澤村伊智氏のホラー小説「比嘉姉妹」シリーズで、ホラー度No.1と言われる『ししりばの家』。幽霊が出ると噂される家に足を踏み入れた小学生を襲う怪異と、その家に新しく移り住んだ家族の異変が交錯する幽霊屋敷譚です。最強の霊媒師・比嘉琴子の原点であり、シリーズ最新作とも深くつながる重要作の魅力を紐解きます。(2026.8.8)
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目次
比嘉姉妹シリーズの刊行順と作品の位置づけ
「比嘉姉妹」シリーズは、澤村伊智氏が2015年に刊行したデビュー作『ぼぎわんが、来る』以来、氏が書き続けているホラー小説の一群です。
『ぼぎわんが、来る』で怪異を収める長女・比嘉琴子、シリーズ2作目『すうのめ人形』で怪異に見舞われる三女・真琴が主要な登場人物のため、「比嘉姉妹」シリーズと呼ばれています。
出版順に記すと、次のようになります。
- ぼぎわんが、来る(長編) 2015年10月=2018年2月に文庫化
- ずうのめ人形(長編) 2016年7月=2018年7月に文庫化
- ししりばの家(長編) 2017年6月=2020年1月に文庫化
- などらきの首(短編集) 2018年10月
- ぜんしゅの跫(短編集) 2021年1月
- ばくうどの悪夢(長編) 2022年11月=2025年10月に文庫化
- さえづちの眼(中編集) 2023年3月
- すみせごの贄(短編集) 2024年3月
- ざんどぅまの影(長編) 2026年5月
- ととはり屋敷(短編集) 2026年5月
今年5月に相次いで出版された長編『ざんどぅまの影』と短編集『ととはり屋敷』を含め、合計10冊に及びます。
きょう紹介する『ししりばの家』は、シリーズ3作目となります。
以前に紹介したシリーズ2作目『ずうのめ人形』の記事から、Amazonのページに載る『ぜんしゅの跫』までの5冊の特徴を表した宣伝画像を再掲します。

『ししりばの家』は、ホラー度が突出して高く、「震えあがるNo.1」と書かれています。確かに相当怖い幽霊屋敷譚であることは間違いありません。
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小学生を襲った旧橋口邸の怪異とトラウマ
あの家について考えるとき、最初に頭に浮かぶ景色はいつも同じだ。
昼休み、小学校の三年一組の教室、
僕は窓際に立っていた。夏の風が黄ばんだカーテンを揺らしていた。
「じゃあ、今日遊びに行っていい?」
席に座っている同級生の橋口拓人に、僕はそう訊いた。
『ししりばの家』はこんな書き出しで始まります。
僕ーー五十嵐哲也は三年一組の学級委員長だった。担任から、陰気で友達がいない比嘉琴子と仲良くしてやってくれ、と頼まれていた。その流れで橋口邸に一緒に行くことを誘ったが、五十嵐と琴子は橋口邸で拓人の死んだ妹の幽霊をそろって目撃した。
橋口が突然学校に来なくなったのは二学期の終わり頃だった。一家で夜逃げしたらしい、とクラスメイトから聞いた。
翌年の春くらいからだろうか。学校でこんな噂が立った。
あの家には幽霊が出るらしい。
入ったら呪われて頭がおかしくなるらしい。
五十嵐や琴子が小学四年生の夏休み、旧橋口邸に「入ってみようぜ」と言い出したのは同級生の純と功だった。怖いと言い出せず、五十嵐も琴子もついて行かざるを得ない状況となった。
家に入ってしばらくすると、二階から砂が降ってきた。功が「帰ろう。これはマズい」と言うが、純はかまわず二階に上がっていった。
琴子が激しく震え出した。功が「な、なに?」と訊くと、琴子は「……聞こえないの?」と逆に訊ねるが、純は嘲るように「ただのビビりか」と言い捨て、砂を踏みしめて進んだ。
最初におかしくなったのは功だった。「うっ」と口を押さえると激しく嘔吐した。次に純が意味不明の言葉をしゃべり出した。
次におかしくなるのは自分の番だと覚悟した時、琴子が「……だめ」「やめ、て」と囁いた。そこで意識を失った。
純は二学期が始まっても学校に来なくなり、六年の時に引っ越していった。功は誰とも話さなくなり、中学一年生の時に交通事故で亡くなった。
そして僕ーー五十嵐哲也も人と話せなくなり、受験も就職も失敗し、三十歳を過ぎても家に引きこもる日々となった……。
新居で不気味な砂に侵食される平岩邸の恐怖
『ししりばの家』のうち、五十嵐哲也の視点で語られるパートのみ詳述しましたが、物語の主軸は、旧橋口邸に新しく住むようになった平岩夫妻の家を訪れる果歩のパートです。
『ししりばの家』あらすじ
夫の転勤先の東京で、幼馴染の平岩と再会した果歩。しかし招かれた平岩家は不気味な砂が散る家だった。怪異の存在を訴える果歩に異常はないと断言する平岩。おかしいのはこの家か、それとも、わたしか――?『ししりばの家』(角川ホラー文庫)
果歩のパートと五十嵐のパートが交互に続き、大人になった五十嵐のもとへ、霊媒師として活躍するようになった比嘉琴子が姿を現します。
「わたしがもっと早くあの家に立ち向かっていれば、五十嵐くんは苦しまなくて済んだ」
「もっと早く手を付けていれば、吉永くんも死なずに済んだかもしれない」
「わたしがこうなってからすぐ対処していれば相馬くんだって死ななかったかも」
こうして琴子は五十嵐とともに、平岩邸(旧橋口邸)を支配する怪異の源「ししりば」に立ち向かうーーという展開となっていきます。
比嘉琴子の悲劇的な家族の過去と霊媒師の原点
『ししりばの家』には、小学四年生の時に旧橋口邸で怪異に見舞われたことが、琴子が霊媒師として活動するきっかけとなり、同時に家族を次々に失う悲劇の引き金となった経緯が出てきます。
平岩邸(旧橋口邸)に単身乗り込むと宣言する琴子と、「一緒に行く」と言う五十嵐の会話です。
「わたしは大丈夫」
わざとらしいほど堂々と言い切る・
「ここからは専門家に任せてほしい。それにーー五十嵐くんにはお母さんがいるでしょう? 何かあったらお母さんが悲しむ」
「それは比嘉さんだって」
僕は部屋を歩き回っていた。畳を鳴らしながら、
「ご両親も、あと下のきょうだいも。よ、四人」
旧橋口邸で怪異に見舞われた小学四年当時、妹が二人、弟が二人と五十嵐に説明しています。その後、弟が一人、妹が一人生まれたため、琴子が「最終的に六人よ」と言い、五十嵐が「だったらなおさら」と言葉をかぶせると、琴子が衝撃的な言葉を発します。
「そのうち五人は死んでる。両親も」
琴子はきょうだいのうち、真琴以外の妹、弟をすべて失っていた!
このうち、琴子のすぐ下の妹で、真琴の姉にあたる美晴が中学三年生で亡くなるのは「ずうのめ人形」に関わったためです。 琴子はこう続けます。
「あの家に行ってから」
暗い低い声がした。
「現実を見るようになった、って言ったの覚えてる?」「力を有効に使おうと思うようになったの。怯えたりとか怖がったりする暇があったら前向きに活用しようと。すぐに今の仕事を始めた。家計の足しにするためにね。うちは貧しかったから」
「途中までは上手く行った。食事や服に困ることはなくなったし、仕事自体も軌道に乗った。教室で話した時はまさにその最中だった。でも」
「そのうちみんなおかしくなった」
「妹も弟も両親もわたしの真似をするようになった。両親はお金目当てで。きょうだいはそうねーーわたしが鬱陶しかったんだと思う。だから対抗というか反抗というか、何度も止めるように言ったのに聞かなくて、それで」
「危険な化け物や悪霊に関わって死んだの、次々に」
比嘉琴子が霊媒師として自身の力を自覚するきっかけとなった出来事が、旧橋口邸の怪異だったのです。
その意味で、『ししりばの家』は「比嘉姉妹」シリーズの原点とも言える作品です。
最新作『ととはり屋敷』へ繋がる伏線と再読の魅力
ただし、『ずうのめ人形』で凄惨な最期を遂げる美晴以外の弟や妹について、『ししりばの家』では名前も明かされていませんし、どういう「化け物や悪霊」に殺されたのかも言及がありません。
そんな琴子の弟や妹たちを襲う怪異と彼らの最期がひとつひとつ描かれるのが、今年5月に発売されたばかりの短編集『ととはり屋敷』(角川ホラー文庫)です。
『ととはり屋敷』あらすじ
最強の霊能者・比嘉琴子には6人の弟妹がいた。だが、生き残ったのは真琴だけ。弟の双子・龍也と虎太を襲ったキャンプ場の惨劇、その下の弟の肇が挑んだ少年野球チームの怪、末子の栞が命がけで対峙した凶悪な獣。住人不在となった比嘉家は、いつしか呪われた家として話題を集めていた。家に現れる「ととはり」という文字列と、人を襲う化け物の正体とは――。家族の歴史を紐解く、比嘉姉妹シリーズの前日譚となる短編集!『ととはり屋敷』(角川ホラー文庫)
そして、琴子の祖母・勝子の活躍と、琴子の両親が若かった時に街を襲った怪異と出来事を描いたのが『ざんどぅまの影』(KADOKAWA)です。
『ざんどぅまの影』あらすじ
1981年、神奈川県Q区。沖縄からの移住者が暮らす街で新生活を始めた篤は、ある夜、「びしゃっ」という水の音と共に、全身ずぶ濡れの人影を目撃する。その日を境に、Q区の住民が次々と“自宅で海水に溺れ死ぬ”という異様な死を遂げていく。街が疑心暗鬼に包まれ、自警団が結成される中、篤は“おばぁ”と呼ばれる比嘉勝子のもとを訪ねる――。『ざんどぅまの影』(KADOKAWA)
正直に種明かしをすると、シリーズ最新作の『ざんどぅまの影』を読み、続いて『ととはり屋敷』を読んだところ、『ととはり屋敷』の表題作に琴子の小学生時代の同級生・五十嵐が登場するため、五十嵐が登場する『ししりばの家』を再読したーーという順番で読みました。
比嘉姉妹シリーズの最新刊に手を出せば、ほぼ確実に「五十嵐って誰だっけ?」と思うはずで、わたしのように過去の作品を調べて『ししりばの家』を読もう…と思い立つはずです。
そうであるなら、『ししりばの家』について先に紹介したほうが親切だろう…と思った次第です。
『ととはり屋敷』と『ざんどぅまの影』については、別記事で書きたいと思います。
(しみずのぼる)
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