理学会 – ミルグラムの電気ショック実験

「希望の歴史」は、ジンバルドーやミルグラムの実験に様々な「作為」があったことを解き明かします。 

囚人を数字で呼ぶ、サングラスをかける、サディスティックなゲームをさせるといった設定は、看守たちが考案したのではなかった。彼らはそうするように命じられていたのだ。 

「スタンフォード監獄実験」は本当か 

ミルグラムの台本の通りに動こうとしない被験者は、強いプレッシャーをかけられた。実験助手を務めた灰色の実験着をまとった男ーージョン・ウィリアムズという名の生物学教師ーーは、被験者により高い電圧のスイッチを押させるために、八回も九回もそうするよう求めた。ある四六歳の女性と口論になったことさえあった。彼女が電気ショック発生器のスイッチを切ったからだ。彼は再びスイッチを入れ、実験を続けるよう命じた。 

「ミルグラムの電気ショック実験」は本当か 

いかがですか。ノンフィクションなのに、定説と思われていたものが次々に崩れていく過程は、下手な小説を読むよりも面白く、知的刺激に満ち溢れています。 

次回は「ハウスメイド2」と関連する部分ーーキティの死を取り上げます。 

(しみずのぼる) 

90パーセントの確率で、人は人を助ける:「希望の歴史」 
ふたたびルトガー・ブレグマンの「希望の歴史」(原題:Humankind: A Hopeful History 上下巻、文芸春秋刊)を取り上げます。心理学の授業で…
hintnomori.com

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