楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』|日本統治下の台湾を舞台にした美食と友情?の絆

楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』|日本統治下の台湾を舞台にした美食と友情?の絆

2026年国際ブッカー賞を受賞した台湾人作家、楊双子氏の『台湾漫遊鉄道のふたり』(中央公論新社)。戦前日本の統治下にある台湾を訪れた日本人女性作家が、台湾人の女性通訳にいざなわれて美食の旅を重ねるものの、通訳の謎めいた表情に気づき、彼女の心の奥底を知ろうとするが……というストーリー。読者の胸を揺さぶる切なくも深い物語の魅力を紹介します。(2026.9.1) 

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2026年国際ブッカー賞受賞!注目の台湾人作家・楊双子とは

楊双子(よう・ふたご)氏は1984年生まれ。日本統治下時代の台湾を舞台にした百合小説を次々と発表しているそうです。「楊双子」はその名のとおり双子の姉妹ーー姉の楊若暉、妹の楊若慈の共同ペンネームでしたが、2015年に妹の楊若慈が30歳の若さで病死。以来、姉の楊若暉がこのペンネームで創作活動を続けているのだそうです。 

本書は台湾の原題が『臺灣漫遊録』で2020年に出版、邦訳版は2023年に中央公論新社から出され、英語版(『Taiwan Travelogue』)は2024年に全米図書賞を受賞、そして2026年にブッカー賞を受賞しました。 

ブッカー賞(The Booker Prize)とは、1968年にイギリスで創設された文学賞で、世界で最も権威ある文学賞の一つです。選考対象となるのは、英語で書かれ、その年に出版された最も優れた長編小説に与えられます。 

PR TIMES(2026年5月20日) – 『台湾漫遊鉄道のふたり』が2026年国際ブッカー賞を受賞! 

欧米諸国の読者にも高く評価される「普遍性」を持つ小説ですが、明るく豪快で、食べることを無上の喜びとする主人公・青山千鶴子の視点で語られるため、すんなりと物語世界に没入できます。 

昭和十三年、台湾へ!食に貪欲な作家・千鶴子の冒険が始まる

時は昭和十三年。青山千鶴子は、自伝的小説「青春記」がヒット、映画化もされたものの、実家ではうるさく見合いを迫られ、小説の取材を理由に結婚から逃げている女性。台湾総督府と現地の婦人団体から台湾での講演旅行に招かれ、渡りに船とばかり台湾に向かった。 

食べることに目がない千鶴子は、到着するなり商店街に直行。果物屋台で「なんだかとげとげした果物」(=パイナップル)を買ったところ、果物屋台の少年から話しかけられた。 

「×、×、×、×、×、×?」
「ごめんなさい、台湾の言葉はわからないのよ。いったい何が言いたいのかしら」
「×××××××××」
「ああ、『包装しますか?』って訊いていたのね」
「ぼく、包装代は十銭で足りるかしら?」
「×、××××××? ××××××?」
「これはー、包ー装ー代ーよ!」

言葉が通じずに四苦八苦していたところへ「何かお困りですか?」と声をかけられた。振り向くと小柄で、笑うと両側にえくぼができる少女がいた。 

「その子は『包装代はいらないので、どうぞお金をおしまいください』って言ってますよ」 

この少女が、のちに千鶴子の通訳を務めることになる王千鶴だった。 

「天使なの?」通訳・王千鶴との出会いと深まる食への情熱

千鶴子は、招待状を出した婦人団体が用意する日本食や、日本風にアレンジした台湾料理を好まなかった。そのため、通訳の千鶴に台湾の人たちが食べる食べ物を食べたいと頼んだ。 

「ーーあの、私、『鹹蜆仔』が食べてみたいんですけど」
「『鹹蜆仔』ですか? あれは朝に市場に行かないと買えないのです。明日でもいいでしょうか?」
「じゃ、じゃあ、愛玉、粉粿、粉圓、それに青葉茶は? 午後でも買えるかしら?」

口癖が「この辺に何か美味しいものはあるかしらねぇ?」というだけあり、食への追求の熱量は相当なものがあります。が、王千鶴は千鶴子の要求をことごとく叶えてしまうのです。千鶴子は叫びます。 

「ああああ、あなたはもしかして天使なの?」 

そして、王千鶴が作る料理、案内してくれるお店の料理への感動を何度も繰り返し、千鶴子は千鶴にこう言います。 

「私、千鶴さんと友達になりたい」 

このあと、千鶴が差別的な扱いをされ、千鶴子が憤慨する場面でも、千鶴子は「お友達」という言葉を使います。 

「千鶴ちゃん」
私はひと言ひと言を区切りながら言った。
「私は、あなただから、気にかけているのよ」
千鶴は笑わなかった。
私は笑った。
「あなたという本島人のお友達のことが気になるから、本島のことをなるべくたくさん知ろうと努力している、そう言えば理解してもらえるかしら? 私は、あなたと本当のお友達になりたいと心から思っているの」

縦貫鉄道の旅と「能面」の謎|心を開きかけたふたりの変化

千鶴子は、千鶴と連れ立って台湾の各地を「台湾縦貫鉄道」に乗って旅をしながら、千鶴のことを徐々に知っていきます。 

由緒ある家柄ながら妾家の出身であること、父と姉の計らいで年の離れた内地人と結婚を控えていること、日本語だけでなく英語フランス語も話せること……。 

しかし、千鶴のことを知れば知るほど、千鶴の謎めいた表情にも気づきます。 

千鶴に「友達になりたい」と言ったとき、千鶴は承諾も拒絶もしなかった。じっと私を見た後、微笑んで「わかりました」と言っただけだ。
「能面」。あるいは「小面(こおもて)」。
能楽で使われる、若くて美しい女性の面。
あの時の千鶴の微笑みは、喩えるならばそれに似ていた。

そんな謎めいた千鶴の表情に、ゆっくりとですが、変化が現れます。例えば、千鶴子が千鶴の将来の夢をあてる場面ーー。 

「わかった! 千鶴ちゃんの夢はプロの翻訳家になることでしょう? 小説の翻訳家!」
ほの暗い灯りの下で、千鶴がにっこりと微笑んだ。
一分の隙もない能面の上で、その瞳だけが、今まで見たことのない輝きを放っていた。

あるいは、袋詰めのお菓子の値段をクイズする場面。ひとつひとつのお菓子の値段を言って、「いま千鶴ちゃんにあげた袋のお菓子は、合計でいくらでしょう?」 

「二円」
「ざーんねーん!」
「え?」
「はずれでーーす!」
「そんなはずがありません。間違っていませんよ」
「だってね、これは私から千鶴ちゃんへのプレゼントなの。だから、答えは『タダ』でした!」
向かいの席で、千鶴がうろたえた。
上下に瞬く長いまつげが、とても可愛い。
私が見つめるうち、千鶴の美しい能面が、氷が解けるようにゆっくりと消えてゆき、あきれたような、でも温かい表情に変わっていった。

「盲点」とは何か?友情の先にある歴史の壁と旅の終着点

あけすけに「友達になりたい」と迫る千鶴子と、次第に心の中を見せ始める千鶴。 

千鶴が本島人であることで、嫌でも目にすることになる差別的な扱いに憤慨する千鶴子の姿から、ふたりの友情物語なのかな…と思いますが、物語の中盤から暗雲が立ち込めてきます。 

千鶴子が千鶴に和服をプレゼントする場面で、千鶴がふたたび能面に戻ってしまいます。 

「千鶴ちゃんは、気づいている? 自分が仮面をつけているって」
「……仮面、ですか?」
「今のあなたは、仮面をつけているじゃないの。知り合って間もないころ、千鶴ちゃんは私に本心を見せないようにしていた。それは仕方ないわ。私は遠くからやって来たよく知らない人だから。それから少し経って、千鶴ちゃんは私に自分の気持ちを見せてくれるようになった。ーーようやく仮面を外して、私に心を開いてくれたんだと思ったわ。だからどうして……。どうして今また、千鶴ちゃんが仮面をつけてしまったのか、私にはわからないわ」

戸惑う千鶴子をみて、千鶴は”ヒント”を授けます。 

「私が仮面をつけているというのはーーもしかしたらそうなのかもしれません。青山さんは本当に観察力が鋭いですね。でも前にも言った通り、和服を嫌ってはいませんよ」
「じゃあ……」
「根本的な問題は、和服が好きか嫌いかということではないのですよ。でも、私にははっきりと説明はできません。青山さんは優しくて勘のいい人ですけれど、でもご自身ではお気づきになれない盲点があります。ただ、それだけのことです」
「も、盲点って、いったい何のこと?」
「はっきり言わせていただくと、それが盲点だからこそ、私が説明したとしても、ご自身に理解していただくのは難しいのです。申し訳ありませんが、私はそう判断しています」

この場面が本書の中ほどを超えたあたりです。 

ですから後半は、千鶴の謎かけは何を意味するのか、そのことに千鶴子が気づけるか……というふうに、俄然ミステリー的な要素が絡んできます。 

作者が「百合」ものを得意としているので、「友達では満足できない」って謎かけかな?と思わせながら、実はもっともっと深い内容です。 

本書のカバー扉にこう書いてあります。 

国家の争い、女性への抑圧、植民地をめぐる立場の差。あらゆる壁に阻まれ、近づいては離れるふたりの旅の終点はーー。 

「ふたりの旅の終点」は、ぜひ本書を手に取ってお確かめください。 

台湾美食の魅力と映像化への期待|ドラマ企画も進行中の話題作

本記事では千鶴子と千鶴の関係性を中心に紹介しましたが、各章のタイトルが食べ物(瓜の種、米粉の太うどん、黄麻の葉のスープ、刺身、肉のうま煮…)ですから、ふんだんに台湾の食べ物が登場します。 

先ほど記事で紹介した「鹹蜆仔」も、日本風に直すと「台湾風シジミの醤油漬け」です。 

読めない漢字も頻繁に出てきますが、千鶴子がものすごく美味しそうに食べる表現が出てくるので、読んでいる方も食欲をそそられる文章です。 

ウィキペディアによると「日本・台湾共同制作によりドラマ化企画が進行しており、2027年度完成を見込んでいる」そうです。 

グルメもので、鉄道小説で、ふたりの女性の友情?小説でもある『台湾漫遊鉄道のふたり』なら、きっとドラマも面白いものになりそうです。今から楽しみです。 

(しみずのぼる) 

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