好評上映中の「八犬伝」(監督・曽利文彦)を観てきました。もちろん私も観たいと思った映画ですが、1973~75年にNHKが放送した連続人形劇「新八犬伝」の記憶が鮮烈な妻のたっての希望。滝沢馬琴を演じる役所広司さんに泣き、玉梓役の栗山千明さんに「怖いね~」と盛り上がり、今年いちばん楽しめた映画です(2024.10.31)
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滝沢馬琴の小説と生涯
映画の内容はパンフレットから紹介しましょう。
唯一無二の奇想天外な物語で、日本のファンタジー小説の原点と称えられる「南総里見八犬伝」。1842年に完結してから200年近くの時を越え、今なおマンガ、アニメ、映画、舞台、歌舞伎と多彩なジャンルで二次創作が行われるなど、現代のエンターテイメントに多大な影響を与え続けている。
その伝説的な古典小説の作者・滝沢馬琴の執筆への情熱を、葛飾北斎との交流を交えて壮大な構成で現代に蘇らせたのが、山田風太郎の『八犬伝 上・下』だ。今回、この山田風太郎の傑作小説をダイナミックかつ緻密なVFXを駆使して実写映画化。
内容はこのとおりなのですが、パンフレットはこのあとに次のように書いてあります。
子供時代に、連続人形劇「新八犬伝」でテレビに釘づけになった世代のスタッフも数多く参加して、その影響を進化した最高峰の技術と結実させ、新たな映像作品として完成させた。
「公園から子供たちが消えた」
そう、ここに出てくる連続人形劇「新八犬伝」こそ、妻が小学生の時に夢中になって観たNHKの番組なのです。
NHKの「新八犬伝」について言及した部分を、パンフレットから拾ってみましょう。
「この世界に入ってから、『八犬伝』の企画が頭から離れたことは一度もありません」という曽利文彦監督。その理由は、曽利監督の映像作家としての原体験にあった。NHKで1973~75年に放送され、「公園から子供たちが消えた」というほど大人気を呼んだ人形劇「新八犬伝」に、小学生だった曽利監督も夢中になったのだ。
このくだりを読んだ妻も、

そうそう! 放送が夕方だったから、お姉ちゃんと一緒に夢中になってテレビにかじりついたものよ。懐かしいわあ…
と言います。 73~75年だと、わたしは中学生になっていたので、「新八犬伝」を観た記憶はありませんが、こんなにテレビ番組を熱く語る妻を見るのは珍しく、それだけで妻と一緒に映画館に行く価値があると思いました。
原作は山田風太郎の小説
映画は、山田風太郎の小説「八犬伝」に忠実で、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」のあらすじを追う【虚】のパートと、滝沢馬琴が28年の歳月をかけて「南総里見八犬伝」を完成させる【実】のパートが交互に描かれます。

【虚】のパートーー「南総里見八犬伝」の部分はもちろんおもしろいです。
安房国の里見家が悪女・玉梓(たまずさ)を処刑した際、「私のたたりで、里見家を、子、孫まで畜生道におとして、煩悩の犬と変えてやるわ!」と呪いをかけられる。それから17年後、安房国が隣国から兵糧攻めに遭った際、伏姫(ふせひめ)の飼い犬・八房(はちふさ)に領主が「敵の大将の首を取ったら、伏姫を嫁にやろう」と声を掛け、八房が本当に敵将の首を持ち帰ったことで、伏姫は八房とともに洞窟に籠もることに。そして、伏姫が亡くなる時、首にかけていた「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の文字が浮かぶ数珠が飛び散り、その珠を持つ八犬士が、里見家にかけられた玉梓の呪いを解くため、ひとり、またひとりと集まって来るーー。
玉梓役は栗山千明さん。メイクやCGも駆使して、妖艶な怨霊役を快演しています。
息子を喪い、自身も失明
しかし、映画「八犬伝」の魅力は【虚】以上に【実】のパートーー滝沢馬琴の生涯にあるのでしょう。
医師に取り立てられることを夢見たひとり息子は病弱で、馬琴の願い虚しく先立たれてしまう。そして自らも目を酷使し続けた結果、片目の視力を失い、ついに両目とも失明する。その時、亡き息子の嫁のお路が代筆を申し出る。
お路役は黒木華さん。ひらがなしか読めないお路が、馬琴から指文字で漢字を教わりながら書き上げるシーンは壮絶です。お路がいなければ、未完に終わっていたかと思うと、それだけで心打たれます(映画でもラストに日本文学史上の奇跡と称えていますが、誇張なくそのとおりだと思います)
でも、やはりこの映画の主役は何と言っても役所広司さんです。「悪がはびこる世の中だからこそ、物語の中だけでも勧善懲悪を貫く」という信念を持ちながら、愛息を病に奪われ、勧善懲悪の物語を書くことに迷い、それでもお路の助けを得ながら完成させる。そんな馬琴の半生を、役所さんはとても丁寧に演じています(ラストシーンはもう号泣です)
NHK「新八犬伝」も観る
わたしにとって今年いちばん感動した映画でしたが、余韻がまだ残っていて、妻が小学生の時に熱中したNHKの人形劇「新八犬伝」も観たくなりました。
「新八犬伝」はNHKにマスターテープが残っておらず、現存するのはたった4話だけだそうです。そのうちの3話を収録したDVDを購入し、昨晩、妻とふたりで観ました。

人形の製作者は辻村寿三郎(1933-2023)。語りは坂本九(1941-1985)。DVDは「新八犬伝」の放送から10年後の1985年に放送されたもので、辻村寿三郎や坂本九が当時を回顧するインタビューが含まれています。坂本九はその年の8月に日航ジャンボ機墜落事故で亡くなっているので、DVDとしても観る価値のあるものでした。
妻は、「孝」の珠を持つ信乃(しの)や「忠」の珠を持つ道節(どうせつ)の人形を見て、「そうそう、この顔よ!懐かしいわぁ」と叫んだかと思えば、長く爪を伸ばした赤い手を大きく広げて宙を漂う玉梓の人形を見て、「あんなに子供心に怖かったのは、赤い手の動きだったんだわ! ほんとに怖かったのよ」などと、しばし小学生の頃に戻ったかのようでした。

辻村寿三郎の世界
辻村寿三郎はインタビューの中で「子供向けの番組だからと言って、子供向けに作らなくていい」という趣旨の話をしています。子どもだからとなめてかかるな…ということでしょう。だからこそ、人形浄瑠璃の世界を再現したかのような「新八犬伝」は、当時の子供たちの心に”種火”となって、いまなお語り継がれる名作となったのではないでしょうか。
映画のパンフレットで、役所広司さんがこう言っています。
少年時代にNHKの人形劇『新八犬伝』を見ていた頃から、この物語をいつか映画にしたいと思い続けていたという曽利監督の情熱にも打たれましたね。子どもの頃に見たものを、大人になっても、オヤジになってもやろうとする監督の少年のような気持ちに沿えるといいなぁと思いました
映画「八犬伝」の好評がきっかけで、NHKの「新八犬伝」や辻村寿三郎が再び脚光を浴びるような気もします。
NHKの古い倉庫から「新八犬伝」のマスターテープが見つかった!みたいなニュースが舞い込んできたら最高ですね。
(しみずのぼる)
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