映画『1975年のケルン・コンサート』:キースの名盤誕生を支えた18歳少女の情熱

映画『1975年のケルン・コンサート』:キースの名盤誕生を支えた18歳少女の情熱

きょうは嘘のような実話を基にした映画『1975年のケルン・コンサート』を紹介します。世界でもっとも売れているピアノソロ・アルバム、キース・ジャレットの『ケルン・コンサート』誕生の裏で18歳の女性プロモーターの情熱と奔走があったなんて! ぜひ多くの人に観てほしい青春音楽映画です。(2026.4.15) 

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累計400万セットも売れた伝説の名盤『ケルン・コンサート』

1975年のケルン・コンサート』(原題:KÖLN75)は、都内などでは4月10日に公開され、地方では5月、6月から公開されるところもある、封切直後もしくは直前の映画です(上映スケジュールを含む劇場情報は下記公式サイトからご確認ください) 

名ジャズピアニスト、キース・ジャレットのピアノ・ソロ・ライブを収めた『ケルン・コンサート』をもともと好きな方なら、この映画を観たくなるのは当然ですが、わたしは、聴いたことのない人にもぜひ観てほしい……。ジャズなんて全然関心がない…という人でも、18歳の女性プロモーター、ヴェラ・ブランデスの姿に熱い気持ちになれる映画であると確信します。 

キース・ジャレット『ケルン・コンサート』
収録は75年1月24日にドイツのケルン歌劇場で行われた。ECMレーベルから発売されるやいなや、ドイツ・グラミー賞(アーティスト・オブ・ザ・イヤー)、ドイツ・レコード大賞(国際ソロイスト部門)、米国タイム誌の最優秀作品賞などに輝き、2025年には「文化的、歴史的、または美的に重要」との理由で全米国立録音登録簿に保存された。累計セールスは400万セットにも及び、これはキース・ジャレットのみならずピアノ・ミュージック史上においても大変な快挙に数えられる。またこのアルバムには、演奏者自身が監修した楽譜集が存在する。1時間強の”生まれた瞬間に消えていく、まったくの即興演奏”(キースいわく)が、後日、譜面に起こされて、書物になる……なんとも魅力的な”ねじれ”ではないか。つまりそれほど『ケルン・コンサート』は桁外れの作品なのだ。

キース・ジャレット『ケルン・コンサート』
映画パンフレットより

演奏中止を求めたキース|ピアノの不備とキースの体調不良

キースがコンサート当日の体調が悪く、ピアノも調律がなっていなくて、そのために中音域を中心に即興演奏したことが奇跡の一枚を生んだ…みたいな情報は何かで読んで知ってはいました() 

しかし、実際はもっともっと悲惨な状態だったことは、この映画をみてはじめて知りました。 

キースが持病の椎間板ヘルニアを悪化させ、前日には医者にかかっていたこと。そこから車で夜通し揺られてケルンまで移動。会場に行ってみたら、ピアノが指定したものとはまったく異なる、小型のリハ専用のピアノだったこと。ペダルが壊れ、調律もされておらず、キースが強くコンサートの中止を求めたこと。同行したECMレーベルの創設者マンフレート・アイヒャーが、ヴェラ・ブランデスにこう告げたこと…… 

もしこれが世界最後のピアノでも、キースは弾かない 

これがすべて史実通りだったとは、ほんとうに驚きです。 

追記部分は、神舘和典氏の『ジャズ・ジャイアントたちの20代録音「青の時代」の音を聴く』(星海社新書)でした。同書を紹介した記事でも言及しています(2026.4.16)

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18歳の女性プロモーター、ヴェラ・ブランデスの奮闘

そんな絶体絶命の状態にあって、ヴェラ・ブランデスは、心が折れそうになりながらも、キースを説得。調律もなんとか間に合わせてキースの演奏を実現させる…というストーリーです。 

監督・脚本を担当したイド・フルークはこう言っています。 

この映画の面白いところは、彼女のエピソードがすべて事実ということです。 

この映画で伝えたかったことの一つは、ヴェラ・ブランデスの核となる、ほとばしる情熱です。より良いものを作るためなら、山をも動かすほどの情熱があって、世の中を変えたいと思っている。彼女がいなければ、あの「ザ・ケルン・コンサート」はなかったわけです。 

映画のパンフレットに、こんな見出しが躍っています。 

青春映画で、音楽映画で、お仕事映画。そして無敵のガール・エンパワーメント・ムービー! 

ふつうなら宣伝文句と一蹴したいところですが、ケルンの街を全速力で駆ける18歳の少女の姿をみて、この通りの感想を抱きました。 

ECM創設者アイヒャーが支えたアーティストへの献身

もちろんジャズ・ファンにもたまらないエピソードがふんだんに盛り込まれています。 

例えば、夜通しケルンまで運転する運転手は、なんと!ECMレーベルの創設者マンフレート・アイヒャー自身です。 

アイヒャーがプロデュースしたECMの名盤の数々。それが、アーティストの運転手まで引き受けるほどの献身的な支えによってもたらされたものだったとは! これからはECMの名盤を聴くたびにアイヒャーの姿が思い浮かんできそうです。 

伝説の瞬間に立ち会えた喜びの歓声と拍手が違って聞える

イド・フルーク監督が、次のように話しています。 

長年の愛聴者が、アルバムへの敬意を抱けた、全く違って聞えると言ってくれたことも、私にとって非常に嬉しいことでした。 

わたしも観終えた後に『ケルン・コンサート』をイヤホンで聴きながら家に帰りましたが、パートIパートIIb、そしてアンコール曲のパートIIcの後の大きな歓声と拍手に、1300人の聴衆が伝説の瞬間(1975年1月24日午後11時から12時過ぎまで)に立ち会えた感動が格別のものだったんだ…という思いを強くします。

『ケルン・コンサート』を愛聴する人も、まったく知らない人も、ぜひ観てほしい映画です。 

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旋律の神が舞い降りた『ケルン・コンサート』をぜひ聴いてほしい

記事の最後に『ケルン・コンサート』の1曲目(パートI)をキース・ジャレットの公式YouTubeからつけておきます。 

『マイルスを聴け!』で有名な故・中山康樹氏が『キース・ジャレットを聴け!』(河出書房新社)の中で、『ケルン・コンサート』を次のように評しています。 

すべてのメロディが天上から降りそそぐかのようにキラキラと輝き、一点の曇りも陰りもない。 

そのあまりにも見事な展開と美しい流れは、思わず「即興」の意味を無効化し、聴く者をただただ圧倒する。この日は旋律の神が舞い降りたのだろう。 

18歳の少女の情熱と奔走のおかげで「旋律の神」が舞い降りた『ケルン・コンサート』をぜひお聴きください。 

(しみずのぼる) 

Köln, January 24, 1975, Part I (Live)

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