懐かしくもせつない失われた日本の原風景…川口雅幸「虹色ほたる」

懐かしくもせつない失われた日本の原風景…川口雅幸「虹色ほたる」

きょうは川口雅幸氏の「虹色ほたる~永遠の夏休み~」を紹介します。1970年代にダムの湖底に沈んだ村にタイムスリップした少年と少女のひと夏を描くファンタジーです。カブトムシ捕りに川遊び、恋文と神社裏の逢瀬、縁日と浴衣……。「失われた日本の原風景」(背表紙より)の情景描写に、懐かしくもせつない気持ちになること請け合いです(2025.7.29)

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2012年にアニメ映画化

「虹色ほたる」は川口雅幸氏がサイト上で連載した小説で、2006年に単行本化。2010年に文庫化され、2012年にはアニメ映画化(宇田鋼之介監督)されました。わたしは映画化に合わせて文庫で読みました。 

川口雅幸「虹色ほたる」(上下巻、アルファポリス文庫)
映画版「虹色ほたる」(宇田鋼之介監督)

最初にアニメ映画版の予告編をごらんください。

1970年代にタイムスリップ

小6のユウタは、1年前にオートバイを運転中に事故に巻き込まれて亡くなった父との思い出の地ーー蛍ヶ丘ダムを訪れた。毎年の楽しみだったカブトムシ捕りを今年はひとりでやろうと思ったためだが、突然の雷雨に襲われ、足を滑らせて気を失ってしまう。 

目覚めると小高い丘でひとりの少女に出会う。 

「何してるの?」
不意に後ろから小さな声に話しかけられる。ゆっくりと振り返ると、そこには小さい女の子が少し首をかしげて立っていた。

少女が自分の家があるという方向に目をやると、ダムの湖面が広がっているはずの方角なのに、夕焼け色に染まった村が拡がっていた。少女が言った。「一緒に帰ろ」 

今度は少年が現れた。「この辺のヤツじゃねーな。どっから来た?」。ところが少女がユウタの代わりに口を開いた。 

「さえのイトコのお兄ちゃんだよ。バスでね、さえん家に遊びに来たの」 

「おーそうか! さえ子のイトコか、都会から来たんだな?」「よく来たな! 俺はケンゾー。さえ子ん家の隣りに住んでるんだ。よろしくな!」 

訳が分からないままさえ子の家に連れられていくと、さえ子のお婆さんも、何の不思議でもないようにさえ子のイトコとしてユウタに接するーー。謎が解けたのは、雷雨の直前に水を所望されてスポーツドリンクを飲ませたお爺さんが忽然と現れ、 

「大丈夫じゃったろぅ。いい人たちで良かったのぅ。ちょっと前の時代じゃが、そんなに不便でもないはずじゃよ!」 

「ここに来て一番最初に出会った人、その人の時間に坊やの事を一時的に組み込んどるんじゃよ。さも昔から知っていたような……。周りの人も皆、それに同調する。言うなれば、その人たちの時間を借りている訳じゃな」 

雷雨に巻き込まれて死にそうになったところを、水の御礼で助けられ、一時的に「ちょっと前の時代」で過ごすことになった…という説明だった。 

「だから坊やが元の世界に戻れば全ては元に戻る。元々その時代に坊やはいなかったんじゃからな」 

こんな経緯から、ユウタはさえ子やケンゾーとともに、ダムに沈む直前の村でひと夏を過ごすことになったーー。 

懐かしくもせつない情景

カブトムシ捕りや川遊び、そして蛍の情景は、文庫の背表紙に出てくる表現ーー「失われた日本の原風景」を記憶から呼び起されます。蛍なんて、わたし自身、ほんとうにすいぶん昔、子供の時分に見たきりです。 

そこは幻想の世界だった。

夜空の星空以外に何ひとつ灯りのない暗闇。せせらぎは聞こえても、この橋のどの位下に小川が流れているのか分からないほどに暗い。
そんな深い暗がりの中、ゆっくりと明滅を繰り返し舞う無数の光の群れ。
「これが、蛍……」
決して華やかでなく、静かに、まるで一回一回を慈しむかのように光を燈す。乱れ飛ぶ動きは全く予想がつかず、その姿は当てもなく彷徨っているようであり、何かを探し求めているようであり、また、自らの舞いに酔いしれているようでもあった。

「虹色ほたる」の魅力が、懐かしくもせつない「失われた日本の原風景」の情景描写にあるのは間違いありません。 

少女が抱える大きな秘密

でも、それだけではないのです。1970年代にタイムスリップしたユウタが出会うさえ子の抱える秘密ーーそれが徐々に明かされていくミステリーの要素も大きな魅力です。 

さえ子はなぜ、丘でユウタを見かけた時、すぐに都会に住むイトコという作り話をできたのかーー。それは、さえ子もまたこの時代に一時的に仮住まいする身だったからですが(これは上巻の真ん中あたりで明かされます)、さえ子はユウタと違ってもっと大きな秘密を抱えています。 

映画版の終盤で、ユウタがさえ子にこういう場面が出てきます。 

ホタルはさ、運命の相手に見つけてほしくて光るんだよね?
オレ必ず見つける、どこにいても絶対……だから!

これ以上のネタバレはやめましょう。さえ子の抱える「秘密」は何か、それを乗り越えてユウタとさえ子は再会できるのか…というあたりは、原作や映画でお確かめください。 

私の手元にある文庫の帯に、こうあります。 

泣きたくなるほど懐かしさがこみ上げる。
誰の心にもある永遠の原風景!

原作も映画も、まさにこの表現のとおりです。 

映画音楽は松任谷正隆氏

なお、映画版「虹色ほたる」の音楽を担当しているのは松任谷正隆氏。サントラ盤が名曲揃いで、映画が気に入ったらサントラ盤の購入もお勧めです。 

サントラ盤「虹色ほたる」

ユウタとさえ子の一番大切なシーンで流れる「水の影」は、松任谷由実さんの元曲をシンガーソングライターの井上水晶さんがカバーしたもの。エンドロールで流れるのは松任谷由実さんの「愛と遠い日の未来へ」です。 

思い出してごらんよ
幼い日 胸をふるわせた
言葉にできないまま
残して来たものを
蒼空にそこだけ
影おとし 山にかかる雲
儚い夏のような
虹を降らせていた
戻りたいよ 愛と
遠い日の未来へ
きみに会いにいくよ

井上水晶さんの「水の影」はユーチューブにありました。映画の醸し出す懐かしさとせつなさを、雰囲気だけでも味わってください。 

(しみずのぼる)

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