明治末期、心霊が《視える》苦学生の斎木啓吾と、《視えない》ものの怪異に情熱を注ぐ子爵の息子・連翹寺正周。対照的な二人が、世に残る不可解な事件や霊の思いを解き明かしていく連作短編集、永井紗耶子氏の最新刊『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』の魅力を紹介します。直木賞受賞作『木挽町のあだ討ち』にも通じる人情味溢れるドラマと、物語の背景にある謎に迫ります。(2026.8.3)
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目次
構想の原点|『日本霊異記』から生まれた明治浪漫譚
本書を手に取ったきっかけは、永井紗耶子氏が「作家デビュー前から構想していた作品」と語るインタビュー記事を読んだからでした。
「私は大学院で奈良〜平安時代に書かれた『日本霊異記(にほんりょういき)』という日本の最古の、仏教の教えに基づいた説話集の研究をやっていたんです。そこには、死者の霊が恩に報いた、反対に、罪人が罰を受けた、といった因果応報を説く実話怪談みたいなものもあって。これを別の時代で書き換えてみたら…と考えていきました」
anan web – 凸凹コンビが救うのは、怪異に隠された、“誰かを思う”気持ち小説『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』

へえ~、面白そう…
そう思って電子書籍で購入してイッキ読み。直木賞&山本周五郎賞受賞作『木挽町のあだ討ち』にも通じる、人情味溢れる短編が揃う小説でした。
第二話「祈り猫」|切ない親子の絆と不思議な出会い
『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』は五つの短編とエピローグから構成されていますが、きょうは第二話の「祈り猫」を紹介します。
主人公の斎木啓吾(さいき・けいご)は、東京帝大に通う苦学生。叔父の家に身を寄せる母妹の負担を軽くしようと、新聞社のアルバイトをしながら格安の下宿に住んでいたが、幕末の江戸開城直後の上野戦争で亡くなった霊に憑かれて髑髏を下宿に持ち帰ってしまった(第一話 ロマン髑髏)ため、不本意ながら、心霊研究に夢中な子爵の次男坊・連翹寺正周(れんぎょうじ・まさちか)の世話する寄宿舎に身を寄せることに。
「祈り猫」は、啓吾が務める新聞社に「祈り猫がいる」という情報が寄せられたところから始まります。
情報を寄せたのは下町のやんちゃ坊主といった風情の子どもたちだった。
「近くの古寺で、いっつもお祈りしている猫がいるんです。みんなで祈り猫って呼んでいます」
「他の野良猫とは違います。顔を撫でているんじゃなくて、こうやって、前足をあわせているんです」
子供たちに連れられて古寺に行ってみると、すぐに猫を見つけた。
三毛猫は廃寺の本堂に向かい、深く頭を下げて礼拝するように伏せる。次いで背筋をついと伸ばして、招き猫のような体勢になると、前足を器用に合わせた。確かに顔を撫でるのとは違う。肉球をぴたりと合わせて、じっと目を閉じているのだ。これは、子どもでなくとも「祈っている」と思うだろう。
子どもたちを帰し、一人残って手帳に猫の様子を描いていると、「まあ、上手だこと」という声が聞こえた。驚いて顔を上げると、色町の女といった様子の女が手帳を覗き込んでいた。そして、こう続けた。「祈ったら、届くんだねえ……神仏ってのはいるもんだ」
「ちょいと、こっちを向いておくれよ」
ぐっと胸元を掴まれて女の方を向くと、思わず女と目が合った。その瞬間、あ、しまった、と、気づいた。
女の目は金色で、糸のように黒目が細い。
これは、猫の目だ。
女は視線を離さないまま、「一つ、頼み事があるんだよ」と言った。
啓吾は慌てて逃げ出して寄宿先に帰ったが、そこに子爵の次男坊・正周が猫を抱えて入ってきた。
猫は女中たちに代わる代わる抱かれながら、真っ直ぐ啓吾を見つめて、にゃあんと鳴く。
「お、啓吾君に話があるらしい」
正周に猫を預けられた啓吾は、部屋に戻るなり猫に訊ねた。「狙いは何だ」
その瞬間、啓吾の意識は遠のき、猫に憑依した女ーー吉原から見受けされて一人息子・太一と生き別れとなったお峰の過去を知ることになる。
吉原の火事と失われた過去|吉原を逃れた太一の行方
吉原の妓楼で火事があり、お峰と引き離されて吉原に残った太一は行方知れずとなっていた。お峰が火事跡をさまよっていると、遊女のひとりが小さな声でささやいた。
「太一ちゃんは生きてるよ」
峰は目を見開いて、小雪を見やる。小雪は、しっと唇に人差し指を立てた。
「おっかさんに知れると厄介だから」
更に声を潜めて囁く。
「皐月(さつき)が、連れて逃げたんだ」
「皐月って……禿(かむろ)の皐月かい」
皐月は女衒が連れてきた子どもだった。気が強く、本当の名前も名乗らず、しかし太一の面倒をよく見ていた。お峰が見受けされて太一を置いていくことになった時も、皐月はお峰に「太一ちゃんは、私が守る」と言っていた。
火事のどさくさに皐月は太一を連れて吉原から姿を消したが、それは吉原では御法度の足抜けだった。
しばらくしてお峰のもとへ「太一無事 浜町 多聞寺」と書いた付文が届いた。しかし、旦那はお峰が多聞寺に行くことを許さなかった。
会話する猫と事件の真相|啓吾と正周が動き出す理由
意識が戻った啓吾は猫に訊ねた。
「お前さんに会ったあの廃寺が多聞寺だったのか」
猫は、にゃん、と鳴く。
「お前さんの望みとやらは、太一を捜そうって話だろう。今は幾つになる」
猫は、ついと啓吾の傍らに寄り、膝にトン、トン、と手を置く。それが七回繰り返された。
「七つ……いなくなったのは、幾つの時だ」
今度は、五回叩く。
その様子を正周にすべて見られた。「何ということだ。君は、猫と話せるのか」
しつこく事情を正周から聞かれるので、啓吾もついに観念した。
「この猫に、憑いているんですよ」
「ついている……というのは」
「女です。亡くなった元花魁で、何処ぞのお妾だったとか。源氏名は白峰太夫、お峰さんです」
正周はいたく感動し、猫に向かって言った。「安心なさい、お峰さん。私は顔が広いし、この啓吾君は存外、面倒見がいい。当面はここで暮らしておられよ」
こうして啓吾と正周は太一と皐月の行方を捜すことになります。
人情と伏線が交錯する結末|物語は待望の第2弾へ
『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』は、各話とも、霊が《視える》啓吾と、《視えない》ものの勘働きが冴える正周の凸凹コンビが、霊の持ち込む願いごとを探り当て、解決するというストーリーです。
お峰が太一と再会するシーンを紹介しましょう。
太一は多聞寺の住職の世話で、子を亡くした夫婦に貰われていた。
「もし、太一君かい」
正周が進み出る。太一は名を呼ばれて振り返り、怪訝そうに眉を寄せた。啓吾は手にしていた籐の籠を下ろすと、猫はするりと外へ出た。
「祈り猫だ。無事だったんだね」
太一はそれに駆け寄って抱き寄せる。猫のお峰は捜していた我が子に会えて、感極まっているのか固まったままでいる。
お峰が猫から抜け出て、眠る太一に触ろうとするも、触れることはできず、するりと抜けていく。
「太一が、この猫を想って泣いて捜してくれた。それだけで私は十分に報われた。唯一、心残りは……いつか、この子を皐月に会わせてやって欲しい。そして、皐月にありがとうと、伝えて欲しい」
峰の影は啓吾に向かって深々と頭を下げる。
「この通り……」
こんな経緯から「第三話 笑う写真」と「第五話 生きていた令嬢」は、行方をくらました皐月が絡む物語となっていきます。
説明はされていませんが、表紙は手前から正周、祈り猫を頭に乗せる啓吾、そして奥の後姿は元・禿の皐月でしょう。
永井紗耶子『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』(双葉社)
先述の永井紗耶子氏のインタビュー記事に、次のように書いてあります。
人情物でありながら、第二話で焼け死んだと思われていた禿(かむろ)をめぐる大きな伏線が、サスペンスとして残されて本書は終わる。今冬刊行予定の第2弾が待ち遠しい。
ふたたび啓吾と正周、そして皐月と会えるのは何とも嬉しいですね!
今冬刊行の第2弾を楽しむためにも、ぜひ『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』を手に取ってみてください。
(しみずのぼる)
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