アメリカのSF作家ロバート・シェクリイの短編「夢売ります」をご紹介します。本作はテレビドラマ『世にも奇妙な物語』で映像化され、多くの人の記憶に残る名作です。現在は紙の書籍が入手困難ですが、電子書籍で読むことができます。1950年代の時代背景を踏まえながら、作品のあらすじや魅力、購入可能な電子書籍版について解説します。(2026.6.21)
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目次
仁賀克雄編の不朽の名アンソロジー『幻想と怪奇』の魅力
仁賀克雄氏が編纂した『幻想と怪奇』は全3巻からなり、1975年にハヤカワ文庫から刊行されました。

収録作の最初のページに仁賀氏が作者と作品について一言触れる紹介文が載っています。
例えば第1巻の巻頭を飾るオーガスト・ダーレス「淋しい場所」なら、
怪物というのはとかく恐怖心にかられた妄想が産みだしたものである。想像力豊かな子供が創りだした怪物は、大人の空想より恐ろしいものである。遙かな昔の遠い思い出を辿って、幻想と怪奇に充ちたこの小品を書いたのは…
という具合です。
第2巻には、以前に紹介したゼナ・ヘンダースンの「なんでも箱」や、ローズマリー・ティンパリイ「ハリー」が収録されています。
あなたが内気で孤独な性格だったら、本編の少女スー・リンのように《なんでも箱》が欲しいなあと思うだろう。この空想癖の強い少女が抱く、何でも願いごとの叶う小箱、《なんでも箱》の秘密は何だろうか?
少女クリスティーヌが慕う、見えない兄〈ハリー〉とは何者なにか? 少女の妄想か? 現実の少年か? 里親のジェームズ夫人はそれを尋ね歩き、血も凍るような彼女の出生の秘密を知るようになる。
なかなか読書欲をそそる紹介文ですよね。名編揃いですから、収録作は他の短編集にも再掲されたりしています。
「なんでも箱」は残念ながらどれも品切れですが、『20世紀SF②』(河出文庫)や『SFベスト・オブ・ベスト上』(創元SF文庫)などに再収録されましたし、「ハリー」は金原瑞人氏が編纂した『八月の暑さのなかで』(岩波少年文庫)で読むことができます。
『世にも奇妙な物語』の原作でありながら幻の傑作SF
ところが、わたしがきょう紹介するロバート・シェクリイの「夢売ります」は、人気テレビドラマ『世にも奇妙な物語』の一篇に原作として用いられ、忘れがたい作品として多くの人の記憶に残っているにもかかわらず、わたしが知る限り、仁賀氏のアンソロジー『幻想と怪奇』でしか読めません。
こんな傑作なのに、どうして他のアンソロジーに再収録されないのだろう? と不思議に思ってしまいます。
仁賀氏はこんなふうに紹介しています。
あなたがSFファンでなくても、もしかしたら現実の世界のほかにまったく別の世界があるのではないか? また憂き世を逃れて別世界へ行くことはできないだろうか? という空想にかられることはあるだろう。これはその夢を買った男の物語である。彼の最大の希望であった夢と結末には胸に迫るものがある。
まさにこのとおりです。絶版・品切れの憂き目で、このまま埋もれさせてしまってはあまりに惜しい「胸に迫る」名編です。
全財産と引き換えに「別世界の夢」を買う男の躊躇い
「夢売ります」は、こんな書き出しで始まります。
肩まで埋まるほどのくすんだ瓦礫の長い道を通って、ウェイン氏はやっとそのつきあたりまで来た。そこには『夢を売る店』があった。友人の話そのままの貧弱なバラック小屋は、材木のはんぱ、車のポンコツ部品、トタン板の切れはし、レンガ塀のかけらを寄せ集めて作ったもので、青いペンキが塗りたくってある。
店の主はトムキンス。噂どおり「小狡そうなおやじ」だった。「手前どもの値段のこともごぞんじでしょうな?」「あれをお持ちになりましたか?」
ウェイン氏は小脇の包みを見せたうえで、どういう手筈なのか訊ねた。
「そうですな。まず代価をいただき、注射をして、ねむらせ、裏手にある装置に入れます。そこであなたの意識を解放させるのです」
「それでどうなる?」
「この地球には、わたしたちには気づかない無数の影の世界があるのです。肉体を離れた意識は、そのなかから好みの世界を選ぶことができるのです」
トムキンスは饒舌に「無数の影の世界」と「解放した意識」のすばらしさを語り、人を殺す妖しい夢の世界も酒池肉林の世界も可能だと言った。ウェイン氏は「冗談いうな!」と怒っても、トムキンスはやめなかった。
「ーー殺人が自由な世界、血潮の海にひたる世界、サドであろうが、シーザーであろうが、あなた好みの人物になれる世界へ旅立てるのです。全知全能の力を望めば、その世界であなたは神になれます。血に飢えたジャガード(ヒンズー教の神)でも、全智のシャカにもなれます」
それでもウェイン氏は躊躇った。
「そうはいうけど、死んでからでは文句もいえまい? それに料金も法外だ。わたしは全財産あらいざらいもってきたのだぞ。薬を注射し、夢を見せるだけじゃないか! わたしの一切合切を、ヘロイン注射とたわごとを聞くために使ってしまうのか!」
躊躇う理由はほかにもあった。代償として寿命は十年縮まるのだ。「神経組織に激しい緊張をもたらす」ためで、ゆえに現政府が禁止している行為だった。
「代償は一〇年の生命か!」ウェイン氏は小包をしっかりとかかえながら長嘆息した。
「自分のひそかな欲望の満足のためにーーまったく、このささやかなたのしみのかわりにな」
「お忘れなさい」トムキンスは無表情にいった。
ひそかな欲望と家族との日常の狭間で揺れるウェイン氏
ウェイン氏は帰りの道すがら、まだそのことにこだわっていた。列車がロングアイランドのポート・ワシントンに着いた時も念頭からはなれなかった。駅から家まで車を運転しながらも、トムキンスの狡そうな、くたびれた顔、さまざまの世界、欲望の満足などを想い浮かべた。
家に帰るとすっかり頭の隅に追いやった。妻のジャネット、息子のトミイ、娘のベギーがウェイン氏の帰宅を待っていたからだった。
だが、妻に察知された。「心配ごとでもあるみたいよ。会社で何かあったの?」
「いや、べつに」かれは退社後、あのトムキンスの《夢を売る店》へ行ったことなど、ジャネットには打ち明けたくなかった。
週末は家族でヨットを楽しんだ。子どもたちが寝静まった後、ジャネットにふたたび訊かれた。「考えごとをしているのね」
「やめてくれ。たのむ!」
「どうして隠すの」
「なんでもないよ!」
「ほんとう、うそつかないわね?」
「ああ、うそじゃない」
「それじゃ、わたしを抱いて。それがいいわ……」
ウェイン氏はひそかな欲望とうまく折り合うようになった。
人殺しや、南の島での生活を望んだとしても、そうは簡単にできない責任がある。なによりも、かれには育ちざかりの二人の子供と最愛の妻があった。それでもクリスマスぐらいにはなんとかなりそうだったが……。
こうして一年がすぎた。
来年にはひとつやるか。とかくするうちに……
引用はここまでにしましょう。まさに「胸に迫る」結末が読者を待っています。
1950年代の時代の悪夢とP・K・ディック作品との共通点
「夢売ります」は、1959年9月号の『プレイボーイ』誌に掲載された短編です。
この小説は時代背景を抜きには語れません。
1950年代の人たちが何に怯え、作家が何に刺激を受けて、時代の悪夢を小説という形で結実したのかーー。
わたしは「夢売ります」を読み終えて最初にやったことは、1ページ目から読み直すことでした。つまり二度読みしました。
それから、本棚を探して仁賀克雄氏が編纂したフィリップ・K・ディックの短編集『地図にない町』(ハヤカワ文庫)を引っ張り出してきて、同書所収の「薄明の朝食」という短編を読み直しました。
「薄明の朝食」も、その時代の悪夢を描いた傑作です。
中身を紹介すると「夢売ります」のネタバレになってしまうので控えますが、もし「夢売ります」を読んで気に入ったら、ディックの「薄明の朝食」もぜひ読んでみてください。
絶版でも読める!「夢売ります」の電子書籍による入手方法
「夢売ります」を収録した仁賀克雄氏の『幻想と怪奇』は、2005年にハヤカワ文庫からタイトルを少し変えて再刊されました。「夢売ります」が入っているのは『幻想と怪奇-ポオ蒐集家』です。
『幻想と怪奇-ポオ蒐集家』(ハヤカワ文庫)
しかし、『ポオ蒐集家』もすでに品切れの状態で、古本以外の手段で読めるのはグーテンベルク21の電子書籍版です。翻訳者から許諾をとれた短編のみ収録して『幻想と怪奇』のタイトルで2冊出ています。「夢売ります」は第2巻に入っています。
電子書籍版『幻想と怪奇』(グーテンベルク21)
第1巻
- 淋しい場所 オーガスト・ダーレス
- ポオ蒐集家 ロバート・ブロック
- すっぽん パトリシア・ハイスミス
- 二年目の蜜月 リチャード・マシスン
- トランク詰めの女 レイ・ブラッドベリ
第2巻
- 夢売ります ロバート・シェクリイ
- ルーシーがいるから ロバート・ブロック
- 宇宙怪獣現わる レイ・ラッセル
- こころ変り ロバート・ブロック
- 死人使い レイ・ブラッドベリ
- 特別配達 ジョン・コリア
- 牝猫ミナ ジャック・ヨネ
グーテンベルク21の『幻想と怪奇』②
ちなみに、ディックの「薄明の朝食」を収めた『地図にない町』も、グーテンベルク21で電子書籍化されています。
あの時代の悪夢を見事に小説に結実した「夢売ります」。その「胸に迫る」結末は、古本を探すか、電子書籍を購入してご確認ください。
(しみずのぼる)
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