13世紀のイギリスを舞台に、人間と見分けがつかない食人鬼「マンドレイク」が徘徊する世界での少年少女の冒険を描いた、トマス・バーネット・スワンのファンタジー小説「薔薇の荘園」と「ユニコーンの山」。現在は古本でしか読むことができないこれらの名作の魅力を、あらすじや作中の詩情溢れる文章とともに紹介します。復刊への願いを込めて、歴史と神話が織りなす大人の童話の世界を紐解いていきましょう。(2026.6.11)
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目次
ファンタジーの定番「マンドレイク」の伝承と特徴
最初に「マンドレイク」について紹介しましょう。
マンドレイク(Mandrake)、別名マンドラゴラ(Mandragora)は、ナス科マンドラゴラ属の植物。古くから薬草として用いられたが、魔術や錬金術の原料としても登場する。根茎が幾枝にも分かれ、個体によっては人型に似る。幻覚、幻聴を伴い時には死に至る神経毒が根に含まれる。
この植物のヘブライ語「ドゥダイーム」は「愛の植物」の意で、媚薬や不妊症の治癒薬とされ、『創世記』ではヤコブの妻ラケルにあてがわられる。
中世では、引き抜くと悲鳴を上げると脚色され、まともに聞いた人間は発狂して死んでしまうという伝説となっている。根茎の奇怪な形状と劇的な効能から、中世ヨーロッパを中心に、魔術や錬金術を元にした作品中に、悲鳴を上げる植物としてしばしば登場する。
ウィキペディアから
ハリー・ポッターにも魔法の薬として出てくるそうです(下記のファンサイトはとても詳しいです)
ともかく、ファンタジーの世界では有名なマンドレイクが、トマス・バーネット・スワンのファンタジー小説ーー13世紀のイギリスで少年十字軍に憧れる二人の少年が主人公の「薔薇の荘園」(1966年発表、原題:The Manor of Roses)と「ユニコーンの山」(1974年発表、原題:The Stalking Tree)で重要な枠割を果たします。
「ユニコーンの山」に見るマンドレイク狩りの悲劇
「ユニコーンの山」から引用します。
マンドレイク族はその数を増やしている。彼らは女の赤子を人間の家に送りこむことがよくあった。男の子が送り込まれることはなかった。男はたとえ幼児でもすぐにマンドレイク族とわかってしまうからだ。
その当時、妖精の取替え子を捨てたりすると災難がやってくると信じられていた。そんな風習を利用して、女の子は人間の手で育てられるが、肌を触れていても人間の血を吸ってしまい、人間はやせ衰えてしまう。
そのため、マンドレイク族と疑われた女の子は腕や足に針を刺し、赤い血が流れるかテストをされた。傷口から樹液のようなドロッとした粘性の液がでてきたらマンドレイクで、火刑か頭を切り落とされた。
一角獣はマンドレイクの天敵で最良の案内者だったが、一角獣がいなくとも、馬と犬をつれたマンドレイク狩りは常時おこなわれた。殺されたマンドレイクは乾かされて、切り刻まれ、媚薬として売られるのだった。
主人公の少年スティーヴンは、祭りの日に村人からマンドレイクを疑われた少女をかばった。
しかし、少女の家で添い寝をしたスティーヴンは具合が悪くなった。
「スティーヴンにいちゃん」
風鈴のような愛らしい声。彼女が彼の名を呼ぶ声には、愛慕の響きがあった。彼女にしてみれば、あの恐ろしいナイフから自分を助けてくれた彼にキスをしただけなのだろう。
いったいどうすればいいのだ? 彼女は、両親はむろんのこと村全体の脅威になる。
誰かが彼を見つめていた。マイクルだ。豚のような眼が勝ち誇ったように輝いた。
「まだテストをしちゃならんと言い張るつもりかね?」
結局、少女は首を刎ねられ、スティーヴンは少女を救えなかった。
最愛の母親との語らいと魂を象徴するユニコーンの教え
その夜、スティーヴンは母親ーーいつもクローバーかベルガモットの香りをさせている、娘時代に森でユニコーンに会ったとうわさする者もいる母親に抱きつき、少女がマンドレイクだったことを打ち明けた。
「恐ろしいこと」
「ちがう。ちがうんだよ、母さん。ほんのちっちゃな子供なんだ。レベッカなんだ。マンドレイクは」
彼は一部始終を語った。
「あの子のためにも死んだほうがよかったのよ」
眼に涙をためて、母親が言った。彼女もスティーヴン同様、よくレベッカと遊んだことがあるのだ。
「なぜ森にいる仲間のところへ返してやらなかったんだろう?」
「おまえやわたしなら、そうしたでしょうね」
スティーヴンは愛する母親にユニコーンに会った時の話を訊ねるが好きだった。
母親は「それは秘密なの。たとえユニコーンに会ったとしても、そのことは決して人には言わないと約束しなければならないのよ」と言いながら、修道士たちから聞いた話を口にするだけだった。
ユニコーンは人間の魂を象徴化したものだと言っているわ。
本当の善人は死後、自分の愛するものを守るためユニコーンとなって生きていくことを赦されるのだ、と。
両親の仇を討つためユニコーンを探す冒険への旅立ち
そんな最愛の母親が、マンドレイクに殺された。父親も一緒に殺された。領主の臣下は「祭りの日に殺された娘のしかえしに来たのでしょうな」と言った。
両親を失ったスティーヴンを慰めたのは領主の息子ジョンだった。
「お泣きよ、スティーヴン」ジョンが言っている。「好きなだけ泣けばいい」
永遠とも思えるほど長い間、スティーヴンは泣いた。しかし、ジョンはしっかりと抱擁を続けた。
領主に犬番として拾われたスティーヴンは、二歳下のジョンと親しくなった。そして、両親の仇を討つため、ジョンも誘ってユニコーンを探す旅に出る。スティーヴンの友達で姉のような存在ミリンダを伴って、マンドレイクの森に入っていくーー。
以上が「ユニコーンの山」のおおよそのあらすじです。
農奴と貴族の少年の友情と母親を想起させる邂逅
スティーヴンはノルマン人に征服されたサクソン人で農奴。征服した側のノルマン人のジョンは学問好きで、騎士らしさを息子に求める父親から疎まれる存在。そんな二人が友情を深めていく過程が丁寧に描かれます。
物語の終盤でスティーヴンがユニコーンと触れる場面を紹介しましょう。
ひとつの影が彼にさしかかったーー〈ミリアムかジョンだ。なぜ仲間に入らないのかと言いにきたんだ。涙を見られたくない〉
彼は地面から視線をあげなかった。
「行って」
彼は言った。香草と花の匂いがした。温かい身体がおしつけられるのを感じた。眼をぱちくりさせながら、彼は頭をあげた。
一頭のユニコーンがそばに立っていた。雌だ。繊細で優美で、成長したものだけがもつ気品があった。きれいな小川で水を浴びてきたところなのだろう。ベルガモット、タイム、野生の草の中を歩いてきたところなのだろう。彼女は頭をさげて、彼の頬におしつけた。彼の涙を移しとってしまおうというかのようだった。思わず、ユニコーンを抱きしめていた。
亡き母親との邂逅を想像させますが、文中どこにも書いてありません。ただ香りだけがヒントの詩情溢れる文章に酔わされます。
少年十字軍を目指す「薔薇の荘園」と謎の少女ルース
スティーヴンとジョンが二年後に少年十字軍になろうとロンドンに向かう物語が「薔薇の荘園」ですが、こちらはミステリーの要素が含まれています。
スティーヴンが教会の地下室で不思議な少女をみつけた。
「ジョン」スティーヴンがあえぎながら言った。「見つけたよーー」
「マドンナだ!」
彼女は蔓の寝床に横たわっていた。その顔は蝋燭の火に照らされて、象牙の仮面のようだった。マドンナの彫刻。フランスの聖堂の袖廊からもってきた彫刻だとジョンは思った。だが、間違いようのない生命の火でその身体は紅潮していた。
いや、違うーージョンは失望して見なおした。落胆した。彼女はマドンナにしては若すぎたーーただの少女だ。
「天使だよ」スティーヴンが言った。
少女は流暢なラテン語で「あたし、どうしてここに来たのかわからないの」と言った。「あたしの覚えているのは、闇だけ。あと、落ちていく感じと、大きな森。あたし、いろいろとさまよって、それからこの洞窟を見つけたの。夜が怖いから、ここに逃げ込んだの。きっと、すごく疲れていてにちがいないわ。ものすごく長いこと眠り続けた感じ」
スティーヴンは「天使」と信じ込み、天の導きで少年十字軍となるためロンドンに向かおうと主張する。父親から「男女」と蔑まれて城に居場所のないジョンも旅を決意し、彼らがルースと名付けた少女を伴ってロンドンに向かうことになったが、途中、マンドレイクの森でスティーヴンとジョンが捕まってーーというストーリーです。
マンドレイクの森での救出とタイトルに秘められた謎
マンドレイクの森に現れてスティーヴンたちを助けるのは謎の少女ルースです。
マンドレイクたちは強固な柵のように並んでいた。十二歳の少年に戻ったジョンは、彼らの身体を力ない拳で叩いた。「ちがう」彼はガクンと膝をつきながら、すすりないた。「ぼくだ。スティーヴンを殺しちゃだめだ」
「ジョン」
まるで鎚矛で鉄冑を叩いたみたいに、彼の名がこの部屋に鳴り響いた。
「ジョン、スティーヴンはたすかるわ」
汚れた金貨のような色になったルースの亜麻色の髪の毛は、泥と木の葉で乱れて、肩にかかっていた。彼女は自分のリネンのローブを着ていたが、その白い布にはしみがつき、切り裂きができて、その清らかな感じを失っていた。彼女は堕天使のようだった。
ルースは何者なのか? もしかしてマンドレイクの少女なのか?
そんな予感を読者に抱かせながら、物語は三人が「薔薇の荘園」の女主人に助けられる終盤に進んでいきます。
なお、タイトルでもある「薔薇の荘園」はダブル・ミーニングです。ジョンが女主人にこう言う場面が出てきます(カッコは原文ではルビ)
「ぼくたちが初めて会ったときーーぼくらが森からでてきたときーー」と、彼は言った。「あなたは、ぼくらが薔薇の荘園(マナー・オブ・ロージズ)へ来たのだとおっしゃいましたね。それをぼく、最初は薔薇のように秘めやかに(マナー・オブ・ロージズ)やって来たってことだと思ったんです」
薔薇のように秘された謎とはーー。それは明かさないでおきましょう。ルースの正体以上に驚きの謎が待っています。
トマス・バーネット・スワンの作風と復刊への願い
「薔薇の荘園」は1966年に発表され、その年のヒューゴー賞中編部門にノミネートされました。スティーヴンとジョンの出会いが描かれる「ユニコーンの山」は1974年の作品で、「薔薇の荘園」より後に書かれましたが、マンドレイクの謎をわかりやすく紹介するため「ユニコーンの山」を先に紹介しました。
「薔薇の荘園」は、1977年にハヤカワ文庫FTの一冊として出版された『薔薇の荘園』で読むことができます(『薔薇の荘園』は他に2つの中篇を収録)
幻想の詩人トマス・バーネット・スワンが、歴史と神話、現実と夢想のはざまを彷徨し、青春の愛と友情を見事に謳いあげた珠玉の中篇集
『薔薇の荘園』(ハヤカワ文庫FT)
「ユニコーンの山」は、先日紹介した集英社コバルト文庫の『魔女も恋をする』所収です。
どちらも絶版・品切れの文庫本ですから、古本で探す以外ありません。特に『魔女も恋をする』は入手困難な稀覯本ですから、勧めるのはかなり気が引ける小説です。
でも、こうやって魅力的な小説であることを記事にすれば、いつか復刊する機会に恵まれるかも…と思って紹介文をしたためた次第です。お許しください。
最後に、トマス・バーネット・スワンについて触れた『薔薇の荘園』の訳者あとがきを引用して拙文を終えます。
スワンの作品の特徴については、本書をお読みいただければ、おおよそおわかりになると思う。実在の人物、実際の歴史のはざまに神話や伝説をはめこみ、それらを自在に活躍させて、大人の童話をつくってみせるのである。
その彼は、生涯結婚せず、一九七六年五月五日、癌のためフロリダの両親の家で歿した。享年四十七歳。
(しみずのぼる)
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