きょうは上橋菜穂子さんのファンタジー小説「精霊の守り人」を紹介します。短編・外伝を除いても全10巻にも及ぶ〈守り人〉シリーズの第1巻です。読み始めたら止まらない…という経験は誰しもあるでしょうが、わたしにとって〈守り人〉シリーズはまさにそう。久々に再読し始めたら、もうとめられません(2024.11.11)
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短編・外伝除いても全10巻
「精霊の守り人」のあらすじを新潮文庫の背表紙から紹介します。
老練な女用心棒バルサは、新ヨゴ皇国の二ノ妃から皇子チャグムを託される。精霊の卵を宿した息子を疎み、父帝が差し向けてくる刺客や、異界の魔物から幼いチャグムを守るため、バルサは身体を張って戦い続ける。建国神話の秘密、先住民の伝承など文化人類学者らしい緻密な世界構築が評判を呼び、数多くの受賞歴を誇るロングセラーがついに文庫化。痛快で新しい冒険シリーズが今始まる。
もともとは多くの児童文学を出版してきた偕成社から出版された〈守り人〉シリーズですが、その文庫化を実現できた新潮社の歓びまで伝わってくる紹介文ですね。
もし、これを読んで「おもしろそう!」と思ったなら、以下の文章を読む必要はありません。本屋さんで買い求めて「精霊の守り人」を読み始めればいいだけです。
ファンタジー小説に共通するのは冊数の多さです。以前にも小野不由美氏の〈十二国記〉シリーズや阿部智里氏の〈八咫烏〉シリーズを紹介した時に書きましたが、とにかく冊数が多い!
「ファンタジー小説はどうも苦手」という人の中に結構いるのが、冊数の多さで及び腰になってしまうケースではないでしょうか。
上橋菜穂子氏の〈守り人〉シリーズは、短編集や外伝を除いても10冊。荻原規子氏の〈勾玉〉シリーズは文庫の冊数で5冊。阿部智里氏の〈八咫烏〉シリーズも(短編集を除いても) すでに9冊。そして小野不由美氏の「十二国記」は14冊にのぼります。
どれも1作目から(八咫烏シリーズは例外的に2作目から?)読むのが常道ですが、エベレストの登山を強いられている気がして食指が動かないーー。そんな人も一定数いるように思うのです。
十二国記で1冊選ぶとしたら…小野不由美「東の海神 西の滄海」
1冊目でくじけると次に手が伸びなくなりそう…というのもファンタジー小説の宿命です。
わたしにとって阿部智里さんの〈八咫烏〉シリーズがそれで、1作目(「烏に単は似合わない」)はそれほど惹かれず、もし2作目(「烏は主を選ばない」)に手を出してなかったら…と思うと、ちょっとゾッとします。
迷うことなく1作目から
では、上橋菜穂子さんの〈守り人〉シリーズはどうかというと、これはもう、迷うことなく1作目の「精霊の守り人」から読むべきですし、1作目で躓いて2作目以降を読みたくなくなる…なんて心配はまったく不要です。
もし心配するとしたら、仕事が忙しい時とか、ほかに読みかけの小説があるとか、夢中になって〈守り人〉シリーズに没頭しても大丈夫なコンディションかどうか、そこだけ気にすればよく、とにかく「読み始めたら止められない」典型が〈守り人〉シリーズです。
この子は命を狙われている
あまりにも前置きが長くなったので、「精霊の守り人」について書きます。
バルサが鳥影橋を渡っていたとき、皇族の行列が、ちょうど一本上流の、山影橋にさしかかっていたことが、バルサの運命を変えた。
「精霊の守り人」は、こんな書き出しで始まります。
牛が突然暴れ出して牛車に乗っていた皇子が川に転落。バルサが川に飛び込んで皇子を助けたところ、御礼と称して二ノ妃の館に招かれ、深夜、バルサが助けた皇子チャグムを伴って現れたのは二ノ妃だった。
「わたしは今宵、この子と今生の別れをする覚悟をしてきたのです」
「この子は命を狙われています」
きっかけはチャグムが妙な夢にうなされるようになったことだった。天道をつかさどる星読博士の見立ては「チャグム皇子には、なにか恐ろしいモノが宿っている。ほうっておけばそのモノが、遠からずこの子を殺すだろう」というもの。その後、チャグムが死んでもおかしくない”事故”が起こるようになった。川への転落は2度目の”事故”で、二ノ妃は帝がひそかにチャグムを殺すように命じたものだと悟る。
「わたしはこの子に生きていてほしい。たとえ、皇族としての一生を送れなくとも、生きてさえいれば、さまざまなよろこびに満ちた時を過ごしていけるでしょう」
「バルサ、そなたは強い。わたしはそなたに、下じもの民草では一生かかっても得ることができないほどの報奨を、さしあげます。だから、この子を救ってーー守って、わたしのかわりに、この子にしあわせな一生を与えてやってください」
こうして、帝に狙われる皇子チャグムと一緒にバルサの逃亡劇の幕が開けます。
バルサたちを追う〈狩人〉
バルサたちを追うのは、帝の命で暗殺も辞さない〈狩人〉と呼ばれる者たちです。
明日から〈帝の影〉に入るように、という命令が伝えられるたびに、モンは身の内を心地よい緊張が走るのを感じる。
モンという名は〈一〉を意味し、彼が〈狩人〉の頭であることを示している。
モンは7人の手下の中から、ジン(二)、ゼン(三)、ユン(四)を引き連れてバルサとチャグムの探索を始め、バルサが街で山越えに必要な荷をひそかに買い集めていることを調べ上げ、街を出るところで襲撃する計画を立てた。
ふいに、バルサはうなじがぴりっとするのを感じ、チャグムをつきとばして伏せた。頭の上を、吹き矢が通り過ぎた。
バルサはすばやい動きの邪魔になる背の荷を、さっと投げすてた。
(略)
三つの人影が飛ぶように間合いをつめてくる。クモのように手足の長い人影から白い光が走った。バルサの短槍がうなり、その光を跳ねあげた。キィンと高い音が響いたときには、バルサの短槍はもう、跳ねあげた力をそのままに回転し、右脇から斬りこんできたモンの剣をはじきあげていた。
バルサは、〈狩人〉たちがチャグムの命は狙わず、バルサだけを殺害しようとしている一点に賭けた。
バルサはチャグムをかばうのをやめ、ゼンに向かって突進した。ゼンは、バルサの意外な動きに、かろうじて首をひねって、短槍の穂先に首を貫かれるのをはずすことしかできなかった。穂先がゼンの左肩を切り裂いた。バルサは突進する力をそのままに、ゼンの傷ついた左肩にぶつかった。さすがのゼンもその激痛に一瞬ひるみ、自分の脇をかけぬけたバルサをつかみそこなった。
バルサは一直線に走り続けた。背後にユンとモンの足音が迫ってくる。
上橋さんに寄せられる読者の声は、下は小学3年生から上は80歳代だそうです。
小学生でこの世界にはまったら、その子の将来が楽しみですが、大人が読んでも絶対にハマる物語だということを、紹介した部分から理解していただけたらと思います。
目にみえないナユグの世界
バルサは〈狩人〉たちからチャグムを奪い返して森の中に逃げ込み、薬草師のタンダにかくまわれます。その過程で、この世は目に見える〈サグ〉のほかに目に見えない〈ナユグ〉があることがタンダの口から語られます。
いちばん大事なのは、サグとナユグが、たがいに支えあっているってことだ。ヤクー(=新ヨゴ皇国の先住民)たちでさえ、どんなふうにサグとナユグが支えあっているのか、よくは知らなかったらしい。ただ、ひとつだけ、わかっていることがあった。ーーいいかい、ここはよくおぼえておいてくれよーーナユグの、ある生き物が、サグとナユグ両方の天候を変えることがあるというんだ。
その生き物は百年に一度卵を産むと、ヤクーたちは考えていた。卵が産まれたつぎの年は、なぜか大旱魃が襲ってくる。もし、夏至の満月の夜に、卵が無事に孵らなかったら、そのまま大旱魃は続いて、大きな被害がでるといわれていたのさ。
もうひとつ大事なことは、その生き物は、なぜか卵をサグのものに産みつけるのだ、ということだ。ーーこの生き物こそ、ニュンガ・ロ・イム〈水の守り手〉なのさ
ヤクーたちは、ニュンガ・ロ・イムをとっても大切に想っていた。ニュンガ・ロ・イムに卵を産みつけられた子は、ニュンガ・ロ・チャガ〈精霊の守り人〉といわれて大事に守られたらしい
チャグムに宿ったものがニュンガ・ロ・イムらしいとわかっても、百年に一度の出来事であるうえに詳細はわからず、むしろ新ヨゴ皇国の建国神話では、水妖に宿られた子は死に、帝の先祖が妖怪を退治したことになっている。
皇子チャグムの身にこれから何が起こるのか。〈狩人〉たちの探索を避けながら百年前の出来事を探るものの、徐々に卵が孵る時ーー夏至の満月の夜が近づいてくる。バルサは無事にチャグムを守りきることができるのか、という展開になりますが、そのあたりは「精霊の守り人」を読んでお確かめください。
養親ジグロとの逃亡の旅
もうひとつ、〈守り人〉シリーズを魅力的な物語にしている大事な要素を書かなくては、ちゃんとした紹介文になりません。
バルサとチャグムがタンダとともに隠れ家で過ごしている時、バルサが自らの来歴をチャグムに語る場面が出てきます。
新ヨゴ皇国の北に位置するカンバル王国で、王位簒奪を謀る王弟が王の主治医を脅して兄王を毒殺する。バルサはその主治医のひとり娘だった。主治医は親友で王の武術指南役だったジグロに娘を連れて逃げることを頼んだ。
カルナの娘を連れて逃げることは、ジグロには身の破滅を意味した。だってそうだろう? 王家の武術指南という地位も、これまでの生活もすべてすてて逃げなければならないのだもの。そのうえ、王殺しの秘密をにぎられているログサムが、だまって逃がすはずがない。
だけど、ジグロは親友の頼みに、うなずいたんだよ。
それから、恐ろしい逃亡の旅がはじまった。つぎつぎに追ってくる、ログサムの放つ追手と戦いながら、ジグロは幼い娘を連れて逃げ続けた。旅のあいだに、人びとの噂から、カルナが盗賊に襲われたことを、ふたりは知った。
娘は、心を切り裂かれたような哀しみをあじわったよ。ログサムを憎んだ。いつかかならず、この手で、その身体を引き裂いてやる、と誓った。
娘は、ジグロに、武術を教えてくれるように頼みこんだ。
〈短槍使いのバルサ〉と呼ばれる女用心棒がいかにして誕生したかーー。その語りは、どうして自分がニュンガ・ロ・チャガ〈精霊の守り人〉になってしまったのだろう…と悩み苦しむチャグムの姿と重なり合います。
チャグムの成長物語
二ノ妃に連れられてバルサに預けられた時のチャグムは、まさに「幼い」の形容詞がぴったりあてはまる11歳の少年に過ぎません。
しかし、過酷な運命と向き合い、バルサやタンダと接する中で成長していきます。〈守り人〉シリーズそのものがチャグムの成長物語ではあるのですが、「精霊の守り人」が描くバルサとチャグムの逃走から、チャグムに宿った卵が孵る夏至の日までの1年で、チャグムは驚くほど成長します。
すべてが終わった時、チャグムは父帝や母親の二ノ妃のもとへ帰ることになる。しかも、兄皇子が亡くなったため、皇太子として……。チャグムはバルサに抱きついて大声で泣き叫ぶ。
「おれ、いきたくない! おれ、皇太子になんか、なりたくないよ! ずっとバルサとタンダと旅していたいよ!」
そんなチャグムに、バルサがこう語りかける。
「……わたしと逃げるかい? チャグム」
「え? ひと暴れしてやろうか?」
チャグムは、バルサを見上げて、バルサがなにをいいたいのか、チャグムにはわかった。
タンダはチャグムの心のうちを思って、顔をゆがめた。ーーチャグムがいま悟っていることは、わずか十二の少年には、あまりにも苛酷なことだった。しかし、だれにもたすけてやれないことだ。
チャグムは泣き止み、こう返事をする。
「いいよ。あばれなくていいよ。ーーあばれるのは、別の子のためにとっておいて」
チャグムの成長物語であること、わかっていただけたでしょうか。
3作目で再会するふたり
身分が違い過ぎて、もう二度と会うことのかなわないはずのチャグムとバルサが、ふたたび邂逅を果たすのは、〈守り人〉シリーズの第3作目「夢の守り人」です。
人の夢を糧とする異界の”花”に囚われ、人鬼と化したタンダ。女用心棒バルサは幼な馴染を救うため、命を賭ける。心の絆は”花”の魔力に打ち克てるのか? 開花の時を迎えた”花”は、その力を増していく。不可思議な歌で人の心をとろけさせる放浪の歌い手ユグノの正体は? そして、今明かされる大呪術師トロガイの秘められた過去とは? いよいよ緊迫度を増すシリーズ第3弾。
ちょっとだけ、ふたりが再会する場面をつまみぐいしましょう。
「バルサー!」
チャグムが、ころげるように駆けてくる。あのころより、ずっと背が高くなった。それに、その声はもう、甲高い子どもの声ではなく、声変わりし、大人びた少年の声だった。
(略)
「……こいつは、また、大きくなったなぁ、チャグム」
かすれた声でバルサはいい、つぎの瞬間、その頭をさっと抱きしめた。あのころは胸のところまでしかなかったチャグムが、今は、バルサの肩に顔をうずめていた。チャグムは、バルサを力いっぱい抱きしめて、泣きじゃくった。
バルサもチャグムも、たがいに、もう二度と会えないと思っていたーー。そして、この夜が明ければ、また、別れなければならない。
「夢の守り人」では〈狩人〉のゼンもふたたび登場しますし、シリーズもののお決まりとして、過去の登場人物が出てくるのが魅力ですが、あまり先走り過ぎても興ざめでしょう。
次回は第2作「闇の守り人」ーーバルサが故郷のカンバル王国に帰還し、亡き養親ジグロも巻き込んだ暗い過去との決着を図る傑作について書きます。
(しみずのぼる)
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