多くの女性作家に影響を与えた「コバルト文庫」は特別な存在

多くの女性作家に影響を与えた「コバルト文庫」は特別な存在

きょう紹介するのは富島健夫氏の「自選青春小説」(全10巻、集英社文庫)です。すでに絶版・品切れで古本屋さんで入手するしかありません。でも、小説そのもの以上に巻末の「解説」を読んでほしいーー。コバルト文庫が多くの女性を刺激し、作家を生んだことが窺えます(2025.2.2) 

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氷室さんのあとがき…あれは

こんなエッセー風の文章を書こうと思って本棚から古い本を引っ張り出して来たのは、氷室冴子さんの「銀の海 金の大地」(集英社オレンジ文庫)の第1巻を読み、氷室さんのあとがきを読んだのがきっかけです。 

幻のファンタジー小説待望の復刊!!氷室冴子「銀の海 金の大地」
かつて家に全巻あったのに、妻が図書館に寄贈してしまい、読むことが叶わなかった幻のファンタジー小説ーー。故・氷室冴子さんの「銀の海 金の大地」がついに復刊されまし…
hintnomori.com

1992年3月刊の集英社コバルト文庫のあとがきで、氷室さんはこう書いています(集英社オレンジ文庫の復刊版から引用) 

そういや、さっきまで、今年いただいた年賀状を読んでたんですけど、その中に、本誌で銀金を読んでてくださってる読者から、 

「真若王はプリティーで好みですけど、いくらなんでも舌まで入れちゃうなんて、真秀がかわいそう。あれは、ちょっとヒドい」 

というのがありました。それが小6って書いてあって、いやー、小6の女の子が、こんな見た目がムツカシそうなもん読んでくれてるのかあと感激したけど、やっぱり、小6には刺激的なシーンが続きますねー。 
いいのかなー、こんなん書いてて……とちらっと反省するんですが、だけど書きたいんだもーん。この先も、ばりばり書くぞォ。 
舌くらいで驚いてるようじゃ、あなた、この先、ひっくり返りますよ。

読んでて苦笑を浮かべたくだりですが、なんとX(旧Twitter)でこんなツイートがありました。 

「銀の海金の大地」の後書きでキスで舌を入れたのに抗議した小学6年生のことが1巻の後書きに出て来ますが、あれは私です。ファンレターを送りました……先生、作家になりましたよ…… 

ツイートしたのは朝田小夏さん。存じ上げなかったので調べたら、 

1980年静岡県生まれ。Hartnell College卒、The Art Institute of Seattle 卒。『天命の巫女は紫雲に輝く 彩蓮景国記』で第4回角川文庫キャラクター小説大賞優秀賞を受賞しデビュー。同作は発売後即重版がかかり、シリーズ化された。他の著作に「後宮の木蘭」シリーズがある。美しく緻密に作りこまれた世界観と親しみやすいキャラクター造形、端正な文章で読者の支持を得ている。 

という方でした。すごい! 

コバルト文庫は作家の”触媒”役

氷室さんの「銀金」が出版されたのは1990年代ですが、集英社コバルト文庫はもっと古くからあるので、やはり多くの女性作家を輩出する”触媒”役を果たしていたと思われます。 

そのように思うのは、きょう紹介する富島健夫氏の「自選青春小説」(全10巻、集英社文庫)の解説に、その影響の強さが窺えるからです。

「自選青春小説」の10冊は1960年代から70年代にかけて、主に集英社コバルト文庫から出版された小説群で、1997年に集英社が巻末に解説をつけて復刊した本です。 

富島健夫「自選青春小説」全10巻(集英社文庫)

1997年出版…すでに古臭い印象

正直に言えば、この10冊が出版された1997年当時でも、わたしにとっては「古臭い」という印象は否めない内容でした。 

前年の96年には村上龍氏が「ラブ&ポップ」を出版、援助交際を女子高生の側から描いた小説としてベストセラーになり、1997年は、「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督の初実写映画作品として話題になった年でした。 

同じ1997年に話題になりました

そういう小説や映画を好んで読んだり観たりしていた身からすると、「純血」なんて単語が平気で出てくる小説は、やはり「古臭い」としか形容のしようがありません。 

巻末の解説陣がすごい

ですが、巻末の解説がすごいのです。これを読むと、多くの10代の女性が富島氏の小説を隠し読み、”性のめざめ”に胸を焦がし、富島氏の小説を含むコバルト文庫に触発されて作家を目指された方が少なからずいたことが窺えるのです。 

全10巻のタイトルと帯の文章、そして解説者は次のとおりです。 

1 純子の実験(出版年は1973年) 新進作家と一夜をすごす大胆な試みを胸に、純子は上京した…。解説:山本文緒

2 初恋宣言(1967年) 入学式からその夏まで、高校一年の男女たちが繰り広げるさまざまな出会いと愛情への予感。解説:花井愛子

3 制服の胸のここには(1966年)好きだからこそ、つっけんどんに……。思春期の少年少女の揺れ動く心のヒダ。解説:白石公子

4 婚約時代(1974年) 両親の猛反対に遭った同級生同士の心中事件。一樹と静子はしかし別の解決策をーー。解説:林あまり

5 おとなは知らない(1969年)自殺した宗太。不良少女・洋子。ニヒリスト・水野……。それぞれがひた走る青春の真実! 解説:唯川恵

6 不良少年の恋(1977年) 貧しいからといって、卑屈に生きるのはいやだ!しかし吾郎は幼なじみの令子まで、良雄に奪われ…。解説:川西蘭

7 きみが心は(1970年) 転校生の北原小雪とガールフレンドの泰子。章生のこころは振り子のように揺れる…。解説:久美沙織

8 悪友同士(1976年) 女の子の心を探る徹たちに事件が! 解説:田中雅美

9 二年二組の勇者たち(1978年) 危険分子のなかに一輪の花だ。どんな珍騒動が待っている? 解説:堀田あけみ

10 青春劇場(1971年) 誰もが通る永遠の季節。富島青春文学の金字塔! 解説:香山リカ

授業中回し読み…濡れ場に付箋

具体的に解説から引用しましょう。 

例えば「純子の実験」(1973年)の解説は、1999年に「恋愛中毒」が話題となり、2000年に直木賞を受賞した山本文緒さんです。 

本書『純子の実験』を初めて読んだ時のことを私ははっきりと覚えている。中学二年生の夏、数学の授業中に読んだのだ。 

こんなことを言うのは少し恥ずかしいし、作者の富島先生にも失礼なのかもしれないが、当時の私や友人達がコバルト文庫を読む目的は、そこに書かれている性描写を読みたいからだった。中学生というのは基本的な性の知識はあるが、実践するにはまだ幼すぎるという微妙な年齢だ。背丈が足らずに高い窓の外を見ることができなくて、ぴょんぴょん飛び跳ねて大人の世界を垣間見る、そんなもどかしい思いで毎日を過ごしていたように思う。 

そういうわけで、私達は誰かが買って来たコバルト文庫を授業中(授業が退屈だからではなく、休み時間では恥ずかしくて読めないからだ)に回し読みすることを楽しみにしていた。友人から回されてきた本には必ず付箋が何枚か貼られていて、そこはつまり”濡れ場”というわけだ。 

親や先生はいい顔しない

おとなは知らない」(1969年)の解説は、同じく直木賞作家の唯川恵さん。 

私が富島さんの小説を読んだのは、まだ青春と呼べるほどの年代でもなかった。 

年から言えば子供かもしれないが、だからと言って、決して大人たちが思うほど幼くなかったように思う。 

いろいろなことを考えたし、さまざまなことを感じた。無垢でも無知でもなかった。自意識と戦いつつ、意地悪で臆病で醜い自分のことも知っていた。 

その頃読んだ本の中には、学校推薦の図書や、両親が揃えてくれた文学全集もあった。それはそれで面白かったが、どこか物足りなくも感じていた。 

富島さんの小説は、正直言って、決して親や先生たちがいい顔をする類のものではなかった。それでも、私は読まずにはいられなかった。私だけではない。ほとんどの女の子たちがそうだった。そこには、私が、彼女たちが知りたかったことが、ちゃんと書かれていたからだ。 

その知りたかったこと。 
あの頃はただ知りたいと漠然と思っていただけで、よくわかっていなかったが、今はわかる。 
それは女のプライドだ。 

たかだか十代半ばの女の子に女のプライドなんてわかるはずがない、と思われる方もいるかもしれないが、そんなことはない。女は、生まれた時から女なのだ。身体は小さくても、中身はきっちり女なのである。 

富島さんが出された小説は本当にたくさん読んだ。『幼な妻』も『制服の胸のここには』も『純子の実験』も、その他のもたくさん。

そろそろコバルトだな

制服の胸のここには」(1966年)の解説は、詩人でエッセイストの白石公子さんです。 

このタイトルを何度つぶやいても、私の胸はかすかに疼く。そして、泣きたくなるような、その恥ずかしさを笑ってごまかしたくなるような懐かしさで胸がいっぱいになるのだ。
(略)
十代のころ夢中になった「小説ジュニア」やコバルト・ブックスがもたらしてくれる時間は、それまでの読書空間とは明らかに違っていた。あの頃、わけもなく落ちこんだり、やりきれなくなったりすると(そろそろコバルトだな)という気持ちになったものである。そんなときは、授業が終わるやいなや掃除をさぼって書店に走り、「小説ジュニア」かコバルト・ブックスを数冊買い込み、部屋にこもって読みつづけるのだ。

こうやって引用すると、この解説だけ抜き出して一冊の本にしてもよさそうなほど、コバルト文庫の果たした役割は大きなものだったことに気づかされます。 

ちょっと想像してみてください。本屋さんに行けば文庫コーナーには数多くの出版社が編み出した文庫が収まっています。でも、ここまで文章をなりわいにしている人たちが熱く語る文庫はほかにあったでしょうか。 

今回、集英社オレンジ文庫から氷室冴子さんの「銀の海 金の大地」が復刊されたのを機に、コバルト文庫に再び脚光があたるような気もします。 

(しみずのぼる)

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