少女ホラー漫画の「レジェンド」ならこの人を忘れてはいけない!という漫画家は大勢います。そのひとりがささやななえこさん。角川ホラー文庫の「生霊(いきすだま)」は”最怖”ホラー短編集としてイチオシです(20025.2.8)
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目次
角川ホラー文庫から3冊
ささやななえこさん(1948~2024)は、1970年代の少女漫画界を牽引した「花の24年組」のひとりで、「山岸凉子、萩尾望都、竹宮惠子、坂田靖子らとも親交が深い」とウィキペディアにも書いてあります。有名なホラー漫画をたくさん書かれている同士、山岸凉子さんとどんな話題で盛り上がったのか興味があります。
角川ホラー文庫は少女ホラー漫画を数多く出版しています。 先に紹介した楳図かずお氏の「赤んぼう少女」もそうですし、「ガラスの仮面」で有名な美内すずえさんの「人形の墓」もとても怖いです。

でも、ひとりの漫画家で3冊も角川ホラー文庫から出版されているのは、ささやななえこさんだけです。編集者が熱狂的なファンだったのでしょうか。


急死した祖母の家で、二人暮しを始めた義理の姉弟の道子と清美。かつて“たたら場”だった祖母の家で、道子の身を次々と怪異が襲う――。表題作他「水面の郷・水底の守」収録。ささやななえこの傑作恐怖コミック集!(「たたらの辻に…」)
殺人・行方不明者が相次ぐ名門ロスター家。調査に赴いたカードとジョーカーを見つめるロスター婦人の視線、仮面の男の視線―。表題作他「サラの遺言」「霊送りの島」収録。心の奥底を震わせる恐怖コミック傑作集!(「ミノタウルス」)
「生霊」だけ絶版・品切れ扱い
この原稿を書くためにAmazonをチェックしたら、「たたらの辻に…」と「ミノタウルス」は今も発売されているようで、電子書籍化もされています。どちらも大変おもしろく、前者なら表題作「たたらの辻に…」(1987年)、後者なら「霊送(たまおくり)の島」(1991年)がわたしのお気に入りです。
でも、怖さでは比較にならないほど圧倒的な怖さを誇る「生霊(いきすだま)」だけは、なぜか絶版・品切れ扱いです。電子書籍化もされていません。こんな傑作なのに……。
山岸凉子さんの「わたしの人形は良い人形」が今回、文春文庫から、
少女漫画界のレジェンド、山岸凉子の“最恐”ホラー、令和に降臨。
という宣伝文句で再刊するんだったら、個人的には「生霊」のほうが怖さでは上と思っているだけに、「生霊」も令和の時代にぜひ”降臨”させてほしい一冊です。

KADOKAWAさん、再刊する予定がないなら文藝春秋さんに許諾してください!

「空ほ石の…」も有名
角川ホラー文庫の「生霊」には、
- 生霊(いきすだま)
- 鉄輪(かなわ)
- 空(うつ)ほ石の…
- 通りゃんせ
- はるかなる向こうの岸
の5作品が収録されています。「生霊」はわざわざ「いきすだま」と読み方をつけています。巻末の解説にこう書いてあります。
『生霊』は『源氏物語』とそれに材を得た能楽で知られる『葵の上』の物語を思い起させる作品です。ちなみに、室町時代に今の形になったという能の『葵の上』では、「生霊」を現代と同じく「いきりょう」と読んでいますが、ささやさんはわざわざ『源氏物語』で使われている「いきすだま」という読み方を採用なさっています。ふだんは使わないこの読み方を敢えて用いたことで、この世のものならぬ怖さがよく感じられます。
「空ほ石の…」(1986年)も大変有名な作品で、ホラー漫画のアンソロジーでも読んだことがあります(本棚を探してもみつからないので記憶で書きます)。あらすじを巻末の解説から抜き出すと、

三番目の『空ほ石の…』の主人公も女子高校生。家族で引っ越してきた団地が、飛び降り自殺や事故が相次いで「何かある」とささやかれている場所だとわかります。その噂どおり、まず主人公の母親が倒れ、そして次には主人公の身におぞましいできごとが起こります……。
主人公を助ける男子も出てくるあたりが少女漫画らしくて、「たたらの辻に…」「霊送の島」とテイストは似ています。
ところが「生霊」と「鉄輪」は違います。助けにくる男子はいませんし、登場する少女たちがひたすら怖いです。きょう紹介するのはこの2作品です。
「鉄輪」
最初に「鉄輪」(1987年)です。
主人公の水沢みどりは、古文の授業で「昔の人は魂がよく人を抜けでていくものだと考えていた」と聞くと、同じクラスの嵯峨くんを見つめながら「嵯峨くん、こっちむいて」と念を送る、恋する女子高生だ。しかし、嵯峨くんには同じクラスに橋本ちえ子という幼なじみがいた。
みどりはちえ子に渡り廊下に呼び出され、「和樹にちょっかい出すのやめてくれない」「こそこそと泥棒猫みたいに和樹のまわりうろついたりして」「もうこれ以上和樹に近寄らないで」と言われた。
そりゃ 彼女がいるのはわかってるわよ
だけど 思ってるぐらいいいじゃないの
くやしい くやしい 片思いでも許さないってことなの
家に帰っても部屋でひとり涙を流すみどりだったが、部屋のベッドで横たわって、いつのように嵯峨くんに「会いたい」と念を送っていると、からだが浮遊する感覚にとらわれた。
魂が抜けでるっていうの こんなかんじなのかなァ
自分の体なのに自分の体じゃないような…
これならできるかしら
嵯峨くんのとこに行けるかしら
ああ 行ってみたい 彼に会いたい!
その翌日、みどりは嵯峨くんから自宅に電話があった。
……ほんとはさ もっと前から君に電話してみたかったんだ
君と話してみたくて…
みどりは「でも橋本さん怒らないかしら」「だってつきあってるんでしょ」と言うと、嵯峨くんは「あいつとはイトコだし家が隣同士だからいつも一緒にいるだけだよ」と答え、「ホントいうとずっとおれ君とつきあいたいと思ってたんだ」と続けた。
こうしてふたりは交際を始めたが、幸せな時間は続かなかった。橋本ちえ子が「和樹!わたしを見て!」と言い放って、教室の窓から飛び降り自殺したからだ。
「あけて…ここをあけて」
嵯峨くんの様子がおかしくなったのは、ちえ子が自殺した直後からだった。嵯峨くんは憔悴した様子で、みどりにこう打ち明けた。
水沢さん あいつ君のとこ こない…?
あいつ毎晩おれンとこくるんだ……
毎晩毎晩きて窓をたたくんだ
あけて…ここをあけて…和樹
そういって窓をたたくんだ
とうとう嵯峨くんは学校に来なくなり、病院に入院した。
みどりはベッドで体を横にして嵯峨くんのことを案じていると、夢のなかで入院中の嵯峨くんの上に白い死装束を着た女が乗っかっている場面が見えた。「誰なの」と訊ねると、女が顔を向けた。橋本ちえ子だった。
夢…?
この頃こんな夢ばっかり
おかしくなりそう…
数日後、みどりはまた同じ夢をみた。みどりは嵯峨くんの上に乗るちえ子に向かって夢のなかで叫んだ。
嵯峨くんにさわんないで!
嵯峨くんをつれていかないで!
ちえ子が鬼の形相となって、みどりに襲いかかってきた。みどりはとっさに病室にあった果物ナイフを手にして、ちえ子の目に刺した。ちえ子が笑った。
水沢さん…
あんたの正体わかってたわよ
紹介はここまででとどめます。死霊となったちえ子と生霊となったみどり……。嵯峨くんをめぐる三角関係と言ってしまってはそれまでですが、ラストにこんな結末を用意してるとはーー。最後のページはものすごく怖いです。
「生霊」
それでは、「鉄輪」も相当怖いですが、もっと怖いーーささやホラー”最怖”の「生霊(いきすだま)」(1986年)の紹介です。
クス クス クス
ちょっとやだ 誰かきたらどうすんのよ
へーきだって もうみんな帰っちゃったよ
やだ ばか やめなって良二
放課後、体育館の倉庫で抱き合っていちゃつくのは主人公の吉野良二と恋人の真理子。そのとき良二は背後に気配を感じた。
どうしたの
誰かのぞいてたような気がした
えーーっ もう すぐおどかすゥ 誰もいないじゃない
おかしいなァ
同じ時間帯、クラスの女子2人が浅茅さんとすれ違った。「浅茅さん?」と声をかけても無視され、「お高くとまってんじゃないの」「失礼しちゃうわねェ」と悪口を言っていたら、ふたたび浅茅さんとすれ違った。
どうしてここにあなたがいるのよォ!?
だってだって あたしたちさっきあなたとすれちがって…
ドッペルゲンガーかよ
翌日、クラスは浅茅さんの話題で持ち切りだった。
なんだよ それドッペルゲンガーかよ
生霊(いきすだま)のことさ
ゲッ、なんだよ それェ へんなこというなよ
その夜、良二はベッドで金縛りにあった。体の上に浅茅さんが乗っていた。夢の中の浅茅さんは自分の手を胸に導いて、顔を下腹部のほうに……。良二は夢精した。
その日以来、浅茅さんは良二にまとわりつくようになった。呼び方も「吉野くん」から、いつしか「良二」に変わった。良二はふたりの関係を誤解する真理子をなだめて、浅茅さんを極力避けるようにした。
ほんとにおれだって何がなんだかわからないよ
一方的にむこうがやたらベタベタしてきてそんなことわかってるわよ!
だってあの人 良二の好みじゃないもの!もうなるべく相手しないようにするからさ
仲直りした良二と真理子だったが、良二の部屋でいちゃついていて、真理子は帰りが遅くなった。
良二の家を出て自転車で帰る途中、電柱の影にひそむ浅茅さんの姿をみたような気がした。自転車を走らせながら真理子は思った。
あら あの人…浅茅さんとかいう人だわ
やだ あんなところで 何してんのかしら
良二にあいにきたんだったりして
まさかこんな時間に?
そのとき後ろに気配を感じた。「なんだろ?」と真理子がふりかえると……。
引用はここまでにしておきましょう。次の見開きページはとても有名な場面です。ささやさんの「生霊」と言えば、この見開きページだと言っても過言ではありません。
生きながら鬼になっていく
「鉄輪」のみどりとちえ子も、「生霊」の浅茅さんも、共通するのは好きな人への執着心です。
「鉄輪」の冒頭で、
鉄輪とは丑の刻参りなど呪詛に使われる小道具である
三本のろうそくが立てられるようになっており それを頭にのせる
謡曲「鉄輪」などでも(略)生きながら鬼になっていく描写があるが
鉄輪とは また 呪いをかけるほどに すさまじい嫉妬をもつことを表している
とあります。
人を好きになる。そこまではよくても、好きという思いが強過ぎるあまり「すさまじい嫉妬」を生み、そして「生きながら鬼になっていく」……。それが「鉄輪」であり「生霊」なのです。
執着…嫉妬…今も変わらない
好きな人への執着、そして嫉妬ーー。それは昔も今も変わりません。
「生霊」の雑誌連載は1986年で、「鉄輪」は87年と、ストーカーという言葉もない時代の漫画(ストーカー規制法の制定は2000年)ですが、いまの人が読んでもまったく古くさく感じないのではないでしょうか。
絶版・品切れで、電子書籍にもなっていないのは本当に残念です。「鉄輪」も「生霊」も、ぜひ令和の時代に”降臨”してほしい少女ホラー漫画です。
(しみずのぼる)
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