『ブランクスペース』で注目を集めた漫画家・熊倉献氏の最新短編集『少し長めの一瞬』を紹介します。東京創元社の文芸誌に連載された本作は、SFやファンタジーの要素を含みつつも、身近な生活のすぐ隣にある不思議を描いた作品です。本記事では、収録された全16編の中から注目のエピソードを取り上げ、作品の持つ魅力や温かな世界観を解説します。
〈PR〉
目次
暮らしと隣り合わせのワンダーを描く|熊倉献の最新短編集
熊倉献(くまくらこん)さんは、『ブランクスペース』(ヒーローズ刊)が「このマンガがすごい!2022」のオンナ編で第6位に選ばれ注目を集めたという女性漫画家です。
ある雨の日、女子高生の狛江ショーコは、同級生の片桐スイが不思議な力を持っていることを知る。
ふたりの出逢いをきっかけに、やがてひとつの街を巻き込んだ『空白』をめぐる物語が動き出す―――。『ブランクスペース』(全3巻、ヒーローズ刊) 『ブランクスペース補遺』(ヒーローズ刊)
わたしは『少し長めの一瞬』を読み、とてもよかったので『ブランクスペース』全3巻と『ブランクスペース補遺』(ヒーローズ刊)を続けて読み、すっかり熊倉さんのファンになりました!(というより、ただの「にわかファン」だと打ち明けているわけですが…)
東京創元社による『少し長めの一瞬』の紹介文をそのまま引用します。
切り絵世界で“ばらばら”に入り乱れた人間関係の顛末、雪山に踏み込んだ人の足跡を消して道に迷わせるものと過ごしたある冬の想い出、正体を隠して社会に溶け込みながら嵐の夜に出かけていく鵺たちの記録、火車と生活を共にした死ぬまでの444日間、気が強いせいで離ればなれになった二人のそれから──。彼・彼女らは少し長めの一瞬の中で、何度も別れ、何度でも出会い直す。『ブランクスペース』で注目を集める気鋭による、暮らしと隣り合わせのワンダーを描いた待望の最新短編集!
熊倉献『少し長めの一瞬』(東京創元社刊)
全部で16の短編が入っています。すべて内容的にはバラバラですが、そのなかで共通するのは、東京創元社の紹介文にある、「暮らしと隣り合わせのワンダー」だろうと思います。
奇妙な日常と「普通」の愛おしさを描く「いさなとり」
例えば、巻頭の「いさなとり」なら、中学3年生の健太に向かって、立派な角の生えた鹿が食卓で「健太は将来何になりたいんだ?」と訊ねるコマがポンと出てきます。その食卓には、ミイラが座り、頭が白菜のような母親が食事を手に立ち、窓の向こうの海にはクジラがいます。
ひとつのものを追いかけるうちに、その対象物になってしまうーーそれがハンターの宿命…そしてうちは代々ハンターの家系だ
鹿撃ちから鹿の姿となった父親が説明するコマにあわせて、ミイラ取りがミイラ(祖母)に、山菜採りから山菜(母)に転じたコマが挿入されます。ちなみに、クジラは祖父です。
鹿の父に進路を聞かれ、健太は「わかんない…まだ…」と答え、父に「何も浮かばないってことはないだろう」と促され、「ふ 普通に暮らしたい…」とつぶやく。
次のページは居酒屋で若い女性と向き合う(すこし大人になった)健太のコマ。
女性:ねぇ 私のどこが良かったの?
健太:優しいし 可愛いよ
女性:健太くんはいつもそう言ってくれるけど…でも私…普通じゃん
健太:普通ってものすごく良い言葉なのにどうしてそんな顔してるの?
そんな会話を挟んで、健太が「ずっと…普通にあこがれてたんだ」と続ける。
普通の生活だって財宝やミイラと同じ…
めちゃくちゃ頑張って色んなものと戦わないと
手に入らないって分かったから
女性がジョッキ片手に笑顔を見せる。
女性:ほんと変わってるね 健太くん
健太:あー…変かな…
女性:…ううん 普通かも
「普通」って、とても価値のあることなんだなと思える、そんなストーリーで心の芯のところが温かくなりますが、最後のページがさらに笑いを誘ってくれます。醤油に手を伸ばす健太の手を女性がいきなり掴んで、こんなセリフで終わります。
女性:なんでポテトサラダにしょう油かけようとしてるの……?
健太:え??普通かけるんじゃなかったっけ…?しょう油…
女性:かけないよ!
健太:ええ…!?じゃあ味は…?
女性:マヨの味がついてるじゃん!健太:うわ~~マジかぁーー全然知らなかった…やっぱりおかしいんだうちの家族…
女性:まあ…どんな家にも変なところはあるよ…
健太:ほんっとにどうかしてんだようちの家族!じいちゃんなんか鯨だし!
女性:えー何それ?アハハハ
「暮らしと隣り合わせのワンダー」ですよね!
漢字で語る理想の家!ユーモア広がる「口口口口口」
「口口口口口」もクスリと笑えます。
図書館でばったり再会したふたりの男女。女性は専門学校の受験のため、男性は大学受験のため。ふたりは「早く働いて家出たい」「俺も」と言葉をかわし、漢字が書かれた手元のノートをもとに、理想の家の話になっていきます。
男性が指さした漢字は「口」ーー「小さめでシンプルな形の家に最低限の物だけ置いて生活したいな」
女性は「えー、つまんないよそんなの!」「私なら3部屋は欲しいな!」と続けてこう言います。
漢字で言うなら「目」とか…
いや「目」じゃないな
「首」!
男性が「首?なんで?」と訊ねると、女性は言います。
上の点々の間に土を入れてアロエ育てる
今度は男性の番です。
…じゃあ俺は「口」じゃなくて「只」
上の四角いとこに住んで
下のスペース 駐車場にする
女性は「もっとワクワクするとこに住みたい!」と言って
「点」とか 下のとこに車輪つけて「動く家」にする!
ふたりの理想の家探しは、
「組」(3階建てで巨大なクリスマスツリー付き!)
「日」(地味!)
「曰」(ほぼ同じじゃん!!)
「傀儡の儡」(部屋数多すぎない?)
と弾んでいき、女性が「そうだ! じゃあコレでどう!?」と言って、「ビャンビャン麺」の「ビャン」と叫ぶ!
「𰻞」
男性が「生活スペースがねえよ!!面白いから言ってみただけだろソレ!」と言っていますが、いつの間にか、ふたりで一緒に過ごす家の話になっています。
時を超えて巡り合うふたり!表題作の描く温かな人生
どの短編も味わい深くて捨てがたいのですが、やはり最後は表題作「少し長めの一瞬」を紹介しましょう。
最初のコマは、通り過がりの若い男女がお互いに振り返り、ビビビッと来ている場面です。ふたりで喫茶店に入り、
男性:…まさかまた出会うなんて…
女性:どうして…いつもすぐ分かるんだろ
運命の出会い…ってやつですかね。ページをめくると、ふたりは過去の出会いを振り返ります。
男性:一番最初は…なんだろ グニャグニャした生き物のときか
女性:そうだね…あの頃はまだああいう生物しかいなかった男性:その次はカンブリア紀か
女性:うん覚えてる
男性:俺がアノマロカリスで
女性:私はピカイアだった
男性:出会った瞬間すぐ気付いたよ
女性:私も
男性:でも食欲に負けちゃって
女性:大盛りのナポリタン食べながら言われると説得力があるね…男性:でも…そっちが俺のこと踏みつぶした時あったでしょ!
女性:ああ…ジュラ紀のときか あの頃小さな生き物とか卵とか踏むのが楽しくてさ!好奇心に負けちゃった
いつも食欲がまさる男性と好奇心がまさる女性が、過去の出会いの場面をひとつひとつ振り返り、
男性:…どうしていつも出会った瞬間に終わっちゃうんだろ
女性:なんでかな…一瞬しか一緒にいられない運命なのかなあ
と言葉をかわし、こう続けます。
男性:今回はどれくらい一緒にいられるんだろ
女性:…………試してみる?
そして、次のページ。若かったふたりはお年寄りになり、男性はもう寝たきりの状態です。介護する女性がつぶやきます。
なんか今回も一瞬だった気がする
ジーンと来ませんか? そして老夫婦が笑いながら、自分たちの人生を振り返る……
今回もずっと食欲のカタマリでしたねぇ
そっちこそ好奇心のカタマリだったじゃないかまたきっと会えるから 一瞬かもしれないけど…
そうだね… また少し長めの一瞬だといいなあ
普通のひとたちが、一緒に家庭をもって、一緒に人生を過ごしてお年寄りになるーー。
そんな何気ない「暮らし」と隣り合わせの「ワンダー」がぎっしり詰まっています。ぜひ多くの人に手に取ってほしい素敵な作品集です。
(しみずのぼる)
〈PR〉




