勾玉を集める少女のせつない冒険:荻原規子「白鳥異伝」 

勾玉を集める少女のせつない冒険:荻原規子「白鳥異伝」 

きょう紹介するのは荻原規子氏の〈勾玉〉シリーズの第2作目にあたる「白鳥異伝」です。自らの半身とも言える少年を殺すため勾玉を集める少女のせつない冒険に心をわしづかみにされます(2024.9.30) 

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〈勾玉〉3部作の2作目

荻原規子氏の〈勾玉〉シリーズは、第1作目の「空色勾玉」(徳間文庫)について記事にしました。「白鳥異伝」(上下巻、徳間文庫)はシリーズの第2作目、「薄紅天女」(上下巻、徳間文庫)が第3作目にあたります。 

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「空色勾玉」が古代の日本神話の世界ーーイザナギとイザナミの国造りの神話をベースにした物語だったのに対し、「白鳥異伝」がベースにしているのはヤマトタケル伝説です。 

ヤマトタケル伝説がベース

ヤマトタケル伝説とは、コトバンク(改訂新版 世界大百科事典 「日本武尊」)から要約すると、 

《古事記》《日本書紀》《風土記》などに伝えられる英雄伝説の主人公。景行天皇の第3皇子。幼名に小碓(おうす)命、倭男具那(やまとおぐな)王がある。年少にして勇武人にすぐれ、諸方の平定に派遣されて日本武尊の名を得るが、長途の征旅、漂泊の末に力尽きて倒れる悲劇的人物として描き出されている。 

死後の皇子は〈八尋白智鳥(やひろしろちどり)〉(大きな白鳥)と化して天がけり、葬を営む后や御子たちがその後を泣いて追った。白鳥は河内国の志幾(しき)にまで飛び、そこにヤマトタケルの墓、白鳥陵を築いたところ、さらに白鳥は天のかなたへ飛び去ったと伝える。 

悲劇的英雄として描かれ、最期は白鳥となったヤマトタケル伝説について、荻原規子さんは「あとがき」でこう書いています。 

ヤマトタケルの悲劇的な最期は、個人創作の中でもたいていお約束になっていました。若くして悲しい死を迎えるからこそ、彼はヤマトタケルなのであり、死ななければ、それはタケルと呼ぶ英雄ではなくなってしまうのです。 

荻原氏は「そこをなんとかできないものか」と考えていたところ、常陸風土記に出てくるヤマトタケルの記述がまったく異なっていることを”発見”したのだそうです。 

『古事記』『日本書紀』に描かれた悲愴なヤマトタケルーーどう猛な顔か、泣き顔しか見せない男ーーを知っている者にとって、驚くような記述でした。お后と、海の幸山の幸を狩る競争をしたりして、どう見てものんきすぎです。私は初めて、笑顔を浮かべたヤマトタケルが想像できる気がしました。 

このヤマトタケルを追ってみたい、と思いました。 

だから本書のタイトルは「白鳥”異伝”」なのですが、それでも、物語の大半は「古事記」のヤマトタケル伝説をベースにしています。 ですから、「白鳥異伝」のタケルーー三野の里で赤子のときに拾われて育った小倶那(おぐな)、大蛇(おろち)の剣を手にしたのち小碓命(おうすのみこと)ーーは、なぜ自分はこんな異形と化してしまったのか…と自らの存在を嫌悪し続けて、ヤマトタケル伝説どおり悲劇的な人物です。 

どこまでもまっすぐな遠子

対する主人公、12歳の少女ーー三野の里で小倶那とともに双子のように育った遠子(とおこ)は、どこまでもまっすぐです。 物語がはじまってすぐ、遠子は小倶那にこう言います。 

……あたしたち、大きくなんかならないといいのに。ずっと今のままでいられたらいいのに。あたしはある日急に女になる、ってかあさまが言うの。おかしいわよね、ある日急にって。それじゃ今のあたしはなんなの? あたしは自分が女だと思っていたからこそ、女のくせにあれをするな、これをするなと言われていちいちがまんしていたというのに。それじゃサギじゃない。これ以上どう女になれっていうのかしら。あんたにはわかる? 

登場人物のひとりーー大碓皇子(おおうすのみこ)の腹心・七掬(ななつか)は、そのころの遠子と小倶那をこう表現しています。

遠子どのと小倶那とは二羽のオシドリのようだった。同じ顔をして笑っていたよ

だからこそ、小倶那が大碓皇子とともに都に行き、大碓皇子の身代わりとなったと聞くと、遠子は、

「わたし、怒っていないと……どうしていいかわからない」

「こんなことってひどい。わたし……小倶那に会いたい。会いたいのに」

と泣きじゃくるのです。遠子の気持ちに寄り添いながら物語を読み進めるため、とてもとてもせつなくなります。 

「わたしが殺します

どこまでもまっすぐな遠子。それゆえ、小倶那が〈大蛇の剣〉を手にして、三野をも滅ぼす小碓命となったと知ったところから、遠子は小倶那を倒すのは自分しかいないと思い定めます。 

三野が小倶那の手で滅びるとき、遠子は一族の大巫女から、橘の一族に伝わる秘密を聞かされます。

「小倶那は三野を破壊におとしいれたばかりでなく、これから行く先々で不幸と破滅をまねくだろう。かの力をとりおさえなければならぬ。わしにはもうその力はないが、わしらのほかにも橘はいる。橘は元来、五つの氏族の総称なのじゃ」 

朝日ののぼる日高見(ひだかみ)の国、夕日の沈む日牟加(ひむか)の国、三野の国、伊津母(いづも)の国、名の忘れられた国。五つの国に勾玉があり、五つの橘の一族が勾玉を守っている。勾玉を集めて「玉の御統(みすまる)」の力をもつ勇者でしか剣の力に立ちむかえないと大巫女が言うと、遠子はこう返した。 

「戦士を他国の人に求めることなどありません。わたしがそれになります。小倶那はわたしが殺します」 

こうして遠子の「玉の御統」ーー勾玉を探し求める旅が始まるのです。 

仲間を集める旅は痛快だが…

小倶那が何者であるか徐々に明らかになる物語の前半に対して、物語の後半は遠子が勾玉を求め、仲間を得ていくストーリーとなります。 

仲間を集める旅は、古くは八犬伝から新しくはワンピースまで、その多くが痛快な読み物であるのが通り相場です。 

まして主人公はまっすぐな遠子ですから、その過程はとても面白いです。前半が鬱々とした描写が多い分、遠子の勾玉を求める旅からが物語の本番という気がしますし、遠子というキャラクターに”同化”して読み進めることができるため、ある種の痛快小説の趣があるのは間違いありません。 

でも、遠子が「殺す」と思い定めた小倶那は自らの半身のような存在。ですから「白鳥異伝」は単純に仲間を集める物語にはなり得ません。 

「ご自身を殺すようなものだ」

遠子は都に潜入すると、大碓皇子の死後、都で盗賊の首領になっていた七掬と再会しますが、七掬は遠子の決意を聞いて驚きます。 

「遠子どの、あなたはもしや、その手で小碓命を討とうとなさっているのですか」

「言わなかったかしら。わたしは彼の剣にまさる力の御統(みすまる)を捜す旅をしているの。これからまほろばへ向かうところよ」

「いくらなんでも、あなたには無理だ」

「七掬どのはそう思うでしょうけれど、ちがうのよ。これはね、橘の一族に課せられたさだめなの。橘は古くから、大王の一族に伝わる剣を封じるための力をかかえていたのよ」

「わしは、そういうことを言っているのではありません。遠子どのは本気で殺せるおつもりかーーあなたの小倶那を」

「それは言わないで」

「わしはあなたと、乃穂野でお会いしましたな。あのとき遠子どのは泣きに泣いておられた。あれほどに涙を流せる相手を、同じあなたが殺してよいはずがない。ご自身を殺すようなものだ」

伊津母の勾玉の持主で、遠子の「玉の御統」集めの旅に同行する菅流(すがる)も、旅の途中で遠子から小倶那との想い出話を聞かされてきただけに、小倶那と小碓命の関係を七掬に訊ねます。 

「さっきの話だが、おれにはどうもはっきりしないんだ。小倶那と小碓命には、どういうつながりがあるんだ。聞いていると、同一人物みたいに聞こえたが」

「そのとおり、小倶那は小碓、小碓は小倶那だ」

「たしかか」

「これ以上たしかなことはない」
(略)
「それじゃ、これから殺しに行く人物の話をしていたのか。遠子があんな顔をするのは、小倶那の話をするときだけなんだ。死んだだと? 何を言っているんだ。あいつはどうかしてるよ」

「遠子どのに小倶那を殺させてはいけない。それだったら、わしがやつを手にかけたほうがまだましだ」

なんてせつないのでしょう。ここが他の仲間集めの物語と一線を画す、わたしが「せつない冒険」と表現するゆえんです。 

遠子は菅流や七掬の助力を得て「玉の御統」を集めることができるのか。そして、小倶那=小碓命と向かい合ったとき、ほんとうに彼を殺せるのかーー。

ぜひ「白鳥異伝」を手に取って、遠子と小倶那の物語の結末はご自身でお確かめください。 

(しみずのぼる) 

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