子供たちの間で、異なる意見の相手を否定し、自分の正しさを強調する「論破ブーム」が起きているそうです。でも、人間関係は勝ち負けでは片づけられない複雑さを持っているはず。イギリスの心理療法の第一人者、フィリッパ・ペリーさんの新刊本を読んで改めてそう思いました(2025.5.12)
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息子との悲しい思い出
もう十年も前ですが、大学生だった息子がディベート部に入った途端、親子の会話が成り立たなくなったことがあります。
何の連絡もなく、外泊することがあったので「連絡ぐらいしたっていいでしょ!」と怒ると、慇懃無礼な口調で「それはあなたの感想でしょう」「僕には僕の自由があるんです」と突っぱねるのです。
よくよく聞くと、朝まで友人の家でマージャンをしていたとか。こちらは夕飯を用意して、何か事故にでもあったのではと心配して……。その無力感ったらありませんでした。その思いをどうにか伝えようとしても、「これで議論はおしまい」と一方的に会話終了。生意気盛りの若者ならよくあることかもしれませんが、ディベートってなんてくだらないことを教えるのか…と思ったものです。
バラエティ番組のキメ台詞
ディベートの目的は、相手を言い負かすことではないんですけどね。多角的な視点で説得すること。でも、それをはき違えているのが「論破ブーム」なのかもしれません。
もともとはバラエティー番組「痛快TVスカッとジャパン」(フジテレビ系列、2014年~2022年放送)の「はい、論破」というキメ台詞が、SNSなどで広く使われるようになったのだとか。「はい、論破」と言うとき、会話を終了する目的で言っていないでしょうか。関係を断絶したいと思って言っているなら、それは構わないでしょうが、もしそうでないなら、別の言葉に置き換えたほうが賢明では?と思ってしまうのです。
地味な本なのに惹かれる
イギリスの心理療法士、フィリッパ・ペリーさんの近著「身近な人間関係が変わる 大切な人に読んでほしい本」(日本経済新聞出版)は、ものすごく地味な装丁です。タイトルも理屈っぽくて、イケてない。でも、英「オブザーバー」紙の人生相談コーナーにあった投書や臨床現場から、ペリーさんが培ってきた「人生を豊かにできる指針」が綴られている本なのです。

裏表紙には、「私たちは他人を変えることはできません。ただし、自分自身をコントロールする力があります」とあります。
このセリフって、心理学の本にはよく出てくるフレーズです。相手への接し方(つまり、自分の態度)が変わると、それにつられて、相手も変わってくるみたいな……。
よくある言い合いの例
第2章の「議論する」という章の「その4 事実VS感情」では、よくある言い合いの例が紹介されています。ちょっと長いですが、引用しますね。
出かける支度をする際に、2人のうち一方だけ時間がかかっているケースです。ファクト・テニスが始まると、次のようになります。
サーバー 出かける支度に何時間もかかるんだからいますぐ始めないと、私の両親との約束の時間に遅れてしまうよ(15ラブ)
レシーバー いいえ、支度には30分しかかからないし、向こうの家まで車で20分なんだから、まだ時間はあるでしょう(15オール)
サーバー 先週、友達とレストランであったときには、支度に45分かかったよ(30-15)
レシーバー 先週は髪を洗ったから。今日は洗わなくていいから大丈夫(30オール)
サーバー だけど、渋滞で遅れるかもしれない。前回も遅れたよね(40-30)
レシーバー 交通情報を確認したけど、今日は渋滞していないって(デュース)
会話はこのように続き、最終的に一方が理屈を思いつかなくなると「負け」と見なされます。これで議論に決着がついたように見えますが、苛立ちや憤りは消えていません。もし「勝者」がいい気分になっているとしたら、それは相手の犠牲あってのことです。
理屈を脇へおしやって感情を中心に据えれば、先ほどの会話は次のように変わるでしょう。
A もうすぐ両親に会いに行く時間だけど、家を出るのがぎりぎりになりそうで心配だな。父は人が遅れてくるのをいやがって、機嫌が悪くなるから
B ああ、ごめんね。あなたをいらいらさせたいわけじゃないし、遅れていくのは失礼だってわかってる。だけどあなたの家族とゆっくり過ごすために、この仕事を終わらせてしまいたいと思って。あとちょっとだから
A そうだね、ずいぶん忙しそうだものね。服にアイロンをかけておいてあげようか?そうすれば、仕事が終ってすぐに出かけられるでしょう
意見の相違に耳を傾け、解決に向けて取り組むには、相手に勝とうとするのではなく、理解し、妥協点を探す必要があります。他者をジャッジして切り捨てるよりも、好奇心を持って心を開いておくほうが、よりよい人生が送れます。
111~112ページ
断罪/勝利より理解/共感を
この章の終わりには、こんなメモもついていました。
事実や理屈を突きつけて相手との議論に『勝とう』としても、どちらが正しく、どちらが間違っているかを競う不毛なゲームになるだけです。断罪や勝利よりも、理解や共感を目指しましょう。
最初の言いあいの事例は、どんなに仲のいい夫婦でもよくあることですよね。事実と事実の言い合いになって、根底にある感情を放っておいて、相手を言い負かそうとしてしまう。
それに比べて、ちょっと言い方が変わっただけで、「あなたをいらいらさせたいわけじゃないの。私はこうなの」という言い方(自分のことだからアイ・メッセージ)だと、相手も変わるし、互いに解決策を探ろうとすることもできる。
アイロンをかける必要のある服なんて、着ていかなければいいのに…とどこかで思いますが、日常生活の中で協力しあう家族やパートナーなら、言い負かし合いよりは、感情の共有ができたほうが、そりゃあ人生は豊かになるでしょう。
著者自身が「本書のねらいは、あなたが幼いころに身につけた価値基準や適応方法を理解し、いまでも役に立っているものは何か、更新したほうがよいものは何かを自覚できるように、お手伝いすることです」と言っているこの本。ママ友仲間から孤立する女性や、恋人への執着を愛と勘違いしている女性、自分の実力以上に昇進してしまったと感じている女性、離婚して娘との間に断絶を感じている男性など、さまざまな人の相談が紹介されています。
それも、一問一答形式ではなく、そうした相談に含まれる感情を整理し、何がポイントなのかを紙幅をたくさん使って、記述していくというスタイル。まるで探偵になった気分で、読み進めることができます。
人間関係をよくする10の指針
人間関係をよくするための行動指針として次の10項目をあげています。
- 「完璧」を目指さない
- 執着は愛じゃない
- 自分を強く保つ
- 思い込みを捨てる
- 自己主張できるようになる
- 変化はあなたを解放する
- 古い習慣を変える
- ストレスと不安を管理する
- 犯人捜しをやめる
- トラウマに向き合う
どれも一言でいうには難しいことばかり。でも、一つでも思い当たることがあるなら、変えることができるなら、今日はどこから変えていけるかのヒントになるかもしれません。そう思って、ずっと身近に置いておきたい本の一つなのでした。
(ruru)
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