閉鎖的な村で繰り返される怪異の謎に迫る民俗ホラー小説、櫛木理宇氏の『鬼門の村』をご紹介します。社会民俗学教授のもとで、ラジオ番組に寄せられた怪談話から特定の村に関するエピソードを収集する奇妙なアルバイトを始めた大学生の主人公。リスナーが寄せた怪談話の数々から、一切の災厄を免れていると伝えられる”神の村”をめぐる恐ろしい謎が徐々に解き明かされていく、秀逸なホラーミステリーです。(2026.7.13)
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目次
櫛木理宇氏の経歴と本作を手に取ったきっかけ
著者の櫛木理宇氏は
1972年新潟県生まれ。2012年『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞。同年、『赤と白』で第25回小説すばる新人賞を受賞する。24年刊行の『死蝋の匣』で第27回大藪春彦賞候補。著書に『執着者』、〈ホーンテッド・キャンパス〉シリーズ、〈依存症〉シリーズ、『死刑にいたる病』『ふたり腐れ』『七月の鋭利な破片』『悲鳴』などがある。
という方です。わたしは恥ずかしながら、今年3月に発売されたばかりの『鬼門の村』(東京創元社)がはじめての櫛木作品でした。
どこまでも絶望的で、どこにも逃げ場のない最恐最悪の〝村ホラー〟。
――朝宮運河氏
という推薦文をみたのがきっかけです。
三津田信三氏の”村ホラー”系(例えば『のぞきめ』)が好きなので、こう書かれると読んでみたくなった次第です。
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破格の条件と奇妙なルールで始まる不穏なアルバイト
主人公の友部清玄(きよはる)は大学生で、社会民俗学の教授、嘉形(かがた)左之助の募集したアルバイトを行うことになった。
嘉形はラジオ番組のパーソナリティーも務め、特に「うしとらの村」という、リスナーから寄せられた不思議な体験や怪談話を紹介するコーナーが人気を集めていた。
日給2万8000円という破格な条件のアルバイトは、R県の丑土(うしど)村で過去に一家惨殺事件の起きた屋敷に住みながら、「うしとらの村」に寄せられたリスナーの体験談から、丑土村に関係ありそうな怪談をピックアップしてほしい…という内容だった。
アルバイトの内容も奇妙なら、屋敷に滞在中の条件も奇妙だった。教授はこう言い添えた。
「ひとつ約束してほしいんだが、土地の水はけっして飲まないでほしい」
「井戸水はもちろん、水道水も避けてミネラルウォーターを常飲してくれ。煮炊きしたものでも食べないで」
もう、このあたりで読者は古事記の「黄泉戸喫」(よもつへぐい)を想像することでしょう。
伊邪那美命(いざなみのみこと)が死に、彼女を追って黄泉の国に行った伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が、伊邪那美命から「来るのが遅かった。わたしはもう死者の国の食物を口にした」と嘆かれる話です。
つまり、読者はかなり早い段階から、嘉形教授のアルバイトそのものがきわめて異様であり、嘉形教授は主人公の清玄に本当は何をさせたいのか、それは単純に丑土村に関係する怪談話を拾い集めることが目的ではないだろうな…と想像しながら読み進めることになります。
報告メールで語られる怪談:隣人カップルの悲劇的な結末
嘉形教授が清玄にさせようとしていることが本書の主軸の謎であるとするなら、清玄が嘉形教授に送る毎日の報告メールで読者も知ることになる丑土村にまつわる怪異の数々は、主軸の謎を解き明かす鍵となるものです。
リスナーが体験する不思議な体験や怪談話ですから、実話系怪談がところどころに挿入されている構造です。しかも、そのひとつひとつが結構な怖さです。
清玄が屋敷に着いた初日に報告した2つの体験談を紹介しましょう。最初の1通はこういう書き出しです。
わたしが二十歳のときの体験談です。
怖い話というか、わけのわからない不思議な話、と言ったほうが正確かもしれません。当時付き合っていた彼氏のアパートで起こったことです。
彼氏のアパートは壁が薄く、隣の部屋の声がよく聞こえた。そのお隣のカップルが深夜に喧嘩を始めた。そのうちに女性は「あたしは悪くない、悪くない」と繰り返し、男のほうは「ごめんなさい、ごめんなさい」「もうしません」と謝り続けている。
その二週間後、お隣の部屋が全国ニュースになりました。
彼女さんの遺体が、お風呂場で見つかったせいです。彼女さんは裸で、絞め殺されていました。
お隣さんは行方不明になりました。
部屋に残された食料品やゴミからして、お隣さんは彼女さんの遺体と三日ほど過ごしたあと、失踪したみたいです。
報告メールで語られる怪談:神の村で石を持ち帰った恐怖
2通目はメール受付フォームに届いたもので、
”神の村”と呼ばれる村をご存じですか?
という書き出しで、一切の災厄を免れていると伝えられる村にある「尾久塚(おくつか)神社」に就職活動中の男女4人でお詣りに行った際の体験談です。
神社の宮司から「神域から、なんも持っていくなよ」と警告されていたにもかかわらず、直径二十センチほどの平たい石を宿まで持ち帰ってしまい、怪異に見舞われるーー。
時刻はわかりません。とにかく真っ暗で、真夜中でした。
布団の上でB子が踊っていました。
ひどくでたらめな動きでした。手足をばらばらに振って、体を変な方向にねじって、かと思えば、急に飛び上がって。足が畳や布団に着くたびに、足音じゃなく、くしゃっという音がしました。妙な音でした。うまく言えませんが、紙風船を踏んだような音、というのが近いかもしれません。とにかく、くしゃっ、くしゃっ、と聞こえました。
A男とC男は、壁ぎわにいました。
きちんと正座して背すじを伸ばし、手を膝の上に置いていました。彼らのちょうど真ん中に、あの石が置いてありました。
ーーくしゃっ、くしゃっ。
二人の前で、B子は飛びあがり、跳ねていました。
石にひとり触れなかったメールの筆者は、その後の顛末も記していた。
夏休みが明けて、半月ほど経った頃のことです。
B子が死にました。というか、遺体で見つかりました。
場所は、A男のアパートの浴室です。B子は絞め殺され、裸で浴槽に横たえられていました。
A男は失踪しました。
2つの怪談の繋がりから浮き彫りになる丑土村の謎
清玄は、この2つの体験談を嘉形教授に報告したメールで、次のように続けた。
一通目の”お隣さん”は二通目の”A男”。そして一通目の”彼女さん”は、二通目の”B子”で間違いないかと思われます。
この事件が実在するかどうか、当方で調べてみました。
結果、二〇〇七年に発生した《小葛女子大生殺人事件》がヒットしました。そして二通目に出てくる”神の村”とは、この丑土村ではないでしょうか。
根拠は、文中に出てくる神社です。
ぼくが現在住まわせてもらっているこの家から、徒歩約二分のところにある神社が《尾久塚神社》だからです。
こんなふうにリスナーの体験談を通じて、清玄(と読者)は丑土村をめぐる怪異の詳細を知ることとなり、ひいては嘉形教授の不思議なアルバイトの意図の謎解きに繋がっていきます。
終盤に判明する『音』の正体と本作のホラー的な魅力
冒頭紹介した朝宮運河氏の推薦文と並んで、こんな推薦文があります。
読み終えたはずなのに、頭の中でとある〝音〟が一向に鳴りやみません。
――紙上健吾氏(けんご@小説紹介)
先ほど紹介したリスナーの体験談の2通目に出てくる
くしゃっ
のことです。この音が何を表すのか、本書の最終盤で明かされますが、音の正体に慄然とします。
実話系怪談のような怖い怪談話がお好きな方はもちろん、ホラー小説でも謎解きに力点を置いた作品がお好きな方にも、きっと満足いただける小説です。
(しみずのぼる)
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