映画化で話題『時には懺悔を』が描く、障害児をめぐる親の苦悩と真実

映画化で話題『時には懺悔を』が描く、障害児をめぐる親の苦悩と真実

2026年8月に映画公開を控える、打海文三氏のミステリー小説『時には懺悔を』(角川文庫)。本作は同僚の殺人事件を追う探偵が、9年前に起きた重度障害児の誘拐事件へとたどり着く物語です。前半は純然たるミステリーとして展開しつつ、後半は障害を持つ子供を授かった親の葛藤や苦悩が深く描かれます。本記事では、映画の最新情報とともに、今なお多くの人の心を揺さぶる本作のあらすじと見どころを解説します。(2026.6.26)

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探偵・佐竹が追う同僚殺害事件と残された1本のビデオテープ

『時には懺悔を』は1994年に出版された打海文三氏のミステリー小説です。角川文庫の著者来歴をみると、「(19)93年、『灰姫 鏡の国のスパイ』が第一三回横溝正史賞優秀作となる。翌年発表した『時には懺悔を』が各方面で絶賛される」と書いてあります。2007年に59歳で亡くなった打海氏の代表作と言っていいでしょう。 

主人公の佐竹は、ひとりで行動する私立探偵。かつて同じ探偵事務所で仕事をした米本が事務所で刺殺されている場面に遭遇、見習い助手として同行していた聡子に事務所内に残っていた契約書や領収証などをコピーさせ、そこから米本の行動をたどっていく。 

領収証から、米本が殺される2日前、茨城県土浦市のコーヒーショップで女性と会っていたことがわかった。依頼の前段階で面談した米原の元アシスタントのウネ子が会った女性の可能性が高かった。女性は身元を明かさず、佐竹はウネ子に印象を聞くと、ウネ子は「いい女」と答えた。 

「いい女といったのは、何かをかいくぐって来てる、という感じがしたから」
「かいくぐるって、何を?」
「怒り、哀しみ、自責、死への衝動、諸々」

米本のロッカーにはビデオテープが一本残されていた。テレビのニュース番組を映したものだった。東京・府中市で撮られたもので、米本はビデオ映像から子供の写真を作成していた。 

プリントした写真を、佐竹、聡子、ウネ子の3人で見た。 

子供の写真だった。赤ん坊ではない。幼児でもない。もう少し上の年齢のように思われた。では何歳かと自問して、佐竹は考え込んでしまった。
(略)
「もしかするとーー」ウネ子がいった。
「えっ」佐竹と聡子が同時にウネ子を見た。
「この子、障害児かもしれない」
ちょっとした沈黙ーー。
「脚」とウネ子がいった。
佐竹は子供の脚を見た。黒いコートの袖が子供の膝の裏当たりを支えている。
「この子の脚は膝が折れ曲がらないのよ。右膝が少し曲がっているけど、左膝は突っ張ったまま」

佐竹は高校時代の同級生・由紀と連絡をとり、写真を見せた。由紀の死んだ子供は脳性麻痺の障害児だった。 

「あーら、かわいいじゃない」無邪気な声をたてた。
「障害児だと思うのだがーー」
「そう言われればそうね」
(略)
「やっぱり顔が変ね、この子」由紀は相変わらずニコニコしながらいった。
障害の種類や程度によって、いろいろな表情の子がいるのだろう。
「からだのバランスもどこかおかしい」由紀が指摘した。「顔と頭が大きくて……胴がつまっていて……脚がすごく長く見える」

由紀は「水頭症かもしれない」と指摘した。佐竹は障害児を持つ親の行動パターンや府中の周辺ならどの養護学校や病院を利用するかを由紀から教わった。 

このように佐竹と聡子は少しずつ残されたピースを拾い集め、写真の男の子の名前は明野新で、二分脊椎症で両下肢機能全廃、水頭症も患っている重度の障害児であることや、父親の明野哲夫と市営住宅で赤貧の暮らしをしていることを探り当てます。 

容疑者の影と9年前の障害児誘拐事件を結ぶミステリーの幕開け

明野哲夫は米本が殺された日、事務所近くで目撃されていた。米本殺しの犯人である可能性が高かった。 

しかし、米本が殺される二日前に土浦で会った女性、おそらく明野新のことを調べるよう米本に依頼した女性の存在が気にかかる。佐竹と聡子は明野の家に盗聴器を仕掛け、明野哲夫が女性と接触するのを待った。 

ついに明野が女性と接触した。茨城の海水浴場で、女性が新を覗き込んだ。 

佐竹はファインダーをのぞいて、女の表情をとらえた。優しい感じのする嫌みのない顔立ちだった。目に涙があふれているのがわかった。急いで数回シャッターを切った。女の顔がくしゃくしゃに歪んだ。ハンカチが顔を隠した。 

明野父子と別れた女性を佐竹と聡子は尾行し、女性の身元を特定した。「尋津民恵」といい、尋津家に後妻で入る前は「志賀民恵」だった。そして、志賀家は9年前に産まれたばかりの赤ん坊を誘拐されていた。 

明野新は誘拐された「志賀拓」である可能性が高いーー。 

米本殺しの犯人を追ううちに、9年前の障害児誘拐事件に結びつく…という展開となるのが、ちょうどページの半分ぐらいです。 

つまり、『時には懺悔を』の前半部は純然としたミステリー小説なのです。 

保護者が逮捕されたら、残された障害児の世話が誰がするのか

その趣が変わりだすのが後半部です。 

明野親子の盗聴を続けていた聡子が変わり始める。 

「一つ、気にかかってることがあるんですけど」と聡子がいった。
「なんだ」
「拓くんが失踪して満七年が経ったら、すぐに志賀が、家庭裁判所に拓くんの失踪宣告を請求していることなんです」
「ああ」佐竹には考えたくない話題だった。
「親の情からすれば、そうかんたんに失踪宣言しないと思うんです。まだどこかに生きているってーー」
「拓という子供を早く忘れたかったのかもしれない」
「どうして志賀は、拓くんを忘れたかったんですか」聡子は執拗だった。
「では、そのことも志賀に会った時にきいてみよう」佐竹は話題をそらした。
「尋津民恵にも、いろいろと、きいてみたいことがあるんですよ」聡子は真剣な顔を向けた。

明野哲夫が米本殺しで逮捕されたら、明野新はどうなるのかーー。そのことを訊ねる聡子に、佐竹が「保護者は養育する責任がある」とかわすと、聡子は食い下がった。 

「志賀も民恵も、新くんを引き取るのを拒否したら、どうなるんでしょう?」
「行政に任せておけよ。新を保護してくれる施設を探してくれるさ」
「ああいう子は、親と一緒に暮らすのが一番幸せです」
「親というのは取り替えがきかない。親の愛が薄ければ、どうにもならない。誰にも、どうにもできない」

聡子は納得しなかった。「あなた、そのうち、警察にぜんぶ話すんでしょう?」 

「警察に事情を話す。明野は逮捕される。新くんは一人ぼっちになる」聡子は数え上げるようにいった。「そういう日が必ず来る。それがいつになるか、あなたの判断次第です」
「そうかもしれない」
「その日が来たら、新くんはどうやって暮らしたらいいのか、あなたは今から考えておくべきです」

このあたりから、旧来のミステリーとはかなり様相が異なってくることがわかっていただけるでしょう。 

佐竹は知り合いの新聞記者のツテを頼って、9年前の誘拐事件では、志賀と民恵の狂言誘拐の可能性も疑われていたことを聞きだす。聡子にも情報共有した。 

「誘拐された新が、両親から歓迎されていない重度の障害児だったために、うがった憶測を呼んだのだろう」
「やりきれない話ですね」
「だがーー」
「なんです?」
「船尾(しみず注=誘拐事件の取材にあたった新聞記者)の言葉を忠実に再現するなら、九年前に民恵が、〈誘拐された子が、そのままもどってこないことも、心のどこかで念じていた〉ことも、確かな事実だったように思う」
「そうだったかもしれないけれど、今は違うかもしれないじゃないですか」
「とにかく民恵に会う。それまでは警察には知らせない」
「あなた、いつも言葉が足りないわ。民恵に会って、どうするつもりなんですか。もっとはっきりいってください」
「新のことは、民恵に期待している。わたしに出来ることがあれば何でもしよう」
聡子の顔がぱっと明るくなった。
「きみに一言いっておく。決めるのは民恵だ」

民恵の反応、そして佐竹や聡子の決断ーー急ピッチで展開する終盤部については明かさずにおきましょう。 

親の愛と責任を問う「生きているのが奇跡」と言われた命の葛藤

障害を持った子供を授かった親はどうしたらよいか。 

「養育する責任がある」の一言では単純に割り切れない苦悩が、志賀功、民恵、明野哲夫、あるいは佐竹の同級生・由紀と夫の栄次の言葉を通じて、『時には懺悔を』では繰り返し描かれます。 

そんななかで、明野哲夫の言葉にとても救われる気持ちになります。 

「あなた、新くんの世話するのが、めんどうになったんでしょ」
「あたり」明野は妙に快活にいった。「でも、新を手放したくないという気持ちもあったんだぜ」
「わかってるわよ」
「だから、なんかいろいろ迷いながら上京して、何となく新が生まれた場所の近くに住んだ、というのが正確かな。父親の名前と稲城市に住んでいたことは覚えていたから、調べて、家の近くまで行ったことはある。それだけのことさ。おれは新を返したいのか、新と別れたくないのか、自分でもよくわからなかった。あのな、新の世話をしてると、時間が経つのが早いんだ。五年や六年、あっという間だったな」

警察が迫るタイミングで、佐竹は病院で明野哲夫を捕まえ、自首を勧めます。その際の場面も紹介しましょう。 

幼児を抱いた初老の女が、コンニチハと寄ってきた。ひどく顔色の悪い幼児だった。明野はそっと車椅子を止めた。
「新くん、頑張ってね」初老の女が新に声をかけた。
明野は軽く会釈して、また車椅子を押した。
「みんな新を励ましてるようですね」佐竹がいった。
「逆だよ」明野がぶっきらぼうにいった。「みんなが、新に励まされてるんだ。声をかけてる本人にも、そのことはわかってるさ」

今回の映画公開を機に、多くの人に手に取ってほしい小説です。 

西島秀俊主演・中島哲也監督で8月26日に公開される映画の注目点

8月26日に公開される映画のことも触れておきましょう。 

監督は中島哲也氏、佐竹は西島秀俊さん、聡子は満島ひかりさん、民恵は黒木華さん、明野哲夫は宮藤官九郎さんが演じています。 

すでに予告編も公開されています。 

予告映像解禁!映画『時には懺悔を』8月28日(金)公開!

この予告編をみる限り、原作小説の後半部を中心に映画化しているように想像します。公式ホームページにもこう書かれています。 

家族から目を背けた男、娘に捨てられた女、子を生きる糧にした男、産んだ子を愛せなかった女。「生きているのが奇跡」と言われたそのひとつの小さな命が、逃げ場のない現実にもがき苦しむ大人たちの心を動かしていく─。 

今からとても楽しみです。 

(しみずのぼる) 

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