日本神話を舞台にした和製ファンタジーの金字塔:荻原規子「空色勾玉」 

日本神話を舞台にした和製ファンタジーの金字塔:荻原規子「空色勾玉」 

きょう紹介するのは和製ファンタジー屈指の名作、荻原規子氏の「空色勾玉」です。古事記の神話の世界を舞台にしていますが、主人公の少女の成長物語でもあり、〈ガール・ミーツ・ボーイ〉ものでもあり、ページをめくってすぐ物語世界に没入できること請け合いです(2024.9.21) 

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〈勾玉〉3部作の1作目

1988年に出版された「空色勾玉」は荻原規子氏のデビュー作で、続く「白鳥異伝」(1991年)、「薄紅天女」(1996年)とともに〈勾玉〉3部作と呼ばれています。 

双子のように育った遠子と小倶那。だが小倶那は〈大蛇の剣〉の主となり、勾玉を守る遠子の郷を焼き滅ぼしてしまう。「小倶那はタケルじゃ。忌むべきものじゃ。剣が発動するかぎり、豊葦原のさだめはゆがみ続ける…」大巫女の託宣に、遠子がかためた決意とは…? ヤマトタケル伝説を下敷きに織り上げられた、壮大なファンタジー(白鳥異伝)
 
東の坂東の地で、阿高と、同い年の叔父藤太は双子のように十七まで育った。だがある夜、蝦夷たちが来て阿高に告げた……あなたは私たちの巫女、火の女神チキサニの生まれ変わりだ、と。母の面影に惹かれ蝦夷の地へ去った阿高を追う藤太たちが見たものは…?〈闇〉の女神が地上に残した最後の勾玉を受け継いだ少年の数奇な運命を描く、日本のファンタジーの金字塔(薄紅天女)  

「白鳥異伝」(上下巻、徳間文庫)
「薄紅天女」(上下巻、徳間文庫)

日本神話の〈豊葦原〉が舞台

「空色勾玉」が描く物語世界は、古事記に出てくる日本神話の世界です。最初のほうで、登場人物の口を借りて説明しています。 

「天地(あめつち)のはじめの物語を知っておるか。国生みをした父神、母神の話を。男神と女神は力を合わせて豊葦原(とよあしはら)の中つ国を産み、国中を八百万(やおよろず)の神々でみたした。山に、川に、岩に、泉に、風に、海に、神は住みたまい、千の笑いで地をゆるがした。だが、最後に女神は火の神をお生みになり、その火傷がもとで、黄泉の国へとお隠れになったのじゃ。男神は怒り悲しまれて火の神を斬りすて、女神をとりもどしに死の国へ向かわれた。だが、女神のかわりはてた御姿を見た男神は地上へ逃げ帰り、千匹(ちびき)の岩で通い路を塞いで永遠に縁を切ったのじゃ。そのときから二柱(ふたはしら)の神々は天上と地上に分かれて憎みあうようになった」 

「男神は女神を憎むあまり、この道を破った。照日王(てるひのおおきみ)、月代王(つきしろのおおきみ)という不死の御子を地上に配し、女神とともに生んだ山川の神々を次々と殺させはじめたのじゃ。八百万の神を一掃し、ただお一人ですべてを支配なさるつもりじゃ。豊葦原を殺戮と略奪でみたして」 

水の乙女の生まれ変わり

古代日本〈豊葦原〉を舞台に、輝(かぐ)の大御神の御子ーー照日王と月代王に恭順の道を選んだ村々がある一方で、御子の支配に従わず抵抗する闇(くら)の氏族が激しく争う騒乱の時代。この壮大な物語の主人公の沙也(さや)は、恭順する村で育った15歳の少女です。 

幼いころに養親に拾われ、村の娘たちと同じように、村の男から求婚を迫られ、婿をとる…そういう年齢になったが、祭りを控えたその日、沙也は旅の楽人を名乗る五人と遭遇した。 

いちばん年若い少年は、沙也の右手のひらに薄赤い花びらのような痣を見つけると、沙也に声をかけた。「あんた、この村の生まれじゃないね」 

いちばん年長の老婆は訊ねた。「そなた、狭由良(さゆら)姫の名を知っておるかね」 

祭りのさなか、年若い少年ーー鳥彦が沙也に打ち明けた。 

「九年前、照日王の手勢に焼かれた村からいなくなった女の子を探しに来たんだ。その子は六つで、右手に赤いあざがあった。それは生まれたとき玉をにぎりしめていた証拠で、つまり、水の乙女の継承者だったんだ。狭由良姫の生まれかわりとしてね」 

狭由良姫の生まれかわりの「水の乙女」が沙也であると明かした五人は、老婆の岩姫、片目に眼帯をかけた開都王(あきつのおおきみ)、大男の伊吹王(いぶきのおおきみ)、瘦身の科戸王(しなどのおおきみ)、そして鳥彦。彼らは闇の氏族だった。 

「そなたも戦ってくれ、水の性(さが)をもつ乙女よ。そなたの力はか弱いが、母なる御神の最も近くにある。そなたは大蛇(おろち)の剣にふれることさえできるのだ」 

しかし、沙也は断った。「あたしはこの、輝の大御神の村で九年すごしました。照日王、月代王を毎日たたえて暮しました。今さら急に、心を入れかえろといっても無理です」 

説得をあきらめた闇の氏族は、沙也に空色の勾玉を渡した。「これはそなたのもの。生かすも殺すも、そなたとともにあるものじゃ」 

あたしたち…とても似ている

このあと、主人公の沙也は月代王と遭遇し、まほろばの地の輝の宮で照日王とも会い、ふたりの御子の弟、稚羽矢(ちはや)と出逢う……というふうに物語は展開していきます。 

ふたりが出逢う場面を紹介しましょう。 

輝の宮の奥の神殿で、稚羽矢は大蛇の剣を鎮めていた。沙也は囚われの身となった鳥彦を救出しようとして稚羽矢と遭遇した。自分のことを「輝の御子としてはできそこないなのだ」と話す稚羽矢に対し、沙也はこう言った。 

「なぜ、自分をできそこないだなんて言うの? なぜ自分の思いを通してみようとしないの? あなたは鳥彦と同じに、きつくここへ閉じ込められているのね。自分から羽を折りたたんでしまっている」 

「禍つものとののしられたことなら、あたしにだってあるわ。でも、それがなんだっていうの? 照日王の意志でなく、あなたの意志はどこにあるの? あなたは夢を見て外へ出ようとするけれど、本当はその足で、地上を歩きたいんでしょう。その目で見て、昔豊葦原の地上にいらした女神のなごりをたしかめたいんでしょう?」 

沙也はここまで常に疎外感に悩まされています。村人たちと過ごしていても、月代王に連れられて輝の宮に来てからも……。 

しかし、輝の御子でありながら「一人でいると、父神が女神を追って地下の国まで行ったことを考えるのだ。それほど父は女神にそばにいてほしかったのだとーーそれなのになぜ、憎みあうようになったのかと」と話す稚羽矢を見て、沙也は気付きます。 

「あなたのことがわかる気がするの。あたしたち、正反対で、それでいてとてもよく似ているんだわ。二人とも、一族のわくをこえたものに憧れてしまったのよ。輝の一員になりたかったあたしを、あなたの兄上はここへ連れてきてくださった。あなたも闇の世界へ行きたいと望むなら行っていいと思うの。たとえ、あたしのように結局はだめになるとしてもーー」 

自らが属する世界で阻害されていると感じるふたり。まさに運命の出会いです。 

こうして沙也と稚羽矢は、岩姫ら闇の氏族と行動を共にするようになり、物語は大きく展開していくのです。 

登場人物が魅力的に描かれる

「空色勾玉」の魅力は、沙也と稚羽矢以外の登場人物たちの描かれ方にも表れています。

特に闇の一族の面々ーー沙也に恋して稚羽矢に反発する科戸王、稚羽矢に父親のように接する伊吹王、そして鳥彦……。鳥彦の末裔は、荻原規子さんが2005年に発表した「風神秘抄」でも活躍します。 

平安末期、源氏方の十六歳の武者、草十郎(そうじゅうろう)は、野山でひとり笛を吹くことが好きな、孤独な若者だった。源氏の御曹司・義平を将として慕い、平治の乱でともに戦ったのもつかのま、義平の無残な死に絶望する草十郎。だが、義平のために魂鎮めの舞を舞う少女、糸世(いとせ)と出会い、彼女の舞に合わせて笛を吹くと、その場に不思議な力が生じ…? 特異な芸能の力を持つ二人の波乱万丈の恋を描く、荻原規子の話題作 

「風神秘抄」(上下巻、徳間文庫)

「空色勾玉」を読んだら、きっと他の勾玉シリーズ(「白鳥異伝」「薄紅天女」)や「風神秘抄」を読みたくなるのは間違いなしです。 

もちろん、勾玉シリーズや「風神秘抄」のように日本の歴史や神話を絡めたファンタジー小説だけでなく、以前の記事で紹介した「西の善き魔女」や「RDG レッドデータガール」も、きわめて良質な「ガール・ミーツ・ボーイ」ものです。 

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荻原規子さんの小説について、ひとつだけ難を言えば、読み始めると他の作家の本がしばらく遠ざかってしまうことでしょうか。 

それほど物語の魅力に満ちた小説ばかりです。おすすめです。 

(しみずのぼる) 

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