本の帯はとても大事だなと思います。読みたいと興味をそそってくれるのは吉、ネタバレまがいは凶ーー。本屋さんの店頭でみた帯に惹かれて読んだ恩田陸さんの「愚かな薔薇」(上下巻、徳間文庫)は「吉」でした(2025.2.6)
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文庫版の帯に惹かれる
本屋さんに平積みされていた恩田陸さんの「愚かな薔薇」の帯は次のような文面でした。
恩田ワールド全部盛りにして到達点!
母方の故郷・磐座を訪れた少女・奈智は、あるキャンプに参加。その目的はーー? 吐血、変質して、どうなる? 青春小説? ホラー? ファンタジー?(上巻)超大作SFは、誰も見たことのない世界へ!
体の変質は、虚ろ舟に乗るため。でも……、飲む? 他人の血を? そんなの嫌だ……。SF? サスペンス? ミステリー?(下巻)


いかがですか? 想像力を掻き立てられませんか?
まず、ジャンルがよくわかりません。
青春小説?なら「夜のピクニック」みたいなのか……。ホラー?なら「六番目の小夜子」みたいなのかな……。
「超大作SF」という文字から、基本はSFなんだな…とあたりをつけたものの、「飲む? 他人の血を?」という表現は吸血鬼ものを連想させます。う~ん
ここで手にとらない人は、SFが苦手だったり、ホラーが苦手だったり、あるいは一つのジャンルにはまっている人かもしれませんが、わたしはSFもホラーもファンタジーも大好きです。もちろん青春小説も!
ということで、背表紙のあらすじをあえて読まないようにして、上下2冊を手にレジに向かいました。そして、一気に読みました(おもしろかった~)
読後まず思ったのは、この文庫版の帯はとても良心的で、この小説の魅力を遺憾なく表現されているなあ、ということでした。
キャンプで「適性」を見る
幼い時に両親を失って高田の親戚に預けられて育った奈智は、亡き母の育った磐座(いわくら)の駅に着くと、親戚の高校生・深志に引率されて他の少年少女とともにキャンプ場に案内された。
「みんなも知っていると思いますが、このキャンプは適性があるかどうか見るためのもので、みんなの普段の成績は関係ありません。時間はいっぱいあるから、緊張したり焦ったりしないように。いつものみんなを見せてください」
適性ーーページが進むにつれて明らかになりますが、「虚ろ舟」と呼ばれるもので外海まで行くだけの適性があるものを探すのがキャンプの目的とわかりますし、どうやら遠く宇宙へ飛行できるだけの潜在力を見出すことだな…というのもわかります。
しかし、それなら「青春小説チックなSF」ですよね(わたしは最初、レイ・ブラッドベリの「ウは宇宙船のウ」を連想しました)
「兄さん、何を」「飲め」
そのような予想を大きく裏切るのが、奈智を襲った「変質」です。
磐座に着いた翌朝、宿泊先の旅館からキャンプ場に徒歩で向かう途中に突然起こった。
いけない。吐きそうだ。
世界がぐにゃりと歪み、目の前が暗くなった。
奈智は道の隅にかがみこみ、咳き込んだ。
何かどろりとした熱い塊が喉を通って吐き出された。
キャンプ仲間の少年に背中をさすられ、言われた。
「まだここに来たばかりなのに、変質が早いね」
2度目は奈智が「兄さん」と呼ぶ親戚の深志と一緒に祭りに行った時だった。
「また吐いたんか」
「うん。いっぱい」
「どのぐらい」
「分からん。バケツ一杯くらい吐いたような気がする」
また涙が溢れてきた。
「怖いよ。あたし、どうなるの? 舟乗りなんてなりたくない。ここにいると変になる。高田に帰りたい」
すると、深志は「奈智は進み方が早すぎる。山葡萄だの点滴だのじゃ追いつかん」と言うやいなや、自分の左腕の静脈に傷をつけた。血の玉は徐々に大きくなってくる。
「兄さん、何を」
「飲め」そして、奈智は、目の前に差し出された深志の腕にしゃぶりつきたいと願っている自分がいることを、絶望と怒りとーーそして恐らくは官能をもって感じていたのだ。

なんと!バンパイアものなのか!?
しかし、次の瞬間、奈智はその直感を全身で否定していた。あらんかぎりの嫌悪で、その直感を拒絶したのである。
「嘘じゃ」
奈智はゆるゆると首を振った。
「そんなの嘘じゃ」
ここまでで上巻のまだ5分の1もいっていません。だからネタバレにはならないでしょう。
キャンプの目的である変質とは吸血鬼になることなのか? それがなぜ宇宙に飛び立つ(?)舟乗りになることに結びつくのか? そして、奈智の両親の死の真相とは?
これだけ謎がてんこ盛りですから、ミステリーの要素は満載です。
加えて、キャンプ途中から少年少女の誰かが「木霊」となって街を徘徊するようになります。まさにサスペンスです。
また、帯にはありませんが、ちょっと官能小説のような要素も……。それはもちろん血を吸われる場面です。サナギがアゲハになるように少女の変容を描写する場面も出てきます。とってもエロティックです…。
不思議なタイトルの意味
不思議なタイトルのことも書いておきましょう(これも上巻のかなり早い時点で明かされるので…)
奈智は虚ろ舟乗りと名乗る女性に、街中にあふれる「さとばら」と、キャンプで一緒になった少年少女がささやいていた「だらなばら」の意味を訊ねる。女性は足元のさとばらを指差した。
「これはね、正しくは、『聡い薔薇』なのよ。つまりこれは、賢い薔薇」
女は歌うように答えた。
奈智は対照的にうめくように呟く。
「じゃあ、『だらなばら』は」
「愚かな薔薇、ね」「聡い薔薇は、咲いて、散って、ちゃんと枯れるの。だから賢いのよ」
「だけど、愚かな薔薇は枯れない。咲いたまま、永遠に散らないし、枯れない。だから愚かな薔薇、というの」
吸血鬼のように不死の肉体を持つものへ変質ーー。そこだけに着目すればホラーめいていますが、基本は帯が書くとおりSFです。そして、あらゆる要素がてんこ盛りになった、まさに「恩田ワールド」としか形容しようがない小説です。ね、やっぱり帯に偽りなしーーでしょ?
最後に思い至ったSFの名作
なお、物語の序盤で「レイ・ブラッドベリの『ウは宇宙船のウ』みたいな…」と思いましたが、物語の最終盤になって「なるほど! これはアーサー・C・クラークじゃないか!」とわかり、すべての謎が収斂していきました。
冒頭に「帯であらすじまがいは凶」と書いたので、クラークの有名なSF小説の名前は伏せますが、文庫の解説を読んだら、単行本の時の帯には「これは21世紀の『●』だ」(●の部分がクラークの有名なSF小説のタイトル)と印刷されていたそうです。

文庫本が初読みでよかった~
(しみずのぼる)
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