首を長くして待った甲斐がありました。今市子さんの水にちなんだ異世界ファンタジー漫画〈岸辺の唄〉シリーズの最新刊が発売されました。「白羽の矢を追って」のタイトルで、2つの物語が収録されています(2024.9.25)
5年ぶりの第11作目
今市子さんの「岸辺の唄」は過去に記事にしています。その中で、次のように書きました。
第1作「岸辺の唄」が刊行されたのが2002年。以後、全部で10冊刊行されています。
- 岸辺の唄
- 雲を殺した男
- 盗賊の水さし
- 悪夢城の主
- 旅人の樹
- 影法師たちの島
- 北の皇子と南の魚
- 枯れ野の花嫁
- 月影の長城
- 砂の下の調べ
ところが、いちばん新しい「砂の下の調べ」が刊行されたのが2019年ですから、かれこれ5年近くも新刊が出ていません。
水にまつわる異世界へ誘われる…今市子「岸辺の唄」シリーズ

「砂の下の調べ」が2019年10月発行ですから、第11作目となる最新刊「白羽の矢を追って」(発行=ホーム社、発売=集英社)はほぼ5年ぶりの刊行となります。

村から“いけにえ”を選ぶ神の使いの白い鳥が消えた──。その白い鳥を連れ戻すことを命じられたのは、母親同士が犬猿の仲である、マキナとミシネットの二人の少女。旅立ちの間際、マキナは母親に毒を渡され、ミシネットを殺すように言い付けられてしまい…!? 表題作『白羽の矢を追って』、他『流砂の使者達』を収録した幻想的なオリエンタルファンタジー傑作集。
著者は「加齢のため」と説明
なんでこんなに時間がかかったのだろう…と思って、「砂の下の調べ」と「白羽の矢を追って」の雑誌収録時期を確認してみると、次のようになっていました。
『砂の下の調べ』(2019年10月刊)
「死人使いの遺言」 WEBマガジン「スピネル」2018年6月
「砂の下の調べ」(前編) WEBマガジン「スピネル」2019年1月
「砂の下の調べ」(後編) WEBマガジン「スピネル」2019年8月『白羽の矢を追って』(2024年9月刊)
「白羽の矢を追って」(前編) WEBマガジン「スピネル」2020年4月
「白羽の矢を追って」(後編) WEBマガジン「スピネル」2021年1月
「流砂の使者達」 「COMIC OGYAAA!!」2023年10月
『砂の下の調べ』の頃は7か月ごとの発表で、「白羽の矢を追って」(前編)も「砂の下の調べ」(後編)の8か月後ですから、発表のペースが遅れ始めたのは「白羽の矢を追って」(後編)からで、「流砂の使者達」はさらに大きくずれ込んだ…ということがわかります。
それでも、単行本に収める3作品が昨年10月には揃ったのですから、単行本化に1年近くかかったのも不思議です。今市子さんはあとがきで、
最近加齢によりめっきり手が遅くなってしまいました
…ので一作一作けっこう時間がかかっているので
と書いています。でも、
水にまつわるちょっと不思議なお話をまた
漫画にできたらいいなと思っています
(略)
またどこかでお会い出来れば幸いです
とも書いているので、ペースはダウンしても〈岸辺の唄〉シリーズは続いてくれるもの…と祈っています。
「もしかして最終話なの?!」
なぜ「祈っています」と書いたかと言うと、ペースダウンだけでなく、最後の「流砂の使者達」が、これまでの登場人物がたくさん出てきて、読みながら「もしかして最終話なの?!」とドキドキしてしまったからです。
最初に「流砂の使者達」のほうから紹介します。
主人公のヨビトは貝細工職人の息子。砂漠に覆われたこの村では、手のひらで水を作ることのできる「水作り」や、村人たちが”河”と呼ぶ流砂の中でも息がつげる「河師」など、家系ごとに仕事が定まっていた。しかし、ヨビトは”河”を潜る素質があった。
その素質のためヨビトは、軍人たちに追われて流砂にのまれた女性と赤子を助けてしまった。軍人たちが赤子を連れ去り、残された女はヨギトに怒りをぶつけた。
ヨビトとか言ったね そこのお前
お前のせいで私の子は奴らに奪われたじゃないか!
どうしてくれるんだい あの子はきっと殺される!
私も息子も砂の中でも息ができるんだ お前と同じで
あと少しで逃げられたのに余計な事を…!
魔女を名乗る女との約束
女は「狼頭洞の魔女ミヒナリ」と名乗った。
息子は宮殿に連れ戻されたら後継ぎ争いに巻き込まれて命を落とすだろう
私は身分の低い妾だから追放で済んだけど
息子と二人でどこか遠くで静かに暮らしたかっただけなのに…
ヨビトの母親が「この子にそんな事情がわかる訳がないわ。まだ子供なのよ。償えるなら代わって私がどんな事でも……」と言うと、ミヒナリはヨビトに言った。
…母親の命にかけて誓えるか?
いつか必ずこの借りを返すと
ヨビト お前が自分で償うんだよ
いつか必要になった時 必ずこの地に戻って来るからね
こうした出来事からかなりの歳月が立ち、ヨビトのもとへひとりの男が現れた。「約束を果たしてもらう時が来た」
男は、第1作「岸辺の唄」から幾度も登場する翠湖のジンファです。
ヨビトに託された使命
ジンファとヨビトの旅には、水作りの少年ヒルギットが同行を願い出た。河師の能力を持つヨビトと組みたかったからだ。
村を一度も出たことのないヨビトとヒルギットにとって、砂漠の途中で立ち寄った街が水に恵まれていることも、川が流れていることも、川を船で渡ることも、すべてが驚きの連続だった。街の商人が教えてくれた。
二年前くらいだったか
狼頭洞の馬鹿皇子が水乞いの儀式を連発しおってな
川が増えたおかげで水路が発達して
このあたりも商売と農業でうるおっとるよ
その馬鹿…ウダン皇子が十九歳になって結婚をする事になったとかで
見物客と商人と参列者でごった返しとる。
商人はこうも付け加えた。
ウダンを皇子と認めたくない勢力がまたぞろ暗殺計画を企てとるらしいからな
ジンファが向かう先は狼頭洞。ヨビトが呼ばれたのは、ウダン皇子から預かる”荷物”を翠湖まで無事に運ぶ役目のためだったーー。
主人公はヨビトですが、脇役ーージンファだけでなく、ウダン皇子も過去の作品に何度か登場しますし、「岸辺の唄」に出てくるエンも、エンの娘ユニスも出てくるという、豪華キャストの連続です。
そして、ヨビトが託された翠湖への”荷物”というのも、〈岸辺の唄〉シリーズの根幹にかかわるものです。
種明かしは避けますが、「流砂の使者達」は、先ほども書きましたように「これって最終話なの?!」とまで思ってしまうようなストーリー展開でした(今市子さんのあらすじを読んで胸をなでおろしました)
ふるさとを心に持つ少女たち
それに比べて表題作の「白羽の矢を追って」は(ジンファとエンがこちらでも出てきますが)ストーリー自体は独立した読み物です。 あらすじを改めて紹介しましょう。

村から“いけにえ”を選ぶ神の使いの白い鳥が消えた──。その白い鳥を連れ戻すことを命じられたのは、母親同士が犬猿の仲である、マキナとミシネットの二人の少女。旅立ちの間際、マキナは母親に毒を渡され、ミシネットを殺すように言い付けられてしまい…!?

村に白い鳥を連れ戻すことを命じられたふたりの少女ーーマキナとミシネットも、「流砂の使者達」のヨビトとヒルギットも、外の世界に目をみはります。
特にマキナとミシネットは、旅の途中で出会った人身売買をなりわいにしている男ウスクラから、村も捨て役目も捨てて街で暮らせばいいとそそのかされても、ふたりは務めを果たそうと懸命になります。そして村に帰っていくーー。
ものがたりのラスト、マキナはふたたび鳥探しを命ぜられ、二度目の旅に出ることに……。マキナと、マキナの「夫」がふたりの子どもを肩車しながら並んで旅する姿とともに、こんなモノローグで終わります。
草原と村と湖が私の世界のすべて…
けれど思いがけず私の運命は再び旅に
だけどいつかはきっとまた…
「白羽の矢を追って」も「流砂の使者達」も、ふるさとを心に持つ少年少女の冒険と成長を描いた心温まるストーリーです。
そして、「ウダン皇子が出てきたのはどの話だっけ?」というふうに、過去の作品をもう一度読み直したい…と思える作品でした。
(しみずのぼる)

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