きょう紹介するのは原田ひ香さんの「財布は踊る」(新潮文庫)です。以前紹介した「三千円の使いかた」と同じテイストの小説と思ってネット注文したらまったく正反対。お金にまつわる”落とし穴”が満載で「反面教師にしてね!」という小説でした(2025.2.3)
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「三千円の使いかた」の著者
ベストセラーとなった原田さんの「三千円の使いかた」について、わたしは以前の記事で内容を紹介した後、こう書きました。
原田さんの「三千円の使いかた」は、わたしがマネーの記事で書いてきた内容と重なりませんか。
初心者なら積立投資信託による「ほったらかし投資」がいいですよ、ラテマネーでも長期に積み立てると複利効果で結構な金額になりますよ、投資信託は100円から買えますよ、ポイントも使えますよ、高金利に騙される金融商品には手を出さないほうがいいですよ……。
このように「三千円の使いかた」は、堅実な資産運用や節約の方法をベースに書かれた小説なのです。
お金を考え、人生を豊かに:原田ひ香「三千円の使いかた」

ヴィトンの財布が欲しい主婦
「財布は踊る」は新潮文庫の最新刊で
月2万 その貯金が、あなたの人生を変える!
お金に悩む人へエールを送る超実用小説。
『三千円の使いかた』著者最新刊!
と謳っていたので、内容を確かめないままネット注文したのですが、1行目で思わず唸ってしまいました。
葉月みずほはルイ・ヴィトンの財布が欲しい。

うえええ、ぜんぜん合わない小説かも…
わたしはブランド物の財布なんてこれまでの人生で一度も欲しいと思ったことがありません。
いま使っている財布も、2年前に会社をやめた時に「もう背広の胸ポケットにおさまる薄手の札ケースから解放されるぞ!」と思って、小銭もお札もカードも一緒に収納できる実用的な財布を妻とおそろいで購入したものです。値段は1980円、しかも楽天市場でポイント付きで……。
そんなブランド物に何の関心も払わない人間なので、この1行目で、この小説は自分には無理かも…と臆してしまいました。
節約術は優れているが…
主人公の葉月みずほは、10万円もするルイ・ヴィトンの財布欲しさに生活を切り詰めて暮らしています。好きな雑誌は図書館で読むし、食費も激しく切り詰めて、毎月2万円ずつ貯金しています。
普段は(百グラム)四十九円の鶏胸肉、週に一度だけ三十九円になるのが、今日はなぜか三十八円だ。ここ最近で三十八円はなかった。二枚入っているものをカゴに入れた。それから、一袋十九円のもやし、一パック百二十三円の卵などを買う。

おお、123円は安いなあ…。今は卵が爆上がりしてスーパーでいちばん安い卵でも198円で「おひとり様1パックまで」って書いてあったよな…
買ってきた鶏胸肉は繊維を断ち切るようにして縦に七、八ミリの厚さに切って、スーパーでもらってきたポリ袋に入れた。肉一枚に醤油小さじ二杯を揉みこみ、マヨネーズを大さじ一入れてさらによく揉んだ。
夕方、夫の雄太からLINEで「帰宅します」という連絡がくると、漬け込んだ胸肉に片栗粉大さじ二を加えてまたよく揉んだ。あとはそのまま揚げるだけで柔らかく癖のない「鶏胸肉のから揚げ」ができる。
買ってきたもやしと卵もごま油で炒めた。最後に鶏がらスープの素と片栗粉、小さじ一ずつを水に溶かしたものを加える。うまみがこってりともやしにからんだ、中華風の炒め物ができ上がった。

おおお、安くてうまそう!
こんなふうに料理の工夫もしながら家計を切り詰めているのに、ヴィトンの財布を欲しがるなんて、自分には理解できない……。そのうち、そこまで切り詰めて実現させたい主人公の夢がハワイ旅行だと知った時は、もう???でした。
念願の購入…そして暗転
そして、ハワイで念願のヴィトンの財布を買う場面となります。店員がこんなふうに宣伝文句を重ねます。
「やっぱり、他のものとは格が違いますよ。ヴィトンを長年使っていらっしゃる方は、結局、こちらの長財布になさいます。造りがしっかりしているから何年も使えますしね。修理も利きますよ」
しかし、十万……。
そこに彼女が悪魔のようなささやきをした。
「一説には、年収は財布の二百倍って言いますよね」
「どういう意味ですか」
「ご存知ないですか。先日、お客様から、日本じゃそう言うって聞いたんです。財布の値段は二百倍の年収になれるって。こちらだったらだいたい日本円で十万ですから……年収二千万になれるってことじゃないですか」

年収の200倍ねー。じゃあ、僕ら夫婦の財布は1つ1980円だから、ふたり合わせても年収80万円弱なのね…
などと嫌味も言いたくなるような文章で、ヴィトンの財布10万円への忌避感情から素直に読めない状態が続いたのですが、ここから主人公の転落人生が始まります。そして、清水から飛び降りるつもりで買ったヴィトンの財布は、結局、メルカリで売り払うことにーー。
「ふさわしくなったのかも」
九万九千円で売り出したが、出品して一分も経たないうちに「六万円で即決できませんか?」という値下げ交渉のコメントが来た。
「まだ新品ですし、出したばかりなので六万はつらいです」
屈辱の気もちを抑えて、返事をした。
「でも、イニシャル入りですよね? なかなか買い手が付かないと思うんですけど」
主人公は結局、6万8000円で売却します。
メルカリのコメント欄を改めて読んだ。数日の間に多くの人がこの財布に群がった証が残っていた。新品の財布を一円でも安く手に入れようとして懇願するもの、恫喝するもの、自らを卑下するもの……中には自分の思い通りにならないとわかったとたん、こちらを馬鹿にしてくるものもいた。
まるで、漫才やコントのようで、思わず小さく笑ってしまった。
「結局、自分にはふさわしくなかったのかもしれない」

あ~、この1行を書くためのヴィトンの財布だったか……
「三千円の使いかた」で堅実なマネー術を披露した原田さんですから、当然と言えば当然でした。書き出しの1行目で読むのをやめなくてよかった!
財布とともに主人公が変わる
「財布は踊る」は連作短編集です。
最初の葉月みずほの章が終わると、次の主人公は、なんとメルカリでヴィトンの財布を落札した男でした。
2番目の主人公、水野文夫はFXの情報商材を勧誘するフリーター。そして3番目の主人公は、FXの情報商材に興味を持ったように水野に近づき、ヴィトンの財布を持ち逃げする元会社員。盗みまでしなければいけなくなったのは、SNS情報を鵜呑みにして信用取引で巨額の借金を背負ったから……。

これは呪いの財布か!?
というような展開なのですが、リボ払いの落とし穴(第1の主人公・葉月みずほの夫)、ネットワークビジネス(第2の主人公・水野文夫)、SNS情報の危うさ(第3の主人公・野田裕一郎)……と、日常に潜むお金の落とし穴がこれでもかとばかり出てきて、登場人物たちを反面教師にするとよさそうなストーリーです(リボ払いやSNSの怖さは、わたしも下記記事を書いています)


お金を学び、人生を取り戻す
でも、そこで終わらせないのが著者のやさしさです。最後に葉月みずほや水野文夫がきちんとお金のことを学び、人生を取り戻すまでを描いているところが何とも原田さんらしいーー。
そして、巡り巡って”呪い”のヴィトンの財布は、もう一度、葉月みずほの前に現れます。
あの財布を家ごと買う力があるように、今の私にはそれを思いとどまる力もあるはずだ。

なんとすばらしい……。
読後はとてもほっこりできたので安心しました。「三千円の使いかた」とは別の意味(反面教師にしてほしい、という意味)で、とてもおすすめの小説です。
(いしばしわたる)
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