岩井俊二監督の名作映画『スワロウテイル』が4Kリマスター化され、劇場公開を迎えます。「円」が圧倒的に強かった時代の日本とそこに生きる移民たちを描いた本作は、現代の円安や社会情勢の中でどのように受け止められるのでしょうか。映画のあらすじや音楽の魅力、時代背景とともに考察します。(2026.8.24)
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目次
『スワロウテイル』のあらすじとイェンタウンの世界
『スワロウテイル』は登場人物の一人、アゲハの印象的な英語のモノローグから始まります。
むかしむかし”円”が世界で一番強かった頃
その街は移民たちであふれ
まるでいつかのゴールドラッシュのようだった円を目当てに円を掘りに来る街
そんなこの街をこう呼んだ
”円都”(イェンタウン)でも日本人はこの名前を忌み嫌い
自分たちの街をそう呼ぶ移民たちを
”円盗”(イェンタウン)と呼んで蔑んだちょっとややこしいけどイェンタウンというのは
この街とこの街に群がる異邦人のことがんばって円を稼いで祖国に帰れば大金持ち
夢みたいな話だけど
何しろここは円の楽園…イェンタウンそしてこれは
イェンタウンに棲むイェンタウンたちの物語
主な登場人物は”円盗”たちです。
上海出身のフェイホン(三上博史)、娼婦のグリコ(CHARA)、そして死んだ娼婦の子供でグリコが引き取ったアゲハ(伊藤歩)。彼らは青空市場でガラクタを売って糊口をしのぐ身だった。
そんな日常が、グリコが客で暴力団組員の須藤を死なせてしまい、遺体を墓地に遺棄した際、須藤の腹部から謎のカセットテープが出てきたことで一変する。カセットデッキに掛ければ「マイ・ウェイ」が流れるそのテープには、1万円札の磁気データが隠されていた。
フェイホンは磁気データで大量の偽札を作って大金を手にし、それを元手にライブハウス「YEN TOWN CLUB」を開業した。グリコをボーカルに据えたYEN TOWN BANDは大人気を博し、グリコは歌手としてメジャーデビューするが、「マイ・ウェイ」のカセットテープを探す上海移民の愚連隊「円盗流氓」たちに命を狙われることに……
あらすじを追えば、おおよそ上記のようなストーリーですが、日本語と英語と中国語が飛び交うため、どこか日本から離れた無国籍風の不思議な世界観の映画になっています。
予告編をご覧ください。
CHARAと小林武史が生み出した名曲と音楽の魅力
『スワロウテイル』は、主人公のひとりグリコを演じるのがCHARAですし、CHARAがボーカルを務めるYEN TOWN BANDの演奏シーンも出てくるので、音楽が重要な要素を占めているのは間違いありません。
特に劇中でYEN TOWN BANDが演奏する「マイ・ウェイ」のシーンは鳥肌ものです(YEN TOWN BANDのCDにも入っていますが別物です)
当然ですが、このシーンをYouTubeに挙げている人もいます。
そしてエンドロールで流れるのが、名曲「Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜」
音楽監督はMy Little Loverの小林武史氏で、『スワロウテイル』のサントラ盤も捨て曲なしです。
「Theme of Yen Town」「Gold Rush」「Heart of HIO」あたりは是非聴いてほしい曲です。
4Kリマスター版上映にあたり、小林武史氏の音楽監督への起用について、岩井俊二氏はこう述べています。
自分の中でこういうサウンドを追い求めていて、日本で誰に頼んだらいいんだろうと全く頭に浮かんでいないとき、たまたま車を運転していたらMy Little Loverの曲が流れてきて。このサウンド感がまさにそれなんだけどって思って、調べたら小林さんじゃないかと(笑)。それでオファーさせていただきました。
WEBザテレビジョン – 岩井俊二監督、公開30周年『スワロウテイル』“4Kリマスター化”に苦心「この作品は本当にいろいろ無茶をやっていて…」
どの曲だったのでしょうか。ちなみに、映画ではグリコの部屋でアゲハが須藤に襲われるシーンで、My Little Loverの「YES ~free flower~」が流れるので、この曲かもしれませんね…
異邦人の目線から描かれた傲慢な日本人と社会像
日本語と英語と中国語が飛び交う無国籍風の雰囲気が漂う『スワロウテイル』ですが、映画で描かれる日本人は、とても傲慢な印象を抱かせます。
例えば、偽札を使っているところを見られて警察にフェイホンが捕まり、刑事が「ボスの名前を言え」と言って何度も机にフェイホンの頭を打ち付ける場面が出てきます。
イェンタウンは金か? 金があれば吐くのか?
言えよ イェンタウン!
すると、殴られて床に転がる痣だらけのフェイホンが、中国語で何かを口にします。中国人の通訳は、見るに堪えない暴力に対する怒りを込めて、日本語に訳します。
イェンタウンはお前たちのふるさとの名前だろ!
金に浮かれて傲慢になった日本人を、異邦人の目線で描いた映画とも言えます。
バブル経済で浮かれる日本人…「円安」の令和にどう映る?
『スワロウテイル』の公開は1996年ですが、岩井氏が最初にシナリオを仕上げたのは1993年。『打ち上げ花火、下から見るか横から見るか』を製作し終えた頃だそうです。
その頃の日本は、まだバブル経済の余韻が色濃く残っていて、どこか浮かれた感じだったように思います。
日本は世界第2の経済大国で、1位のアメリカより日本の方が優れている…という言説が繰り返された時代です。ソニーの盛田昭夫氏と石原慎太郎氏の共著『NOと言える日本』(1989年)がベストセラーになり、アメリカもソ連の”次の仮想敵”として日本を意識し(ヤング・リポート=1985年)、『ジュラシック・パーク』が大ベストセラーになったマイクル・クライトンの次作が経済的にアメリカの競争相手となった日本を題材にした『ライジング・サン』(1992年)だったり……。
しかし、バブル経済崩壊の影響が深刻化し、1997年には山一證券破綻などの金融システム危機が出来。銀行の貸し剥がしによる相次ぐ倒産とリストラの嵐で、「失われた30年」と呼ばれる冬の時代に突入します。
世界第2の経済大国だった地位は、この30年で中国に抜かれ、ドイツに抜かれ、つい最近インドにも抜かれて現在は第5位です。岩井俊二氏が製作当時は1ドル90円ぐらいだったとインタビューで言っていますから、円の価値もずいぶんと安くなり、逆に円安で日本を訪れる外国人が多くなっているのですから、皮肉と言えば皮肉です。
『スワロウテイル』が描いた「“円”が世界で一番強かった頃」は、まさに「むかしむかし」のお話と言えましょう。そのかつての経済大国・日本に押し寄せた移民を主人公に据えた本作を、いまの時代にどんなふうに受け止められるか、興味がつきません。
(しみずのぼる)
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