大島渚が世界に蒔いた種…映画「戦場のメリークリスマス」 

大島渚が世界に蒔いた種…映画「戦場のメリークリスマス」 

きょう紹介するのは大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」(原題:Merry Christmas Mr. Laurence)です。映画を観たことがない人でも、坂本龍一の表題曲を知らない人はいないはず。ビートたけしが映画の世界に羽ばたくきっかけにもなった映画です(2024.12.19) 

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D・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし

あらすじを紹介します。 

1942年、ジャワ島の日本軍俘虜収容所で、朝鮮人軍属カネモトがオランダ兵を犯す事件が発生。英兵ロレンスと日本兵ハラが事件の処理を担当し、奇妙な友情で結ばれていく。一方、冷厳な陸軍大尉ヨノイは、英国陸軍少佐セリアズに魅せられ…。 

あらすじに出てくるハラ軍曹がビートたけし、収容所長のヨノイ陸軍大尉が坂本龍一、ゲリラ作戦に従事して投降した英国陸軍少佐セリアズがデヴィッド・ボウイ。1983年の公開当時は、ストーリーそのものよりも異色のキャストがひときわ話題になった映画でした。 

わたしは当時大学生で劇場で観ました。大島渚監督に注目が集まった年だったので、過去の作品も「大島渚の全貌」のタイトルで都内で上映。封切後わずか4日で上映中止となった「日本の夜と霧」(1960年)をはじめ、「日本春歌考」(1967年)、「絞死刑」(1968年)といった問題作を劇場で観る、という貴重な経験をしました。 

それだけに、「戦場のメリークリスマス」は、商業主義的というか、受けを狙ったというか、ともかくあまり好きでなかった映画でした。 なんでデヴィッド・ボウイ?なんでYMO?なんでツービート?と思ったのです。 

坂本龍一の曲はすごく気に入ってサントラ盤はもちろん、彼自身がピアノで弾いた「Coda」も購入してよく聴きましたが、それでも「戦場のメリークリスマス」は好きになれない映画…というのが第一印象でした(「大島渚は『日本の夜と霧』が最高にイイ! 次にイイのは『日本春歌考』かな…」なんて気取っていた大学生でしたから、若気の至りと許してください) 

大島渚は「種を蒔く人

でも、公開から40年の歳月がたってみると、大島渚監督が「戦場のメリークリスマス」で生み出したものの偉大さに頭が下がります。 

それまでテクノミュージック一本だった坂本龍一は、これがきっかけで映画音楽の世界に入り、「ラストエンペラー」(1987年)や「シェリタリング・スカイ」(1990年)につながったのですから。 YMOイエロー・マジック・オーケストラ)だけだったら「世界のサカモト」は誕生しなかっただろう…と思うと、「戦場のメリークリスマス」が坂本龍一の転機になったのは間違いありません。 

ビートたけしだってそうです。当時から漫才ブームの立役者ではありましたが、その後、映画の世界に進出する北野武の姿は「戦場のメリークリスマス」当時は微塵もありません。 

この映画はローレンス・ヴァン・デル・ポストという作家が戦時中の収容所体験をもとに書いた「The Seed and The Sower」が原作です。直訳すれば「種と種を蒔く人」です。 

大島渚が「戦場のメリークリスマス」で蒔いた種ーー坂本龍一とビートたけしが世界に通用する花になった…という気持ちになります。 

複雑かつ濃密な愛憎を描く

映画そのものの紹介をしましょう。 作品情報をみると「ジャワの俘虜収容所を舞台に、日英兵士の複雑かつ濃密な愛憎を描き出す」とあります。 

ヨノイ(坂本龍一)がセリアズ(デヴィッド・ボウイ)に寄せる同性愛的な好意も、ハラ(ビートたけし)が日本語を話せる英国陸軍中佐ロレンス(原作者。役はトム・コンティ)に示す親愛も、収容所という極限状況の中で、つまり支配する者とされる者とのいびつな関係のもと、なんともぎこちない描かれ方となっています。 

例えば、無線機持ち込みの罪でヨノイから処刑を通告されたロレンスを、酔っぱらったハラが独断で釈放させます。 

ハラ:ロレンスさん、ファーゼル・クリスマスをご存知か 

ロレンス:知ってますよ、ハラさん。サンタ・クロースのことですよ 

ハラ:今夜わたしファーゼル・クリスマス 

そして、映画のタイトルでもある「メリークリスマス、ミスター・ローレンス」と声をかけるのです(ラスト・シーンでもこのセリフが繰り返され、スクリーンいっぱいに写されるビートたけしの笑顔のシーンが有名です) 

セリアズが砂に埋められて処刑されるシーンでは、夜、ヨノイがひとり近づいてセリアズの髪を切り取る場面が出てきます。セリアズの遺髪を預かったロレンスがこう言います。 

日本の彼(ヨノイ)の村へ持ち帰り、神社に奉納してくれと……。考えてみれば、セリアズはその死によって、実のなる種をヨノイの中に蒔いたのです 

俘虜収容所を舞台にした集団の狂気

とはいえ、戦時中を舞台にした映画ですから、戦争がもたらす異常さも当然描かれます。 

原作者のローレンス・ヴァン・デル・ポストは、収容所生活を記した日記にこう書いているそうです(ウィキペディアによる) 

この収容所の暮らしで最も過酷なことの一つは、半ば正気を失った、理性と人間性が半分暗闇に紛れている状態で生きている者たちが権力を握っているなかに居続けることで引き起される過度の緊張だ

映画のラストシーンーー戦後、俘虜虐待の罪に問われてBC級戦犯として処刑されるハラ軍曹に会いに来たロレンスがこう言います。 

あなたは犠牲者なのだ。ヨノイ大尉やかつてのあなたのように、自分が正しいと信じた人たちの……。もちろん、正しい者はどこにもいない

映画の途中ではロレンスが「個々の日本人は好きなのに」と口にする場面も出てきます。 

正しいと信じた人たちが引き起こす「集団の狂気」ーーそれが「戦場のメリークリスマス」の通奏低音となっていると言えるでしょう。 

『戦場のメリークリスマス 4K修復版』予告編

サントラ盤は名曲揃い

最後に、映画のサウンドトラックからいくつかサンプル音源をつけておきます。表題作は有名ですから、それ以外から3曲です。 

1曲目は、先に紹介した酔っぱらったハラ軍曹がロレンスに釈放を告げるシーンに流れる「Father Christmas」 です。

2曲目は、ヨノイが俘虜長に日本刀を振りかざし、セリアズがとめに入ってヨノイの頬にキスするシーンで流れる「Sowing The Seed」 です。

3曲目は、表題曲にデヴィッド・シルヴィアンが歌詞をつけ、歌を乗せたボーカル・バージョン「禁じられた色彩 Forbidden Colours」。映画では使用されていません。

最初サントラ盤を聴いた時、こんな歌バージョンなんて…と思ったものですが、聴き込むとじんわりきて、今はお気に入りの曲のひとつです。

(しみずのぼる)

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