『されど修羅ゆく君は』が描く13歳少女の成長と探偵ミステリーの魅力

『されど修羅ゆく君は』が描く13歳少女の成長と探偵ミステリーの魅力

映画化で再び脚光を浴びる打海文三氏の「アーバンリサーチ」シリーズ。きょうは第1作『時には懺悔を』に続く第2作『されど修羅ゆく君は』を紹介します。13歳の不登校の少女・姫子が、風変わりな探偵たちと共に殺人事件の真相へと迫る本作。シリーズの他作品を読んでいなくても楽しめる、独立した傑作ミステリーの読みどころを解説します。(2026.7.7)

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『時には懺悔を』未読でも楽しめる完全独立のストーリー

『時には懺悔を』は30年以上前に出版された探偵ミステリーですが、今回の映画化を機に角川文庫から表紙も装い新たに再刊されました。 

打海文三氏の「アーバンリサーチ」シリーズは『時には懺悔を』が第1作で、第2作にあたるのが、1996年に徳間書店から出版された『されど修羅ゆく君は』です。 

もっとも、『時には懺悔を』の主人公・佐竹(映画では西島秀俊さん)も、その相棒の聡子(映画では満島ひかりさん)も『されど…』には登場しません(厳密に言うと佐竹はちょっと顔を出しますが、端役も端役という扱いです) 

映画『時には懺悔を』で役所広司さんが演じるアーバンリサーチの部長・寺西は出てきますが、こちらも扱いとしては端役です。 

代わりに中心人物に据えられるのは、『時には懺悔を』では脇役扱いだった探偵事務所の元相談員・鈴木ウネ子です。 

13歳の少女・姫子と(おそらく60代の)ウネ子、それとアーバンリサーチが手配した探偵の野崎。この3人が、殺人・死体遺棄の嫌疑がかけられた元探偵の阪本が絡む事件の真相に迫っていく……というストーリーです。 

ですから『されど修羅ゆく者は』は、「アーバンリサーチ」シリーズであるのは間違いないのですが、『時には懺悔を』を読んでいなくてもまったく問題ない、完全に独立した読み物となっています。 

不登校の少女・姫子が山奥の小屋で目撃した「人間の死体」

戸川姫子は中学2年生で登校拒否中。自殺を思い立って山梨の山中にある以前の住まいに向かうと、若い男と遭遇した。 

「あなた、なにをしているの?」
「タラの芽をとっていたんだ」

男に昼飯を誘われ、道すがら姫子は男に質問した。阪本尚人、二十九歳、独身、求職中。阪本の菜園を覗くと、小さいハート型の葉がたくさんあった。阪本は「しゃくし菜」と説明した。 

食事を済ませると睡魔に襲われ、起きると阪本は外でトラクターの男と話し込んでいた。姫子は小屋を探検すると、小屋の北側に青いシートがあり、姫子はシートの中を覗いた。人間の死体にみえた。姫子は小屋から逃げ出した。 

元結婚詐欺師のウネ子と元刑事の野崎が動き出す事件の裏側

ここで場面が変わって、ウネ子が登場します。 

探偵事務所に雇われているヴェテランの相談員だ。六〇すぎの美しい銀色の髪をした元結婚詐欺師で、他人の戸籍を買い、いまは鈴木ウネ子と名乗っている。 

深夜のバーでウネ子が待ち合わせたのは、大手探偵社「アーバンリサーチ」が手配した探偵の野崎だった。 

「野崎?」たしか元刑事。
「そうだ」
「久しぶりね。飲もうよ」
「坂本尚人が行方不明だときいたが」
「それがあなたの人生とどんな関係があるの」
「あんたはーー」野崎はおっかない目をして辛抱強く説明する。「探偵仲間に電話をかけまくって阪本を探せと騒いだ。おれは寺西から電話をもらった。『ウネ子婆さんの子守をする気はないかい』とやつはいった」

野崎はウネ子になぜ阪本の行方を捜しているのか訊いた。ウネ子は今朝の新聞記事ーー渋谷の公園に若い女性の全裸死体が発見され、その身元が南志保というグラフィックデザイナーであることを報じた内容を説明し、「阪本はその志保という女と同棲してたのよ」と続けた。 

しかもウネ子は、渋谷の公園で死体が発見される数時間前、阪本から電話を受けていた。 

「どこからかけてきた」
「志保の部屋にいるといった」
「なにしてる」
「わからない」
「新聞報道では死後一日か二日だ。やつが電話をかけてきた時刻に、女はすでに死んでたってことだ」

読者は、姫子が目撃したのが志保の死体であり、公園に遺棄したのは阪本に間違いないだろうと想像しつつも、阪本が志保を殺した犯人なのか? でもそれなら死体をみた姫子はなぜ無事なのか? そんな疑問を抱きながらページを進めることになります。 

少女が供えた花と地面に残された植物の芽が繋ぐ新たな手がかり

姫子も、読者同様に大きな「?」を抱えています。 

死体を目撃した4日後、姫子の自宅を警察が訪ねてくるが、阪本と遭遇した際の様子や時間を訊ねるだけ。さらに阪本と会った日に見かけたトラクターの男からも声をかけられた。 

トラクター男は新田という名前で、「長寿トマト」というブランド野菜を生産・販売していた。新田が「阪本の友人」と名乗ったので、姫子は新田に「死体が見つかった場所」に一緒に行くことを提案した。 

野崎とウネ子も志保の死体の第一発見者に接触。そこで、花を供えていた少女の話を聞きつけた。 

「小さな白い花は、さっき女の子が置いていった」老人がいった。
「知り合いか?」野崎が軽く食らいつく。
「いや」老人は表情をなごませた。「わしも、その子がなぜ花を供えるのかと不思議に思って、知ってる人かときいたら、『それは、ヒ・ミ・ツ』だといったよ」
老人がおかしそうに笑い、ウネ子も笑った。

老人は少女が一緒にいた男に「ニッタさん」と声をかけていたことや、男のトラックが山梨ナンバーで「長寿トマト」と書いてあったことを覚えていた。そして、こう続けた。 

「彼らは犯人の手がかりをつかんで持ち帰ったよ」
「えーー」
「子どもの遊びだろ」
「なにを見つけたのか、きかせてください」
「ここらへんの」老人は杖の先で地面に円を描いた。「小石の間から三つか四つ、植物の芽が出ていた。女の子が『手がかりよ』と興奮して叫んだ。ただの草だろとわしがいったら、男が『野菜だ』といった。女の子は真剣そのものだった。ハンカチを水に濡らし、それに発芽したばかりの種を包んで、持ち帰った」

ウネ子と野崎は姫子の存在を知り、新田を割り出し、姫子にたどりつく。 

真犯人を指し示す鍵は死体に付着していた「野菜の種」

事件を解く鍵となるのは、姫子が「手がかり」と叫んだ野菜の芽です。 

ウネ子と野崎が姫子と新田に接触した場面を紹介しましょう。 

「ねえ姫子さん」ウネ子が一つ深呼吸していった。「あなたはどこまで知っているの?」
「刑事さんがきましたから、彼が疑われているのはわかっています」
「さっき、しゃくし菜じゃないかといったでしょ」
「ーーいったわ」
「ログハウスのまえの畑でしゃくし菜を見た。だから公園に落ちていた種は、しゃくし菜だと思ったわけね」
(略)
「あなたが育てている野菜は、阪本尚人が持っている種のどれとも合致しない」
姫子は新田を見た。新田が「そうなんだ」といった。
「種は死体といっしょに落ちたと考えられるのよ」ウネ子がいう。
「あたしもそう思います」姫子は、ウネ子が率直に話してくれるので好感を抱きはじめる。
「種は彼女の髪についていた。あるいは彼女を包んでいた袋とか毛布についていたのかもしれない。その点はまだ不明。で問題が一つある。種が彼のものではないとしたら、あの種はどこからきたのか」
「犯人よ」姫子は断定した。

こうして姫子とウネ子、野崎は阪本の行方を探すと同時に、阪本以外に存在する可能性が出て来た真犯人を探していくーー。 

謎解きだけではない魅力!少女の恋と成長を描く結末の余韻

『されど修羅ゆく君は』は、事件の全体像がなかなか判然とせず、探偵役(本書の場合は姫子、ウネ子、野崎)がパズルのピースを集め、読者も徐々にわかってくる…という探偵ミステリーの常道を踏むようなストーリー展開です。 

その意味で、障害児を持つ親の苦悩を描いた『時には懺悔を』とはやや趣が異なるかもしれません。 

むしろ、姫子の阪本への恋心やウネ子とも張り合うような表現も織り込まれ、姫子の成長物語的な色彩も垣間見えるのが本書の特色です。 

例えば、真犯人と阪本の決着もついた本書の最終盤、こんな場面が出てきます。 

「事件が終わったという意味なら、もうおわったのかもしれない」ウネ子がいった。
「あたしがききたいのはーー」姫子は言葉につまった。
「姫子の恋?」
「うん」
「あなたが決めること」
「そうね」
「一つおわったときには、べつのもう一つがはじまってたりするものよ」

そしてラスト。 

「また会いたい?」姫子は自信たっぷりにきいた。
野崎は一瞬、自分自身をいぶかしむような顔つきになった。
「おれがーー姫子に?」
「どうなの? 正直にいって」
恋を一つ失ったばかりだった。もちろん後ろめたさはあった。だが、たわむれているつもりは毛頭なかった。野崎の方には同意を強要されている意識があったかもしれない。それにしては、その声は真摯にひびいた。
「会いたい」野崎はいった。
姫子は破顔した。なんだか困惑気味に立っている野崎の背後に、帰ったはずのウネ子さんがいて、胸のまえで小さく手を振っていた。あら話をきいてたのね。姫子はにこやかに手を振り返した。するとウネ子がほんとうにうれしそうにいった。
「ねえ姫子、またあたしと、男を張り合うつもり?」

こんな素敵な終わり方が待っている探偵ミステリー小説です。 

19歳になった姫子と再会できる続編『愛と悔恨のカーニバル』

なお、打海氏の著作で19歳になった姫子が登場するのが、2003年に徳間書店から出版された『愛と悔恨のカーニバル』です。 

姫子が恋したのは破滅へと疾走する美しい男の子・翼。アーバン・リサーチの探偵・佐竹が翼を追う。浮上する連続猟奇殺人事件。耳を削がれた死体は何を物語るのか。残酷な恋とインモラルな性を清冽に描く。 

『愛と悔恨のカーニバル』(徳間文庫)

あらすじにある通り『時には懺悔を』の主人公・佐竹は登場しますし、聡子も出てきます。もちろんウネ子も。 

一途に阪本を追いかけた姫子が、今度もまた小学生の同級生で偶然再会した翼を追いかけますが、それだけでなく、姫子が凶暴な男から狙われる…というスリリングな展開が待っています。 

『されど修羅ゆく君は』を気に入ったら、ぜひ手に取ってほしい傑作ミステリーです。 

(しみずのぼる) 

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