生き生きとした山内練に会える!柴田よしき「花咲探偵」シリーズの魅力

生き生きとした山内練に会える!柴田よしき「花咲探偵」シリーズの魅力

柴田よしき氏がミステリー小説の世界で創り上げた独創的なキャラクター「悪魔のように頭が切れる」男娼上がりのヤクザ、山内練。彼が生き生きとした場面が見たいなら、柴田氏の「花咲慎一郎」シリーズをお勧めします。第3作目の『シーセッド・ヒーセッド』を中心に、山内練や彼の秘書・長谷川環の登場シーンを紹介します。 (2026.8.19)

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『初雪 海は灰色 第一部』における山内練への違和感

山内練のことは何度も記事にしています。春日組若頭の山内練は、柴田氏の『聖母の深き淵』(角川文庫)が初登場で、周囲にこう言わしめるような存在です。 

「暴力団の頂点に立てる男であれば他の世界でもきっと頂点に立てるんです。帝王の資質というのは、どんな場合、どんなジャンルにおいても同じものなんですよ。もし今が戦国の世なら、山内君はきっと天下人になれた」(春日組顧問弁護士の高安晴臣) 

「若はいずれこの国の影のドンになる。俺はそれをこの目で眺めていたいんだ……出来ればこのまま、若のそばで」(元捜査二課刑事で、山内練の運転手兼ボディガードの斎藤雅美) 

悪魔的な魅力の山内練、始動!柴田よしき『聖母の深き淵』を紐解く 

ところが、山内練が久々に登場する柴田氏の最新作『初雪 海は灰色 第一部』(角川書店)を読んで、 

あ~、麻生龍太郎シリーズの山内練はいつも”恋する乙女”チックで、好きになれないな… 

と思ったのです。

例えば、麻生が新潟の温泉街で元妻を捜していると、そこに山内練が押しかける場面が出てきます。 

「おまえ」
麻生は言葉を出そうとしたがそれだけやっと絞り出した。
「来ちゃった」
練が、へらへらと笑いながらそこに立っていた。

まったく!「来ちゃった」って、裏社会の帝王のセリフじゃないでしょ! 

麻生シリーズ第3作目の『私立探偵・麻生龍太郎』(角川文庫)で描かれる山内練もそうですが、恋人にすがるかのような姿が目につきます。 

『フォー・ユア・プレジャー』で描かれる凄みと遊び心

これに対して、山内練が生き生きとした姿で描かれているのが、元刑事で保育園園長兼私立探偵・花咲慎一郎が主人公の「花咲探偵」シリーズです。

第2作『フォー・ユア・プレジャー』(講談社文庫)を紹介した記事から(すこし長いですが)再掲しましょう。 

「問題なのは、どうやって稲葉の連中を納得させるかだ。園長、あんたには説明してやるがな、稲葉と話をまとめるのに何年もかかったんだぞ。それがこの一件でパーだ。……明日の朝には誰か引き渡さないといかん。松崎を殺った犯人としてな」

はじめは「実はわたし、まだ仕事中です」「あなたにお返しする金を稼がないとならないもんで」と低姿勢だった花咲も、暴力団幹部殺害の実行犯として差し出されると聞いて「冗談じゃない!」と叫んだ。

「山内」
俺はそいつのことを、知り合って初めて呼び捨てにした。
山内の顔つきが変化した。だがそれは、俺が予測していた変化とは違っていた。怒ったわけでもなければ驚いたわけでもなく、また、馬鹿にしたという顔でもない。何と言えばいいのか……強いて言うなら、それは、喜びに近い表情だ。

「松崎を殺した真犯人を探し出して、警察に突き出せばいい」
ああ。
俺はおのれの馬鹿さ加減を呪った。俺がそう言ったとたんに、山内の顔に浮かんだ摩訶不思議な笑み。山内は初めからそのつもりだったのだ。

「すごいぞ、園長」
山内は長い腕を伸ばして俺の肩を抱いた。いかにも親しげに。
「そいつは名案だ。なるほど、松崎を殺した真犯人が警察に逮捕されれば、俺への濡れ衣も晴れる。稲葉の連中も気が収まる。よし、じゃあそれをさっそくやってくれるか、園長、いや、私立探偵花咲さん」

山内が与えた時間は24時間。それまでに犯人を割り出せなければ、代わりに斎藤が死ぬと伝えた。解放された花咲が自分の車に戻ると、

助手席に見慣れないものがあるのに気づいた。文庫本だ。太宰治の『走れメロス』。
クソッ!

花咲慎一郎が駆ける!柴田よしき『フォー・ユア・プレジャー』解説 

こういう遊び心があるところが山内練の魅力なのに、麻生を前にすると、まるで乙女のようなセリフばかり出てくるところが、どうにも気に入りません。ということで、ここ数日「花咲探偵」シリーズを再読してしまいました。 

『シーセッド・ヒーセッド』が描く山内練の隠し子騒動

第3作目の『シーセッド・ヒーセッド』(講談社文庫)を紹介しましょう。同書は連作短編集ですが、所収の3つの短編に共通するのが、山内練に子供ができた!というストーリーです。 

探偵業務中の花咲慎一郎は街中で山内練から「なあ、ちょっとおまえに相談、あるんだけど」と声をかけられ、いやいやホテルに連れていかれます。 

「入れよ」
山内が俺を促した。俺は、部屋の中に入ってソファに浅く腰掛けた。そして、目の前にあるものを見て、今度こそ仰天した。

赤ん坊!
ベビーキャリーと呼ばれる、赤ん坊を入れて寝かせたまま持ち歩くケースが向かい側のソファの上に置かれ、その中に、まだ見たところ生後二ヵ月かそこらにしかならない赤ん坊がすやすやと眠っている。

「あ、あの」
俺は山内の顔を見た。山内はなんとも妙な表情で頷いた。
「俺の子だそうだ」
げっ。
「昨日、俺のマンションの部屋の前に置いてあった」
げげっ。

山内は女が残したカードを花咲に渡した。そこには「あなたのものですから、あなたに返します。わたしを捜しても無駄です」と書かれていた。 

赤ん坊とカードを山内の部屋の前に残したのは、山内が代表の「イースト興業」傘下のデートクラブの女だった。「カードローンがかさんで借金が払えなくなったバカOLだ」 

山内の依頼は「母親を見つけ出してガキを返せ」というものだった。 

新宿二丁目の片隅に佇む無認可保育園の園長にして、ハイリスクな依頼も拒まない探偵が副業のハナちゃんこと、花咲慎一郎。元締めから回されてきたストーカー被害の依頼人は一見まともに見えたのだが……。園児たちの笑顔のため、優しすぎる一匹狼が新宿を駆ける。ストーリーテラーが紡ぐ人気シリーズ第3弾。


『シーセッド・ヒーセッド』(講談社文庫)

自らの「王国」と後継者を巡る花咲慎一郎との対峙

花咲は母親を見つけ出し、女が起こした破天荒な赤ん坊置き去りの背後に潜む”事件”も無事解決します。 

ところが、しばらくして山内は何を思ったか、親子鑑定をしろと花咲に再依頼をしてきます。 

「あのガキの細胞を少し、取って来てくれりゃいいんだ。髪の毛でもなんでも」
「さ、細胞って……」
「DNA鑑定は俺のコネでやらせる。あんたはサンプルを持って来てくれりゃいいんだ。簡単だろ?」

再依頼されて数日してから、花咲は、山内が末期がんで余命いくばくもないという噂が流れていると耳にする。花咲はアポなしで山内の自宅に乗り込み、山内の依頼を「お断りさせていただきます」と伝えた。 

山内は不機嫌になり、「何が気に入らねえのか、それを早く言え」とうなった。 

「わたしは……あの無垢な赤ん坊が、あなたの王国を継ぐ運命に落ちる手助けをしたくないんです」
「俺の、王国。ふぅん……あんたには見えるのか、そんなものが」
「誰にだって見えますよ。あなたはこの新宿に、あなたの王国を築きつつある。あなたの金で、あなたが買い叩いたいろんなガラクタを積み上げて、あなたは……後継者が欲しくなったんだ。だからあの赤ん坊が自分の子なのかどうか、知りたくなった」

その「手助けをしたくない」理由を山内が問うと、花咲はこう言った。 

「あなたの……王国は、崩壊すべきものだと考えているからです。そして自分の意志とは無関係に、あなたの後継者にされてしまうとしたら、あの子は決して幸せにはなれないだろうと思うからです」

「それは、つまり、俺は消えた方がいい、ってことか。この世に生まれて来た痕跡は何ひとつ残さず、綺麗さっぱりと消えた方がいい人間だ、そういうことか」
山内の声に怒りはなかった。ただ淡々と、静かにそう言った。

花咲は「そうじゃない」と否定した。が、こうも付け加えた。 

「……もしあの子があなたの血を受け継いでいたとして、あなたがそれを認めたとする。あの子は金持ちになるかも知れない。だけど同時に……指定暴力団の幹部だった父親を持っていたという、あの子の新しい人生が始まってしまうんです。あなたは、そのことに責任がとれるんですか? ずっとずっと生きていかなくちゃならない人間に対して、どうやって責任をとるんですか?」

俺はもう一度、顔をあげた。山内の表情は変わっていない。怒ってもいなければ、笑っても、悲しんでもいなかった。

「どうせ遺すなら……あの子があなたの子だったとしても、あの子に、潔く堅気になった父親の思い出を遺してやってくれませんか」

熱く語る花咲慎一郎もカッコよければ、淡々と受け止める山内練もカッコいいです。 

個人秘書・長谷川環が登場!微笑ましい世話好きの一面

なお、シリーズ第3作『シーセッド・ヒーセッド』で、山内の子供とされた赤ん坊を花咲が運営する保育園「にこにこ園」に届けるのは、名作『聖なる黒夜』(上下巻、角川文庫)で初登場する山内の個人秘書、長谷川環です。 

長谷川環は、性転換手術の上に全身に整形手術を施す元・銀座のトップホステスで、頭の良さを買われて山内の個人秘書となった人物。『聖なる黒夜』では、息を吐くように嘘をふりまいて麻生の捜査を翻弄させる役柄です。 

シリーズ第4作目『ソング・フォー・ユー』(講談社文庫)では、にこにこ園のそばで捨て子を見つけた花咲が母親を捜すことに、長谷川環が協力する場面が出てきます。 

「お話はだいたい、呑み込めましたわ。ま、そういうことなら、できることはしましょ。でも、別にあたし、あなたの浪花節につきあうつもりはありませんわよ。ただ、あなたにこっそり協力するのってなかなかスリルがあって楽しそうだから」
「スリル、ですか」
「そう、スリル。だってこういうの、うちの社長、大っ嫌いだもの、絶対。あたしね、最近、社長が嫌がることをするのが快感なのよ。あいつを怒らせて怒鳴りまくるのを見てると、胸がすっとするの」

長谷川環が情報を仕入れて、にこにこ園にドーナツ持参で立ち寄る場面も出てきます。そのついでに、山内について「あの人も今、恋愛に煮詰まっちゃってさ、ストレスたまりまくってるみたいだから」と言い、花咲に麻生龍太郎のことをほのめかします。 

「あいつにも弱みってのはあるのよ。ああやだ、こんなことあなたにチクッたって知れたら、あたし、拷問されるわ、まじで。でも面白いからチクッちゃう。その恋人ってのがこれまた、園長をもっと鈍感にしたみたいなでくのぼうなの。元刑事でさ、今はあなたの同業者よ」
「……まさか、保育園を経営してるんですか」
「つまらないボケかまさないで。元刑事の保育園経営者なんて、そんなにいっぱいいてたまるもんですか。私立探偵よ、探偵」

新宿にある無認可保育園の園長・ハナちゃんこと花咲慎一郎の副業は探偵である。十五年前に二回会ったきりの男性を探したり、逃げたインコを見つけて欲しいなど、一筋縄ではいかない依頼を受ける花咲の目の前に、箱に入れられた赤ん坊が――。弱き者をほうっておけない優しき探偵を描く人気シリーズ第4弾。


『ソング・フォー・ユー』(講談社文庫)

柴田作品の登場人物の「その後」が読める醍醐味

シリーズ第5作『ドント・ストップ・ザ・ダンス』(講談社文庫)では、長谷川環がこう言います。 

環は、クスクス笑った。
「あんたって天才かも。それとも、社長を通じてアソー菌に感染したのかな」
「なんですか、アソー菌って」
「やたらとまぐれ当たりを連発するようになる病気。ぼそぼそと適当に動きまわってるのに、なんでか真実に到達しちゃって自分で驚いている間抜けな刑事とか探偵が感染するばい菌よ」

長谷川環の麻生龍太郎評は、なかなか正鵠を射ているように思います… 

「にこにこ園」園長兼探偵・花咲慎一郎。彼の携帯に調査依頼が入った。洋菓子店『若草』の職人・内野の身辺調査をしてほしいと。一方、にこにこ園で大事件が起こる。並木浩太郎の父親が路上で襲われ意識不明となったのだ。父子家庭の浩太郎のため、花咲は母親の久美の居場所を探す。さらに『若草』の内野には恐るべき過去があった。一人待つ少年のために、花ちゃんは今日も走る! 大人気<保育士探偵・花咲>シリーズ、第5弾!


『ドント・ストップ・ザ・ダンス』(講談社文庫)

もし、『聖なる黒夜』を読んで、山内練や長谷川環の「その後」を知りたいと思ったら、ぜひ花咲慎一郎シリーズを手に取ることをお勧めします。 

引用した部分を読んでもわかるとおり、生き生きと楽しそうな山内練や長谷川環に出会えますよ! 

(しみずのぼる)

📖あわせて読みたい:花咲慎一郎探偵シリーズを紹介した過去記事はこちら👉 

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