抒情SFの第一人者・梶尾真治氏の小説『未来(あした)のおもいで 白鳥山奇譚』。熊本の白鳥山で巡り合った男女が恋に落ちるが、二人の住む時空は27年の隔たりがあった。白鳥山の洞に置いてくる手紙だけで心を通わせる二人だが……というストーリーです。タイムトラベルSFがお好きな方なら絶対におすすめです。(2026.6.12)
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目次
名作『黄泉がえり』『おもいでエマノン』に連なる舞台と装丁
梶尾真治氏の代表作と言えば、映画にもなった『黄泉がえり』や、息長く続く連作短編シリーズ『おもいでエマノン』でしょう。
2006年に光文社から出版された『未来のおもいで』は、梶尾氏の地元・熊本を舞台にしている点では『黄泉がえり』を思い起こさせ、タイムトラベルSFに重きを置けば『おもいでエマノン』を思い起こさせる作品です。
特に2022年に『未来(あした)のおもいで 白鳥山奇譚』と改題して徳間文庫から出版された新装版は、エマノン・シリーズの表紙を担当する鶴田謙二氏がヒロインを描いています。わたしは思わず表紙買いしてしまいました!
時空を超えた出会いの磁場|白鳥山の洞窟から始まる往復書簡
主人公の滝水浩一は独立間もないイラストレーター。仕事の鬱陶しさから逃れるように宮崎と熊本の県境にある白鳥山を訪れた。
4月にもかかわらず、5月が時期の山芍薬(やましゃくやく)の大群生が眼前に広がり、雨が降り出した時、20代後半の女性が駆けてきた。
ふたりは石灰岩の洞で雨宿りをするが、別れた後も忘れ難く、滝水は女性が洞に忘れた手帳を手掛かりに女性の自宅を訪れるが、見つけられなかった。
手帳には「藤枝沙穂流」の名とともに、滝水と雨宿りしたくだりのページに「三三五一三」とあった。最初の二桁が年号だとしたら?
白鳥山という幽幻の地で自分の方が二〇三三年の世界へ迷い込んでしまったのかもしれない。それなら説明がつく。
滝水は白鳥山の洞が時空を超えた出会いの磁場だったのではないかと考え、洞を再訪すると、そこには沙穂流が残したリュックカバーと手紙があった。
手紙には、借りたリュックカバーに書いてあった住所を訪ねたものの、滝水を探せなかったことが記してあり、さらにこうあった。
もう一度、滝水様にお会いしたい。そんな気持ちでこの手紙をしたためています。もし、御縁があり、どこかで再会できることがあればという祈りをこめて。
面と向かっては申せないかもしれませんが、先日、滝水様とお会いして以来、自分でもわからない不思議な気持ちを感じたままでいます。もう一度お会いできればと……お手紙だと、こんな大胆なことまで記してしまいました。お許しくださいませ。
手紙には「二〇三三年五月二十日」の記載があった。 やはり沙穂流は未来の人間だった。
滝水も沙穂流宛ての手紙をしたため、滝水も手帳に記載があった住所を訪ねたこと、そして今が2006年であることを記し、こう続けた。
どうして、この白鳥山で二〇三三年と二〇〇六年が巡りあったのかは、わかりません。
ただ、奇跡は一度だけではなかったということでしょう。
初めて沙穂流さんに巡りあえた奇跡。今日、沙穂流さんからの手紙を受け取ることができたという奇跡。
この白鳥山という”場”には、まだわれわれにもわからない霊力のようなものが残っているのかもしれません。
そして、最高の奇跡は、私も沙穂流さんのことが忘れられなくなっているという事実。私も、もう一度お逢いしたいと願う気持ち。これまでの人生にはなかったことなのです。
これからも、私は暇を見つけて、この白鳥山へ通うことにします。もし、条件が揃うようなことがあれば、沙穂流さんに再会できることがあるかもしれませんから。
こうして白鳥山の洞を通じたふたりの往復書簡が始まったーー。
27年前のデザイン大賞に描かれていた沙穂流
沙穂流は滝水が2006年の人間であることに半信半疑ながらも、滝水の手紙の便箋から滝水が2006年当時デザインの仕事をしていたことを探り当てた。そして、友人のツテを頼って滝水が当時デザイナー大賞に応募した作品を集めてもらった。
とても印象深いくだりなので、少し長めに引用します。
「二〇〇六年が、最後の応募になる。これは、正直言って……私、仰天しちゃったヨ」
「何が……?」
「見てみりゃわかる。説明がつかない」
(略)
「これだよ」と芽里が言った。装置を操作した。浮かび上がった絵の一部が拡大されていく。
若い女の小さな細密画に芽里は焦点を合わせて、その表情まで拡大されて。
沙穂流は思った。これ……ひょっとして。
「この女の顔、サーホだよ。サーホの横顔だよ」
間違いなかった。二十七年前のデザイン大賞の作品に……滝水浩一の作品として沙穂流が描かれてるのだ。
芽里は、次の作品を映した。次は山芍薬の花畑をデザイン化した中に佇む沙穂流。そして、三枚目。洞の中がデザイン化されていた。倒木に腰を下ろし、シェラカップを口許にあてた沙穂流。
「どうしたの。泣いてるじゃないか、サーホ」
沙穂流は気がつかなかった。涙が溢れ出て頬をとめどなく伝っていることに。
三枚目のデザイン。それが鶴田謙二氏の表紙イラストです。
鶴田謙二氏が装丁を担当した『未来(あした)のおもいで 白鳥山奇譚』(徳間文庫)
ジャック・フィニィ『ふりだしに戻る』など名作SFへのオマージュ
時間に隔てられた相思相愛のふたりはこの後どうなるのか。これ以上の引用は無粋もいいところでしょう。
ただ、梶尾氏はタイムトラベルSFに非常に詳しく、本書の中でも、滝水の行きつけの居酒屋で、梶尾ならぬ加塩という名の作家が登場します。
「ただ、私の好きなタイムトラベルの話は、人の”想い”で、過去を訪ねることができる話が多いですね」そう加塩は言った。
「人の”想い”ですか……?」
「ええ、まったく科学性のない抒情的な方法ですよ。ジャック・フィニィという作家がいましてね。彼の作品で多いんですよ。ある過去の一時点へ行きたいと思った男が、その時代の品物を揃えて、激しく念じることによって願いが通じる。つまり、過去へ行けちゃうという。リチャード・マシスンも、そんな話を書いていたっけなぁ」
「愛の手紙」で有名なジャック・フィニィですが、これは『ふりだしに戻る』のことですね。リチャード・マシスンは『ある日どこかで』です。
過去のタイムトラベルSFへのオマージュ的意味合いが強いくだりですが、同時に、だったら人の”想い”で未来へ行けるかーー?という伏線になっているとも言えます。
滝水と沙穂流に待ち受ける未来と結末は、ぜひ『未来のおもいで 白鳥山奇譚』でお確かめください。
(しみずのぼる)
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