天才画家たちと永遠に遺る美の女神たち…Cuvie「ひとはけの虹」 

天才画家たちと永遠に遺る美の女神たち…Cuvie「ひとはけの虹」 

きょう紹介するのはCuvieさんの漫画「ひとはけの虹」です。歴史に名を残す天才画家たちと、彼らが描くことで永遠の生を得る女性たちの織りなす「絵画譚」です(2025.10.14) 

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女性美をめぐる絵画譚

著者のCuvie(キュービー)さんは、バレエを題材にした「絢爛たるグランドセーヌ」など一般の少女漫画を描かれると同時に成人向け漫画も描かれる方で、わたしは「絢爛たる…」でCuvieさんを知り、「ひとはけの虹」(全3巻、講談社刊)を手に取りました。 

「ひとはけの虹」1巻のあらすじを紹介しましょう。 

この物語は、一刷毛(ひとはけ)で虹の輝きを描き出す画家たちと、その美で描き手に天啓を与えるミューズたちが紡ぎだす絵画譚である。中世西欧から様々な時代を舞台に繰り広げられる、裸婦vs.画家の一騎打ち。不世出の画家が力の限りを尽くし、「女性美」を描き上げる時、虹の輝きが放たれる。輝きの元は、“神の石”オリハルコン。そして、かの石を携えた、謎の探究者の正体とは!? 「女性美」を巡る“出色”絵画譚、ついに開幕。 

ルネサンス期から19世紀まで

登場する画家たちは歴史に名を残す人たちばかりです。第1話はルネサンス期のルーカス・クラナッハですし、第3話はミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオが登場します。 

ルーカス・クラナッハ(1472~1553):ルネサンス期のドイツの画家。主に宗教画で多数の作品を残したほか、同時代人の宗教改革者マルティン・ルターの友人であったため、彼とその家族の肖像画を多く残している。クラナッハの描く、腰の細くくびれた(当時としては)独特なプロポーションのヴィーナス像は、ティツィアーノやジョルジョーネのヴィーナスとはまた異なった、独特の官能美をかもし出している。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(1571~1610):バロック期のイタリア人画家。あたかも映像のように人間の姿を写実的に描く手法と、光と陰の明暗を明確に分ける表現は、バロック絵画の形成に大きな影響を与えた。

ウィキペディアより

そうかと思えば、19世紀の画家も登場します。「オフィーリア」で有名なジョン・エバレット・ミレイや、切り裂きジャック説も囁かれたウォルター・シッカートです。 

ジョン・エバレット・ミレイ(1829~1896):19世紀のイギリスの画家。ラファエル前派の一員に数えられる。『オフィーリア』はミレイ自身及びヴィクトリア朝の最高作と名高い。シェイクスピアの『ハムレット』のヒロイン、オフィーリアを題材にしたものである。

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ウォルター・シッカート(1860~1942):イギリスヴィクトリア朝時代の画家。印象派の影響を受け、20世紀のアバンギャルド芸術のブリティッシュ・スタイルに影響を与えた。著名人の写真などから描いた肖像画なども発表している。1880年代後半からロンドンの下町イーストエンドで発生した切り裂きジャックによるとされる連続猟奇殺人事件「ホワイトチャペル殺人事件」の真犯人ではないか、とする仮説が提唱されていることでも有名である。

 部屋には誰もいない。描かれているのは窓、ドレッサー、ベッド…。しかし、なぜか人の気配が伝わってくる。それも、ただならぬ不気味さをもって。
www.sankei.com
ウィキペディアより

西洋絵画好きにはたまらない漫画です。 

名もなきモデルたちに

ただ、著名な画家に勝るとも劣らずCuvieさんが心を込めて描き出すのは「描き手に天啓を与えるミューズたち」です。 

第1話では、マグダラのマリアを描くことに苦労するクラナッハは、街の酒場で遭遇した娼婦ダイアンにモデルを頼みます。 

この絵 きっと素晴らしいものになる
あなたには永遠に残るべきものを描きあげてほしい

梅毒(?)の症状が出て立ち去るダイアンをモデルにクラナッハが描き上げたマグダラのマリアの絵は、ダイアンそのものの表情が描かれ、クラナッハはこう願う。 

彼女の姿は美しいまま遺される
願わくば永遠に

「ロレートの聖母」のモデル

第3話の主人公は、カラヴァッジオが活躍した時代の贋作作家です。 

カラヴァッジオの新作を所望する聖職者に高額で売るために画商から贋作を依頼されたジョルジョは、カラヴァッジオの傑作「ロレートの聖母」でモデルを務めた女(夜の仕事…としか書かれてませんが、おそらく娼婦)に接触、カラヴァッジオの画材を訊ねたりする。 

あのジョルジョってやつ……
この人の追随者じゃないなら
何故「ロレートの聖母」の私に?
私を一瞥して生き写しにするあの画力
個人の邸宅に飾るだけの絵なら
きっとバレまいとモデルを引き受けた……けど
一目でもこの男の目に触れたら
きっとマズいことになる……

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ところが、カラヴァッジオが殺人を犯してしまう。画商が「自分を売り込むチャンスだぞ!贋作でなくお前の名で傑作を仕上げてくれ!!」と叱咤するところに飛び込んできたのが「ロレートの聖母」のモデルの女だった。カラヴァッジオに殺されたのがジョルジョでは…と思ったからだ。 

しかし、女が安堵するのをよそに、ジョルジョは画商の要望に「自分の絵と言われて何を描いていいかわからない……」と頭を抱えている。「画題は決められていないの?」と女が訊ねると、ジョルジョはこう言った。 

ギリシャ神話の女神を と
だがカラヴァッジオは聖人画は描いても
異教の神々は取り上げなかった
ガイドがない……

すると、女はジョルジョの前で服を脱いだ。 

この姿を見たまま描いたら 一体 何になるんだろ
少なくともマリア様じゃないような気がするけど
カラヴァッジオはこんな私をよくも聖なる処女として描けたよね

自然のままの私は どんな姿でキャンバスに写されるのかな

そして、ジョルジョが女を一心不乱に描いているところに女のモノローグが重なります。 

天才の手で描かれること それは
天才に抱かれることより ずっと素敵なこと

だってそうすれば 私の姿は永遠に

「美」を保存する試み

ラファエロダ・ヴィンチも出てきますが、ダ・ヴィンチの次の言葉が「ひとはけの虹」が追求している世界を端的に表しています。 

美の永続性について最近は色々考える

人の肉体は美しい
だが死ねば腐敗するし
生きていてもやがて老いて
その美しさは損なわれていく

絵画や彫刻を制作することは
「美」を保存する試みのように
私には思えるのだ

天才画家たちが現代のわたしたちに残してくれた「女性美」ーー名もない娼婦から貴婦人まで、画家がたちが永遠に残したいと願った美の女神(ミューズ)たちーーに感謝したくなる、そんな素敵な漫画です。ぜひ手に取ってみてください。 

(しみずのぼる) 

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